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    ori1106bmb

    @ori1106bmb
    バディミ/モクチェズ

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    ori1106bmb

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    ワンライ(おにぎり/湿度) 突然の鋭い殺気に、モクマは文字通り跳ね起きた。
     つい今し方まで寝ていたベッドには、細身の剣が深々と突き刺さっている。柄には金色の蛇。まごうことなき相棒の愛剣だ。
    「……おはようさん、チェズレイ。物騒な目覚ましどうもね」
    「おはようございます、モクマさん。起きたばかりだというのに、素晴らしい身のこなし……あァ、朝から昂ぶってしまいました」
    「ど、どうもね~……って、やばっ!」
     ベッドサイドの時計を見れば、間もなく九時になろうとしていた。本日の現場の集合時間も九時。もう出なければ遅刻してしまう。
    「そうそう、あなたがいつまで経っても寝ているから起こしに来たのですよ。今日はショーの稽古だと言っていたでしょう?」
    「ありがとね! んじゃ俺もう出かけるから……」
     相棒の目の前で堂々と寝間着を脱ぎ捨て、クローゼットから適当に選んだ服を来て、顔も洗わず家を出ようとする。そんなモクマを「お待ちを」とチェズレイが呼び止めた。
    「朝食抜きでは力が出ませんよ。こちらをどうぞ」
    「えっ……お弁当?」
    「簡単なものですが」
     風呂敷の包みを手渡され、モクマは今度こそ家(といっても仮住まいのセーフハウスだ)を飛び出した。

    「はあ……」
     稽古場には五分程度遅れて到着した。監督には大して叱られずに済んだ。モクマが雨の中を全力疾走してきたことが一目瞭然だったお陰だ。
     モクマたちが滞在しているこの国は今、長い雨の季節だ。毎日のように、しとしと、じめじめと雨が降り続いている。日照時間が不足すると人間の体も不調を覚えるというが、モクマの重たい溜め息にはそれ以外の理由も篭もっていた。
     今朝の夢見が最悪だったのだ。生クリームに溺れる夢を見た。ルークであればさぞ幸福な夢なのであろうが、甘ったるいクリームが苦手なモクマにとっては、まさに地獄のような夢だ。しかもそんな悪夢を見ているというのに、いつまで経っても目が覚めない。ずいぶんと長い間、もったりとした海の中に浸かっていた気がする。普段であれば、陽が昇る頃には自然と目が覚めるというのに。
     体が乾くまでモクマの出演シーンの稽古は始めないという監督の好意に甘え、モクマは懐から風呂敷の包みを取り出した。
     包みを開けると、中にはおにぎりが入っていた。雑に運んだせいで少しいびつになってしまったが、元は驚くほど美しい三角形だったのだろう。これを握ってくれたのは、とんでもなく器用かつ几帳面な男だ。他人の握ったおにぎりが食べられなかったチェズレイだが、今はすっかりモクマに感化され、こうして手ずから料理してくれることもある。米粒はつやつやと光っていて、まだほんのりと温かかった。
     一口囓ると、ほんのりとした塩気が口の中に広がる。
    「…………うん?」
     食べ進めるうち、具に行き当たったところで、思わず首を傾げた。おにぎりの定番の具といえば、おかか、鮭、梅干しetc.。しかし、モクマが今食べているそれは。
    「……いぶりがっこ?」
     モクマの好物ではあるが、おにぎりの具としては初めて食べる。
    「いや、まあアリだな?」
     そもそもごはんのお供として最高の漬物だし、おにぎりとの相性が悪いはずがない。あっという間に食べ尽くし、次の一つを手に取った。
     おにぎりといえば、何が入っているのか食べてみなければわからないというのも楽しみの一つだ。大事な人が握ってくれたのなら、尚のこと。食べる前に割って確かめるという手もあるが、それではいささか情緒がない。二つ目の具は、一つ目と同じか、それとも違うのか。
    「これ……梅水晶だな……?」
     モクマの好物その二だ。こちらもごはんとの相性はばっちりだ。モクマを喜ばせようとして、敢えて定番の具を外してきたのか。黙々と平らげ、ついに最後の三つ目だ。
    「かっっっ……!」
     突然叫んだモクマに、周囲のスタッフたちが何事かと振り返る。モクマは口元を覆い、何事もなかった振りをして笑ってみせた。口内はとんでもないことになっているというのに。
     最後の具は明太子。ただし、とんでもなく辛かった。通常これほど辛いものは食べたことがないから、チェズレイが辛味を足したのだろう。おそらく、わざと。
     慌てて茶で全てを流し込み、一息吐く。
    「あいつ……やっぱり何か怒っとるな……?」
     いぶりがっこも梅水晶も明太子も、モクマが晩酌のつまみとして楽しみに取っておいたものだ。それを勝手に使って、おにぎりにした。
     それに今朝の起こし方。突然刃物が飛んでくるとは、いくらなんでも過激すぎだった。
     そもそも、モクマが寝坊した理由。あれにもチェズレイが関係している。昨夜モクマは、おそらく睡眠薬を飲まされていた。眠りに落ちる直前、碌でもない催眠をかけられて。生クリームの夢を見るなど、ずいぶん可愛らしい催眠もあったものだけれど。

     稽古が終わって帰宅すると、チェズレイもちょうどセーフハウスの前で車を下りたところだった。彼はモクマに気づくと、何食わぬ顔で「おかえりなさい」と笑った。
    「お前さんもおかえり。おにぎりありがとね。美味かったよ」
    「それはそれは。御粗末様でした」
     あんな悪戯を仕掛けておきながら、何を考えているのか。
     出会ったばかりの頃は、散々嫌がらせをされた。下剤を仕込まれたり、催眠で過去を見せられたり。けれど今更そんな試し行動をする理由がない。単に虫の居所が悪いだけなのだろうか。
     チェズレイが機嫌を損ねるようなこと。モクマの心当たりといえば……
     チェズレイの仕事はもう終わっているのに、モクマが軽率に引き受けてきた仕事のせいで、長雨が降り続くこの国に未だに滞在させられていること。
     稽古中に着ていて汗まみれだった洗濯物を、洗濯カゴに入れたまま放置してしまったこと。
     先に風呂に入ったのに、稽古疲れで掃除を忘れて出てきてしまったこと。
     毎日湿気がひどいせいで、自慢の髪がすんなりまとまってくれないこと。
     あとは……久し振りにナデシコと電話していたら、時間も忘れて深夜遅くまで話し込んでしまったこと、くらいだろうか。
     指折り数えてみたが、もう片手では足りなくなってしまった。
     風呂で汗を流して寝室に入ると、チェズレイはもう寝支度を整えて自分のベッドにいた。
    「この部屋涼しいねえ」
    「あまりに毎日じめじめするもので、エアコンを除湿運転に切り替えました」
     お陰で部屋の空気がさらっと乾燥していた。雨季の長いこの国では重宝する機能だ。
    「ところでさ、今日車で送らせてた部下って誰?」
    「あァ、先日この国で潰した組織の残党ですよ。ぜひ傘下に加えてほしいと言われましたので」
     よくあることだ。チェズレイ・ニコルズの信望者は、こうして各国で増えている。組織も順調に大きくなってきた。魅力的な奴だから、その気持ちはモクマにもよくわかる。
     ベッドに入る前、モクマは部屋の隅に置かれていた空気清浄機を加湿運転に切り替えた。
    「モクマさん?」
    「あんまり乾燥してると、今度はお前さんの自慢の喉によくないかなってね」
     様々な声帯の持ち主に成りすますチェズレイの喉は、仮面の詐欺師の大事な武器だ。いつもそばに携えている仕込み杖よりも。
     自分の方ではなく、チェズレイのベッドに入り込む。特に苦情は言われなかった。
     モクマはここ最近、非常に忙しかった。チェズレイの不機嫌の理由。それがモクマに構ってもらえなかったせいなのだとしたら。
    「あァ……もう今夜は口を開かなければ、喉への負担もかかりませんが?」
    「う~ん……ずっと塞いどくのもいいけどねえ、お前さんきっと我慢できないんじゃないかい?」
    「フフッ、私が何を我慢できないと……?  ん……フフ、あ……ッ」
     賢い詐欺師は全てを見通していながら、ベッドの中でクスクスと機嫌良く笑っている。
     窓の外は今でも、ふたりの寝室を包むようにしとしとと雨が降り続いていた。
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