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    はるち

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    はるち

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    夢と知りせば覚めざらましを。

    #鯉博
    leiBo
    #リー博
    leeExpo

    吐き気がするほど甘い夢 その人を夢に見るようになったのは、いつの頃からだろう。
    「リー」
     幾度目かの夢だ。療養庭園に佇むその人が、こちらを見て頬を緩める。白衣も上着も着ておらず、表情を見られることを頑なに拒むようなフェイスシールドもなかった。そのかんばせに木漏れ日がやわらかな陰影を作っている。その人がこんな風に笑顔を浮かべるところを、自分は今までに何度見たことがあるだろうか。きっと数えるほどしかなく、自分に向けられたことは一度もない。
     行こうか、と差し出されるその手を取る。想像していた通りに細く、薄く、力を込めれば立ち所に折れてしまいそうだった。何度か力を入れて、緩めてということを繰り返せば、その人はくすぐったそうな笑い声を零す。それでも繋いだ手は解けない。
     花が咲いたんだ、とその人は言う。君に見せたかった、と。空いた手で指差す先には秋桜がいくつも咲いていた。その人は花の近くに寄り、細い茎とは対象的なそれを指で突付く。挨拶でもするように揺れ、その人は得意げに笑った。君に一番に見せたかった、と。
     だから片方の手を伸ばし、その人の頬に触れた。透き通るように白い肌はやわらかく、あたたかい。伸ばされた手を拒むこともせず、その人は手のひらに自身を預けるように顔を傾けた。
     これは夢だ。そんなことはわかっている。けれどこの夢は甘かった。価値のある甘さだった。
     きっと自分はこの感情を伝えることはないだろう。これはあの人にとって重荷になる。ただでさえ数多の生命と責任を背負っているのだ。全ての責務を果たすまでは、あの人が個人として生きることなど、誰かと恋をすることなど、きっとあの人自身が許せない。だからこの感情は閉じ込めて、ただ傍らにいられれば良い、と。一番近くにいられなくても構わない、と。ただ時折茶を飲んで、自分の作ったものを食べて、晩酌を共に出来れば十分だ、と。そう思っていたのだ。感情を飼い慣らして飼い殺しにすることは、苦手ではない。けれど時折こうやって、閉じ込めたはずの熱がこの身を焼くのだ。
     自分はこの人の肌のやわらかさも、繋いだ手のあたたかさも、見下ろす瞳のうつくしさも、――自分を呼ぶ声のいとおしさも、本当の意味では知らないはずなのに。
     嗚呼、どうすれば、この夢は醒めるのだろう。
     どうしたのか、とその人が自分を呼ぶ。声に不安を滲ませて。――だから、その唇を塞ごうとしたのは、単なる衝動だった。頭の片隅に、とうの昔に忘れたはずの御伽噺がちらついたかもしれない。これで呪いは解けるのだろうか。胸を焼く恋情も、褪めることのない慕情も、身を苛む呪いと近しくある。ならば。
     あるいは。
     その人に口付けたかった――からなのかもしれない。
    「――」
     唇が触れ合う。少しかさついて、けれどもそれはやわらかかった。嗚呼、もう、どうしようもない。ゆるやかに目を開けた、その先に。
     蕾が花開くように微笑む、あなたがいる。
     唇が離れる。その距離を惜しむように、息を吐いて。――その唇が、おれの名を呼ぶ。
     
     ***
     
    「リー」
     緩慢に振り返ると、その先には予想通りの声の主がいた。
    「ドクター。おはようございます。こんなところで珍しいですね」
     君こそ、と笑うドクターの髪はわずかに湿っており、普段の白衣よりもラフな格好をしていた。どうやらドクターもシャワーを浴びたばかりのようだ。まさかこんな早朝に、共用のシャワールームの前で遭遇するとは思わなかった。
    「ドクターにも専用のシャワールームはないんですかい? ロドスのトップの一人でしょう」
    「いや、あることにはあるんだけどね。執務室からだとこっちの方が近いから」
    「……徹夜明けですか?」
     ははは、と乾いた笑い声で明後日を見るドクターを、リーは眉間にシワを寄せて見る。
    「体を壊しちゃ勿体ないでしょ」
    「わかってる、わかってるよ。今日は早く寝るから」
     ひらひらと手を振りながら、ドクターは歩き出す。執務室の方向だ。少しくらい休憩してから、せめてゆっくり朝食でも摂ってから――とリーがその背に呼びかける前に、ドクターは足を止め、振り返った。
    「そうだ。今日の日中は暇? 具体的に言うと三時くらい」
     何かあっただろうか、とリーが首を傾げると、ドクターは説明を続ける。
    「療養庭園でお茶会をしないかって、スズラン達に誘われていてね。せっかくならリーもどう? 紅茶と茶菓子が出てくるよ」
    「アフタヌーンティー、ってやつですかい? ……いや、おれは遠慮しておきましょうかね。甘いものより塩辛いものの方が好きなもんで」
    「はは、酒飲みの舌だなあ」
     もし飲み会があったら君も誘うよ、と。そう言い残して、今度こそドクターは去っていく。その背が廊下を折れ、足音が完全に聞こえなくなったのを確認してから、リーは壁にもたれかかった。頭を預ける。壁にぶつかる鈍い音がした。
    「……あー……」
     目蓋を閉じれば思い出すのは夢の残像であり、脳裏に過ぎるのは夢の幻影だ。
     あまりにも愚かで、浅はかで、甘やかな。
    「何やってんだか……」
     あの瞳をどんな風に見て、あの声にどんな風に応えていたのか。
     それを思い出すのに、もう少しだけ時間が必要だった。
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