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    はるち

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    はるち

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    二人で飲茶を食べるお話

    #鯉博
    leiBo

    いつだってあなたと晩餐を アルコールは舌を殺す。
     酒の肴を考えてみれば良い。大抵が塩辛く、味付けが濃い。それは酒で鈍くなった味覚でも感じ取れるようにするためだ。煙草も同様だ。喫煙者は食に興味を示さなくなることが多いと聞くが、それは煙が舌を盲目にするからだ。彼らにとっては、食事よりも煙草のほうが味わい深く感じられるのだろう。
     だから。
     酒も煙草も嗜む彼が、こんなにも繊細な味付けで料理をすることが、不思議でならない。
    「今日のは口に合いませんでした?」
    「……いや、おいしいよ」
     考え事をしている内に手が止まっていたのだろう。問いかけに頷き返すと、そりゃ良かった、とテーブルの向かいで彼が微笑む。
     飲茶に興味がある、と言ったのはつい先日、彼が秘書として業務に入った時のこと。それから話は早かった。なら次の休みは是非龍門へ、と彼が言うものだから、てっきりおすすめのお店にでも案内してくれるのかと思ったのだが。彼に連れられてやって来たのは探偵事務所で、私がテーブルにつくと次から次へと料理が運ばれてきた。蒸籠の中に入っている料理を、一つ一つ彼が説明する。これは焼売、海老焼売、春巻き、小籠包、食事と一緒に茉莉花茶をどうぞ、等々。おっかなびっくり箸をつけてみれば、そのどれもがここは三ツ星レストランかと錯覚するほどに美味しいのだから。
    「どうしてそんなに料理が上手なの?」
    「ま、伊達に長く生きてませんからね」
     そんなことは今までにも散々聞かれているのだろう。彼が肩をすくめる。しかし今聞きたいのは、それ以上の説明だ。私がじい、と見つめると、彼はやれやれと言いたげに口を開いた。
    「観察が大事なんですよ、何事も」
    「食材の?」
    「それもあります。けど一番は人ですね。食べる相手の」
     どんな味付けが好きかは、結局のところ人による。だから作る相手が決まっているのなら、その人の好みに合わせるのが肝心だ、と彼は言う。なるほど、今日のこの料理は私好みに作られているから、こんなにも美味しく感じられるのか。
    「……ん、でも。どんな味付けが好きか、君に言ったっけ?」
    「だから観察が必要なんですよ。一緒に食べている時に、相手が何をうまそうに食べているのか。どんな味付けだと箸が進んで、逆に塩や香辛料を足そうとするのか。最初に食べるのは何で、最後まで残しているのは何なのか」
     テーブルの向こうから、私を見つめる金色がにわかに密度を高くする。今までに彼と食事を共にしていた時にも、このまなざしが傍らにあったのか。
    「食材はどのくらいの大きさに切れば食べやすいのか、唇に触れた時の感触は、舌触りはどんなものが好みなのか? 口の中に広がった時に火傷しちまわないか、温度はどれくらいがいいのか。喉越しは? 胃の中に落ちた時の感覚は?」
     密度を増した金の瞳が、肌に触れているようだった。唇から舌、口の粘膜を掻き回したそれが食道を通過して腹の底へと。――ぞくり、と。背筋が泡立つ。けれどもそれは嫌なものでも、おそろしいものでもなくて。
    「とまあ、色々考えながら作ってるんですよ」
     彼が両手を叩く。嘘のように先程まで纏っていた雰囲気が霧散し、立ち昇る湯気と食欲をそそる香りが鼻先に戻る。
    「……随分と趣味が悪い」
    「いい趣味をしていると言われることの方が多いんですけどねぇ」
     食わせ者、という言葉の意味を理解する。次に口をつけた焼売も文句のつけようがない美味しさで、私のために用意された晩餐は非の付け所がない。
    「どうして、そこまでするの?」
    「知らないんですか。人間ってのは食べたもので出来ているんですよ。だったら美味いものの方がいいでしょう」
     ふと、老女が聞かせてくれた御伽噺を思い出す。お菓子の家で魔女に出会った兄妹の物語だ。魔女は食人鬼で、捕まえた兄をおいしく食べようと、様々なものを食べさせたのだという。料理の並ぶこのテーブルは、お菓子でできた家よりもなお魅力的で、彼は魔女よりもよほど幻惑的だ。
    「うまいですか?」
     小籠包を口に運ぶ。これに詰まっているのは彼の愛情と執着であろう。これを食べた人間を構成する一部になりたい、という。
     この一口を食べるごとに、私も、私の望むものを与えてくれる彼の、望む私になっているのだろうか?
     そうだったらいいな、と。思いながら、私は食事を嚥下する。
    「おいしいよ」
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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