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    はるち

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    はるち

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    ハロウィンの少し不思議なお話。
    リー先生のハロウィンコーデに脳を焼かれています。魔術師兼大泥棒ってなに?

    #鯉博
    leiBo

    A night of all hallows 祭りの嫌いな民族などいない。ここロドスには実に多種多様な国からオペレーターが集まっており、各自がそれぞれの故郷から持ち込んだ文化に基づく祝祭が開かれていた。十月の末に行われるハロウィンもその一つで、オペレーター達は思い思いの仮装に身を包み、菓子をねだったり悪戯をしたりと、好き好きに今日という日を楽しんでいた。ドクターもその一人だった。普段のように白衣でオペレーター達の輪の中へと入り、徹夜三日目の仮装だと言って笑いを取るつもりだったのだが、それは流石に笑えないと引きつった表情のロベルタに止められた。代わりに彼女から受け取ったのはいつかに遊園地へと遊びに行った時に買った兎耳のカチューシャだ。アーミヤと本当の親子になったみたいだ、と。そう思って、彼女と顔を見合わせて微笑んだことを思い出す。
    白衣のポケットにキャンディを詰め込み、同じくロベルタから受け取ったカボチャ型のポシェットに受け取ったお菓子を詰めて廊下を歩く。自分のようにつけ耳をしているだけの仮装をしている人もいれば、もっと手の込んだ衣装を身に纏い、一見しただけでは誰なのかわからないような人もいる。けれども皆楽しそうに笑っており、漂う甘いお菓子の香りも相まって、一呼吸ごとに上気した艦内の雰囲気が胸の中へと積もっていくようだった。
    「ドクター」
     声の方を向く。すれ違う人々よりも頭二つ分――被っているシルクハットも含めるならば三つ分は――大きいシルエットは、見間違えようもない。
    「リー、トリック・オア・トリート」
    「おや、先を越されちまいましたね」
     人混みの中を泳ぐようにこちらへとやってきた人影は、魔術師の仮装をしていた。この時期には演劇をやっており、彼もそれに参加していたのだ。その胡散臭い赤眼鏡も、タキシードとステッキも、舞台衣装として考えれば妥当なところだろう。
     ほい、と渡されたのはキャンディだった。透明なビニール越しに、黒い宝石のようなそれが見える。中に混ざっている金粉が白熱灯の明かりを散らしていた。これも彼の手作りだろうか。
    「舞台、見に来てくれました?」
    「仕事が片付かなくてね……」
    「そりゃ残念」
     言葉の割に、サングラス越しに見る彼の瞳には、あまり残念そうな色は浮かんでいなかった。ロドスがお祭り一色になったところで、やるべきことをやらざるを得ない人間は一定数存在し、ドクターはその筆頭だった。今日の演劇もきっと見には行けないということは予め伝えていた。あとでカシャから撮影データをもらわなくては。
    「ようやく身体が空いたところですかい?」
    「そう。だから私もこのお祭りを楽しもうと思ってね」
    「はは、それで兎の耳を?」
     似合ってますよ、と彼が緩く微笑む。そこで彼は何か思いついたらしく、おもむろにシルクハットを脱いだ。
    「さて。仕事終わりのドクターのために、一つ魔術をお見せしましょう」
     芝居がかった口調だった。それが浮いているように感じられないのは、この雰囲気と彼の衣装のおかげだろう。彼がステッキで帽子のつばを叩く。さて、飛び出すのは鳩か花束か――と。ドクターがそれを見つめていた時に。
     爆発が起こった。
     視界が白く焼き尽くされ、衝撃波に似た音が鼓膜をつんざく。耐えきれず、後方へと数歩よろめいた。スタングレネードでも爆発したのか、敵の襲撃か。周囲の様子を探ろうにも、五感が馬鹿になって何もわからない。
     闇雲に伸ばした手を、掴む誰かがいた。
    「……クター、……ぶ――か」
    「リー?リーなのか?」
     自分の声すら正しく聞こえない。掴んだ手に力を込めると、指先がそれに応える。
    「何があった、敵の襲撃か?皆は?君は無事なのか?」
    「落ち着いて。そんな物騒なもんじゃありませんよ。ほら。ここはソーンズさんの実験室が近いでしょう」
     その言葉に、全身から力が抜ける。戦闘中は頼りになるがことロドス艦内においてはトラブルメーカーとして名高い彼の実験が、この騒ぎの発端らしい。
     徐々に聴覚が回復し、周囲の音が拾えるようになる。人の騒ぎは聞こえるが、例えば戦場のような切羽詰まった雰囲気はない。悲鳴も怒声もなく、あるのはまたか、というような呆れた様子だけだ。
    「ドクター、大丈夫ですか?」
    「……まだ視力が戻らない」
    「目が?ドクター、ちょっと失礼しますよ」
     言うが早いか、彼の手が目蓋に触れる。滑らかな絹の感触がした。普段の革の手袋とは異なる感覚に、まるで別人に触れられているようだった。
    「何か破片が刺さった、ってわけじゃなさそうですが。医務室へ行きましょう」
     彼に手を引かれ、ドクターは歩き出す。自分の歩幅に合わせたゆっくりとした足取りだった。確かにこんな状態であれば、誰かの先導がなければ歩くことさえままならない。
    「ありがとう」
    「いえいえ、お安い御用ですよ」
     にしても散々ですねえ、せっかくのお祭りなのに、と。その言葉には苦笑するしか無い。
    「君も疲れているだろう。……演劇が見に行けなくて残念だったよ」
     彼は確か、魔術師兼大泥棒の役をしたのだったか。探偵という職業を考えると皮肉も良いところだが、しかしある意味では彼以上に大泥棒という在り方を理解している人間はいないかもしれない。大泥棒という影を照らすのが、探偵という光なのだから。
    「大泥棒と探偵でしたらどちらがお好みで?」
     心を読んだかのようなタイミングで、彼がそう問いかける。そうだねえ、と逡巡したところで。ドクターの耳が、とある違和感を拾い上げる。
    「ねえ、リー」
    「はい?どうかしましたか?」
    「……こっちって、医務室の方でいいんだよね?」
     その割には随分と、人の気配がしない。先程までは確かに、人の雑踏とざわめきが聞こえていたのに。艦内放送を使った明るい音楽も、何も。
     聞こえるのは、ただ二人の足音と声だけだ。
     ちょっとした近道ですよ、と彼が答える。
    「あなたは今目が見えないんですから。人の多いところを歩いて、ぶつかったら困るでしょう」
    「……」
     論理としての矛盾はない。けれど。
     ならば、この胸のざわめきは何なのか。
    「どうかしましたか?」
     自分の手を引く力は優しい、けれど。逃がすつもりはない、と。そう訴える力の強さがある。問うべきではない疑念が、言葉となって喉からせり上がる。
     ――君は、誰なんだ。
     ドクター、と。自分の手を引く男が名を呼ぶ。三日月のように弧を描く唇を、未だ白く焼けたままの視界に幻視する。
     自分はこの手を信じて良いのか。ドクターが足を止めた、その時に。
     声が聞こえた。
    「ドクター?」
     聞き間違えるはずのない声。自分を呼ぶ声。
     彼の声が、自分の手を引く方からではなく――自分の背後から。
     あーあ、と前方から聞こえた声は、果たして誰のものなのか。
    「逃げますよ」
    「え、っう、わ!」
     膝の裏に回された掌に掬い上げられ、体勢が崩れる。彼はドクターを横抱きに抱えるとそのまま走り出した。待て、と追いかける怒声と足音に軽やかな笑い声を返して。
    「全く、上手くいかないもんですね、ぇっ!」
     ふわり、と重力から解放される感覚があり、内臓が体の中で浮遊する。けれどもそれも一瞬で、は、と息を飲んだ後に、物理法則に従うまま、重力の鎖に引かれるまま、体は落下していく。
     ロドスには工事中のエリアが存在する。自分たちがいるのはきっとそこで、その一画から下のフロアへと跳躍したのだろう、と。機能するわずかな理性がそう判断するが、しかし頭の大部分は混乱に塗り潰されていた。
     永劫に続くかのように感じられた落下は、衝撃によって中断した。彼は無事に着地したのだ。何事もなかったかのように、彼は再び走り出す。ドクターにはもう、口を出す暇も余裕もなかった。
     だから代わりに、それを遮る影がある。
    「――その人を連れて、どこへ行こうってんですかい?」
     言葉は穏やかだが、その裏では激情が煮えていた。少しずつ白い霧が晴れていく視界に、山吹色の光が映る。――それは、彼が戦闘中に展開している糸と護符が織りなす結界の色だった。
    「狭路にて相逢えば勇ある者勝つ、とは――限らないんだなぁ、これが」
     まるでハウリングのように二つの声が重なり――ドクターの記憶は、それを最後に黒へと溶けた。

    ***

    「……クター、……ぶ――か」
     ドクター、と。誰かの声が自分を呼ぶ。
     声のする方に伸ばした手を、掴む誰かがいた。
    「ああ、ドクター。気づきましたか?」
     うっすらと目を開けると、白熱灯の光が目を焼いた。眩しさに目を細める前に、顔を覗き込む誰かがそれを遮った。
    「……リー?」
    「大丈夫ですか?」
     それに答える前に、頭が割れるほどの痛みを自覚する。思わず顔をしかめると、彼が眉を下げた。
    「ここは……?」
    「医務室ですよ。覚えていませんか?実験室で爆発があって、ひっくり返ったあなたは頭を打って気絶しちまったんですよ」
     それは、なんとも。その時の様子を想像すると、苦笑しか出てこない。実験室の主が誰かはわからないが、医療部から大目玉を食らうことは間違いないだろう。
    「他に怪我人は?」
    「あなただけですよ」
    「そう、なら――」
     良かった、と。そういえば、きっと彼はいい顔をしないだろう。けれど一歩遅く、言わんとするところを理解した彼が溜息を吐く。
    「あー、そういえば。あの衣装、着替えたんだね」
    「はい?」
     わざとらしく逸らした話題に、リーがきょとんと目を丸くする。ほら、あの、とドクターが言葉を続けると、彼は一つ頷いた。
    「あの演劇衣装ですかい?劇が終わった後に返しちまいましたよ。ずっと着ていると肩が凝るもんでね」
    「……そ、っか」
     では、自分が出会った彼は。記憶の糸を手繰ろうとしたドクターは、警告するような頭の痛みに目を閉じた。頭を打ったせいだろうか。前後の記憶が曖昧だ。
     ドクターの顔色を、体調不良と取ったのか。リーは水でも飲みますか、とベッドの横に備え付けれられたテーブルへと伸びる。そこにはカボチャ型のポシェットも置いてあった。
     その中に。
    「……ねえ、リー。それ、取ってもらっても良い?」
    「ん?ああ、これですかい?」
     ほい、と手渡されたポシェットの中に手を入れる。硬い感触があった。
     震える指先で、それを取り出す。
     黒い宝石のようなキャンディだった。彼の瞳によく似た色の金色が、照明を照り返す。
     透明な包み紙にはただ一言、こう記されていた。
    I am a good phantom thief most of the time.
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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