龍の鱗が最後に残る「ロドスの船殻だけど、次に整備する時、もっと高耐食性の素材に替えるのがお勧めだよ。理由? すべてが終わって消え去る時、オレもアンタも影も形もなくなるからだよ。残るのは、この船の骨だけだ。コイツこそが永遠なんだ。そして、オレたちの証明になるんだ」
エンジニア部の弛まぬ努力により、ロドス本艦はいつでもどこかしらで増改築が行われている。しかし外殻に手を入れているところを見るのは初めてではなかろうか、とリーは慌ただしく通り過ぎる作業員達の合間を縫って歩きながら思った。やれペンキはどこだ炭素材はどこだと、喧嘩のような口調でやり取りをする彼らを見ているのは楽しくもあるし、時間さえあれば茶でも飲みながらいつまでも眺めていたかったが、しかし今は行くべきところがある。甲板から艦内へと入り、今ではすっかり馴染んだ廊下を歩く。いくつか階段を登り、三番目の角を右に曲がると、そこには執務室に繋がる扉がある。
「はい、どうぞ」
ノックもそこそこに中に入ると、ここもかすかにペンキの、あの有機溶剤独特の匂いがした。デスクで書類仕事をしていたドクターが、自分の来訪に顔を上げる。この人も、現場を見に行ったのだろう。近づくに連れて匂いが強まる。自分の表情に、ドクターは苦笑しながら上着を脱いだ。
「一応言っておくと、君の外套にも匂いが移っているからね」
「こりゃ参った。クリーニング代はロドスが持ってくれるんですよね?」
「風通しの良いところに干しておけばこれくらいの匂いはすぐに飛ぶさ」
「ならいいんですが、ね……。それより、どういう風の吹き回しですか」
このタイミングで、突然外殻の整備を始めるのは。大きな損傷を受けたという話は聞かない。ああ、とドクターは遠い目をして、壁の方を見た。そうすることで、今まさに新しいペンキを塗られている外壁が見えるかのように。
「最近入職したオペレーターからの提案でね。君にも紹介したいけど……」
そこで言葉を切ったドクターは、リーへと視線を戻した。その顔を見上げて、ふっと笑みを溢した。
「リーはちょっと背が高すぎるからなあ」
「はい?」
「また彼に首を傷められたら困る。最近ようやく首と機嫌が治って、設計の仕事を請け負ってくれるようになったからね」
一体何の話だ、という視線を緩やかに受け流して、ドクターは何でもないかのように首を振り、説明を再開する。
「彼に言われたんだ。すべてが終わって消え去る時、残るのはこの艦の骨だけだって」
「……」
「だから船殻をもっと高耐食性の素材に替えることを勧められてね。早速手を付けたところなんだよ」
ドクターは書類とペンを置き、自分を見上げる。フェイスシールドを外している今、この人の顔がよく見えた。その瞳に映り込む自分の表情も。
「これこそが――これだけが永遠なんだ。私達が確かに存在したことの、証明になるんだよ」
謳うような口調が、幻影を惹起する。脳裏に浮かぶのは、朽ちたロドスの船殻から崩れ落ちる外壁だ。それは、死した龍から剥がれ落ちる鱗に、とてもよく似ていた。きっと冷えて、鉄臭く錆に塗れて、元はどんな色だったのかさえわからないところも。
「……ドクター」
「その時、君はどこにいるんだろうね?」
君にも残せるものがあると良いんだけど、と。それ以上続く言葉に耐えられなくて、だからその人を抱き締めた。いよいよ強くなるペンキの匂いが鼻をつき、わずかながらの吐き気をもたらす。
いつか、そんな日が訪れるとするのなら。そこには確かに永遠があるのだろう。
けれど。形になった永遠に、一体どれほどの価値があるのか。
ドクター、と。声に出さずに名前を呼ぶ。本当に欲しいのは、そんなものではなくて。最早それ以上褪せることもないほどに色褪せた、冷たく凍りついて固まった永遠ではなくて。
この、いつか失われると知っている、腕に残る体温と柔らかさなのだと――。
この人は、いつになったら。