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    はるち

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    はるち

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    解けない謎を振りまく奇術師と。
    解けない謎を解き明かす探偵は。
    対極に位置しているその二つは、だからこそ彼に相応しい。

    #鯉博
    leiBo

    謎は解けないほうが魅力的「マジックの三原則をご存知で?」
     知らない、とドクターは答える。律儀な観客に向かって、彼は被っていたシルクハットを外した。中に何も入っていることを見せ、帽子のつばの部分が上になるように持つ。来る祝祭に向けて、彼はマジシャンの仮装をすることにしたようだった。タキシードもシルクハットもステッキも、いかにもマジシャン然としているが、どうにも胡散臭さが鼻につく。しかしステージ映えを意識した、ともすると装飾過多な服を着ていても、服に着られているという感はないのだから、やはり流石というべきだろう。
    「今からウサギを取り出します」
     リーが三、二、一とカウントしながら手元のステッキで帽子のつばを叩く。
     ステッキを腕にかけ、中に片手を入れる。宣言通り、彼は中から耳を掴んで一羽の白ウサギを取り出した。けれどもそれは奇術というよりも作業に似ていた。たった一人の観客であるドクターは拍手をしたが、しかし驚きがそこにあるかは疑わしい。
     耳を掴んだまま、彼は腕をドクターの方へと伸ばす。受け取れというサインだろう。ドクターが両手を広げてウサギを受け取ろうとするや否や、ウサギの姿が解け、白い薔薇の花弁となって周囲に散った。
    「ええっ?!」
    「説明しない、それが一つ目の原則です」
     ドクターから望んでいた反応を引き出せたことに満足げな笑みを浮かべながら、リーは説明する。
    「何も言わずにやるからこそ、人は驚くんですよ」
     そして二つ目の原則は繰り返さないことです、と。彼はそう言って、もう一度シルクハットの中に腕を入れる。ドクターは思わず息を呑んだ。するすると引き出された手に、彼はやはり一羽のウサギを掴んでいた。ドクターはまじまじとそれを見つめ、一つの違和感に気づく。生き物にしては、いささか不自然だ。ドクターが手を伸ばすと、リーは広げられた両手の腕にそれをそっと置こうとする。手に触れる直前に、それはやはり花弁となって散ったけれど、ドクターはもう気付いていた。それが紙細工であることに。おそらくはカゼマルのアーツだろう。彼女であれば、紙細工を生き物のように動かすことも、花に変えてしまうことも容易い。
    「最後の原則は明かさないこと、です。仕掛けがわかっちまったらつまらないでしょう? 繰り返すほどに、観客がそれを見破るリスクも上がる」
    「なるほどね。よくわかったよ」
     ドクターは感心した面持ちでリーに拍手を送った。それはマジックに対して、というよりもマジックに関する講義について、という意味合いを多く含んでいたが、リーは慇懃に一礼してそれに応えた。
    「やっぱり似合っているね」
    「この服がですか?」
     さっきはあれだけ胡散臭いと笑っていたのに、という揶揄を含んだ視線を、ドクターは受け流した。
    「マジシャンという役が、だよ」
     解けない謎を振りまく奇術師と。
     解けない謎を解き明かす探偵は。
     対極に位置しているその二つは、だからこそ彼に相応しい。胡散臭く、だらしがないように見えて、その実誰よりも優しく、面倒見の良い彼のあり方を象徴しているようだった。
    「おだてても何も出ませんよ。おれはまだ、これ以外のマジックを練習していないんですから」
    「この前トランプを使って何かやっていただろう。クローズアップマジックでも披露してくれるんじゃないのか?」
     あれはまだ人前で見せられるような代物じゃありませんよ、と彼は嘯く。おそらくは当日まで見せるつもりがないのだろう。だったらその日まで待つしか無い。彼の言葉を借りるならば、繰り返さないことがマジックの原則なのだ。
    「マジックの原則だけど。人体切断ショー、とか人体消失マジックみたいに売り出すこともあるだろう。あれはどうなの」
    「何が起こるか予想がついても、それを超えるものを提示できれば人を驚かせることはできますよ。例えばおれはさっき、シルクハットからウサギを出しますと言いましたけど、獅子を出しますと宣言してその通りになったら驚くでしょう。ま、まるっきり未知の状況からやるよりかは驚きも目減りするでしょうが」
     確かに、とドクターは頷いた。人体消失も人体切断も、それがありえないとわかっているからこそ、それを目の前で起こったらきっとさぞかし驚くことだろう。あえて何をやるかを開示するのは、単にマジックショーと銘打つよりも人の呼び込みをよくなるからだ。
    「マジックで重要なのは演出ですからねえ」
     例えば、と彼が言葉を続ける。
    「今からあなたにキスをします」
    「……は?!」
    「三」
     ドクターが裏返った声を上げる。そんな動揺などお構いなしに、彼はウサギを取り出した時と同様にカウントを始めた。
    「二」
     彼の手がドクターのおとがいにかかり、顔を上に向けさせられる。シルクの手袋が肌に触れる感触に背筋が震えた。
    「一」
     赤い硝子越しに、金の瞳と視線が合う。互いの呼吸が交わるのを感じた。反射的に目を閉じる。――しかし、予想していた感触はなく。
    「……ほら、ドキドキしたでしょう?」
     再びドクターが目を開けると、そこには童話に出てくる猫のような笑みを浮かべるリーがいた。
    「ひ、人をからかうのも大概にしてくれないか」
    「これは失礼」
     赤いサングラス越しではこの人がどれほど照れているのかよく見えないな、と思いながら、リーは真っ赤になったドクターの頬に口付けた。今度こそ抗議のためにドクターは両腕を振り上げたが、リーに柔らかく絡め取られただけだった。
    「お楽しみいただけましたか?」
    「ああ、それはもう! こっちは君のせいでドキドキしっぱなしだよ!」
    「そりゃあ良かった」
     なかば自棄のように叫ぶドクターに、リーの瞳は最大限の賛辞を受けたように喜びの色が滲んだ。
     今日の演目には勿論、タネも仕掛けも存在する。例えばそれは、恋という。
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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