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    はるち

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    はるち

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    やり方は三つしかない。正しいやり方。間違ったやり方。俺のやり方だ。――引用 カジノ

    #鯉博
    leiBo

    健康で文化的な最低限度の退廃「抱いてくれないか」

     その人が、ソファに座る自分の膝の上に跨る。スプリングの軋む音は、二人きりの静寂の中では雷鳴のように鮮烈だった。こうしていると、この人の方が自分よりも視線が上にある。天井からぶら下がる白熱灯のせいで逆光となり、この人の表情を見失う。
     どうしてか、この世界の生物は良いものだけを、光の差す方だけを目指して生きていくことができない。酒がもたらす酩酊で理性を溶かし、紫煙が血液に乗せる毒で緩やかに自死するように、自らを損なうことには危険な快楽があった。例えばこの人が、自らの身体をただの物質として、肉の塊として扱われることを望むように。この人が自分に初めてそれを求めた日のことを、今でも良く覚えている。酔いの覚めぬドクターを、自室まで送り届けた時のこと。あの時に、ベッドに仰向けに横たわり、そうすることを自分に求めたのだ。まるで奈落の底から手招くようだった。嫌だと言って手を離せば、その人は冗談だと言って、きっともう自分の手を引くことはないのだろう。そうして奈落の底へと引き込まれた人間が自分の他にどれほどいるのかはわからない。知りたくもない。自分がロドスにいない間に、この人がどうしているのかも。
     つ、と手を伸ばし、その人の肌に触れる。素肌の上から直接シャツを羽織っただけで、体の線も透けて見える。最後に触れた時の赤黒い痕はもう消えてなくなり、白磁の肌は透き通るようだった。退廃はその過程こそが美しい。この美しいものが自らの手で朽ちて、腐り落ち、爛れていく様を見届けること、それに勝る酩酊をもたらす酒などこの世にあろうか?
    「何か、ありましたか?」
    「何も。君には関係ないよ」
    「そりゃあつれないこって」
     こうした駆け引きめいたやり取りの、どこまでが今の自分に許されているのだろうか。少しでも機嫌を損ねたら、この人はもう自分の手元には戻ってこないだろう。ただ自らを物質のように扱われることを望むように、この人もまた、自分のことを物質のように扱う。傷つけられたい、という欲求を満たすための道具として。
     人は苦痛を誤魔化すために、さらなる苦痛を必要とする。
     この人を慕う子どもも、指揮官と仰ぐ人々も、きっとこのことを知らないのだろう。戦場で背負った責任を、痛みを、死を、忘れるために、この人がどのような麻酔を必要としているのかを。
     抱いてくれないのか、と。蝶が指の先から逃れるように、この人はするりと身を引く。この手から逃れれば、きっとこの人はもう二度と戻って来ないだろう。
     だから。
     腕を引く。体はあっけなく倒れ込んで、逃げないよう腕で檻を閉ざす。この美しい生き物がどこにもいかないように。けれども、もうこの美しいものの羽を潰して損なわないように。
    「……なに」
    「だから抱いているんですよ」
    「そういうことじゃないんだよ」
    「じゃあどういうことなんです?」
     睦み合いと呼ぶにはあまりに色がない。けれどもそこには、人の体温がある。あたたかでやすらかで、傷を舐めるのではなく、傷を癒やすような。
     この美しいものの羽を毟り、どこにも逃げないようにできたらどんなに良かっただろう。自分の手で傷をつけて、自分の手でそれを癒やし、もう他の誰にも傷をつけられないように閉じ込めておけたら。
     もう何を言っても無駄だと思ったのか。その人は大人しく、頭を肩口に預ける。
     やさしくしないでくれよ、と。か細い声には、だから聞こえない振りをした。代わりに頭を撫でる。傷ついた子どもを宥めるように。
     肌を濡らす感覚には、だから気付かない振りをした。代わりにつむじへと口付ける。よくできた子どもを褒めるように。よしよし、と。痛みに小刻みに震える肩を抱きしめる。
     嗚呼、罪と痛みが消える日は、訪れるのだろうか。
     その日が来るまでは、どうか――、どうか。

    「あなたを抱きしめていたいんですよ」
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    はるち

    DOODLEロドスでダンスパーティーが開かれるのは公式というのが良いですね
    shall we dance「あなたには、ダンスはどのような行為に見えるかしら?手を相手の首元に添えて、視線を交わせば、無意識下の反応で、人の本心が現れるわ」

    踊ろうか、と差し出された手と、差し出した当人の顔を、リーは交互に見た。
    「ダンスパーティーの練習ですか?」
    「そんなところだよ」
    ロドスでは時折ダンスパーティーが開催されている。リーも参加したことがあり、あのアビサルハンター達も参加していることに少なからず驚かされた。聞けば彼女たちの隊長、グレイディーアは必ずあの催しに参加するのだという。ダンスが好きなんだよ、と耳打ちしてくれたのは通りがかりのオペレーターだ。ダンスパーティーでなくとも、例えばバーで独り、グラスを傾けているときであっても、彼女はダンスの誘いであれば断らずに受けるのだという。あれだけの高嶺の花、孤高の人を誘うのは、さぞかし勇気のいることだろう――と思っていたリーは、けれどもホールの中央で、緊張した様子のオペレーターの手を取ってリードするグレイディーアを見て考えを改めた。もし落花の情を解する流水があるのならば、奔流と潮汐に漂う花弁はあのように舞い踊るのだろう。グレイディーアからすれば、大抵の人間のダンスは彼女に及ばないはずだ。しかしそれを全く感じさせることのない、正しく完璧なエスコートだった。成程、そうであれば、高嶺の花を掴もうと断崖に身を乗り出す人間がいてもおかしくない。
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