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    はるち

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    はるち

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    エンカクの影を感じてやきもきする先生が書きたかった

    #鯉博
    leiBo

    散華日和 僕には、花一輪をさえ、ほどよく愛することができません。ほのかな匂いを愛ずるだけでは、とても、がまんができません。突風の如く手折って、掌にのせて、花びらむしって、それから、もみくちゃにして、たまらなくなって泣いて、唇のあいだに押し込んで、ぐしゃぐしゃに噛んで、吐き出して、下駄でもって踏みにじって、それから、自分で自分をもて余します。――引用:秋風記 太宰治

    「綺麗だろう?」
     花束を抱えたドクターは、春風に揺れる蕾のようにその表情を綻ばせた。クリーム色のネリネにピンク色のカーネーション、秋を迎えた花々がドクターに彩りを添える。花瓶はどこにしまっただろうかと、ドクターは戸棚に向かう。目当ての物を引っ張り出し、どこに飾ろうかと自室を見渡す。リーは初めてここに通された時は、必要最低限のものしか置かれていなかったこの場所は、今では人間の生活する空間になっていた。そしてそれは少なからず自分の功績だった。
    「重いでしょう、おれが持ちますよ」
     ドクターから花瓶を受け取り、部屋の中央に置かれたテーブルの上へと置く。花を活けるにはまず水を満たさなければ。しかしその前にやることがある。
    「ドクター」
     花瓶を手放して空になった腕を引く。自分と同じようにテーブルへと花束を置こうとしていたその人はあっさりと体勢を崩し、自分の腕の中へと収まる。空中へと放られた花束が床へと落下した。唇を合わせる。二度、三度と繰り返すほどに深まるそれは、親愛よりももっと熱い情を伝えるもので、ドクターは自分の胸を押して戸惑いと動揺を伝える。長い長い口付けが終わり、ドクターはようやく呼吸を許される。その人が息を整えるより先に、リーは尋ねた。
    「どなたからです?」
    「園芸部から」
     ロドスには療養庭園があり、パフューマーを初めとする何人かが管理している。ドクターがあえて名前を出さなかったということは、思いつく相手は一人しかいない。
    「エンカクさんですか?」
    「……そう、よくわかったね」
     リーは無言で肩をすくめた。ロドスにいる時はせがまれるままに料理ばかりしている気もするが、自分の本業を見くびられては困る。
    「エンカクがこんな風に花をくれるのは珍しいよ。彼は、生きているものがそのままに生を終えることを望むからね」
     切り花にするのではなく鉢植えとして、最期まで看取るように。
     だからドクターも贈られたその花を、最後まで慈しむつもりなのだろう。
     話を聞きながら、リーは慈しむように、ドクターの髪に指を通していた。けれど何故だろう、それが引き裂く動作に似ているのは。
     かつて、亡霊と呼ばれていたこの人を、戦場で指揮を取るための機構と化していたこの人を知っている人間は少ない。敵として相対して生き残っている人間のほうが希少だろう。ましてや、その亡霊の帰還を望んでいる人間など。
     過去は。バラバラにしても石の下から、ミミズのように這い出てくる。或いは、地中に根を張り空に向かって茎を伸ばして、花をつけるのだ。
     リーの手のひらが下へと降り、ドクターの服のボタンにかかる。まだ日も高いのに、と抗議しようとする唇を塞ぐ。
    「花を摘むには良い日和でしょう」
     床の上にはネリネの花が散っていた。徒花のように、実をつけることもなく枯れることが約束されている切り花が。
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