私はぴっちという者だ。特殊なマイクを使ってラップバトルをするジャンルで二次創作をしている。その中で私はオオサカディビジョンのリーダーである白膠木簓と、ナゴヤディビジョンのリーダーである波羅夷空却の二人のカップリング小説を書いているわけだが――信じられないことに……今私が乗車している新幹線の車内に、しかも同じ車両の、目と鼻の先にこの二人がいるのである。平日の午前十一時、グリーン車は空いていて静かだ。なものだから、周囲をまったく気にせず喋る陽気な関西弁とヤンキー口調は嫌でも耳に入ってくる。通路を挟んで反対側の紳士は少し迷惑そうに顔を顰めているが、私は喉元までせり上がってきた叫び声を押しとどめ平静を装うのにいっぱいいっぱいだった。
どうやら二人はこれからオオサカに向かうらしい。お仕事だろうか。オオサカの名所とそれにまつわるエピソードを流暢に、そしてとても楽しそうに話す簓さんの声はテレビで見聞きするものと少々違う印象を抱く。これは私がこの二人をピンクの色眼鏡で見ているからとかそういうことではなく、そうだ――ヌルサラのディビジョンレップバトルのあの雰囲気だ。レップバトルでの二人はラップで地元自慢をしたわけだが、今回は簓さんが空却くんの興味を引こうと頑張ってプレゼンしているように聞こえる。私は簓さんのその嬉しそうな声色に興奮して鼻息を荒くしているのを悟られぬよう努めて口呼吸をした。
それにしてもやはり簓さんは話芸を生業にしているだけあって話がうまい。私も、そして機嫌を損ねていたふうだった通路反対側の紳士も、つい耳を傾けてフムフムと聞き入ってしまった。
「楽しみになってきたぜ。んじゃあ拙僧はひと眠りすっから、着いたら起こせよォ」
えっ。空却くんのこの一言に、私は「そんな」と思って目を剥いた。オオサカまでの道中、もっと二人で他愛もないおしゃべりを和気藹々とするのだとばかり思っていたので、空却くんが寝てしまうと困る。私が。ひいては簓さんが。かわいそうじゃん。あんなに楽しそうだったのに。
結局寝るんかい! と簓さんが叫ぶ様子から察するに、おやすみ三秒だったのだろう。空却くんの入眠の速さは周知の事実である。
「……ま、こっちはオオサカに着くまでに旅行プラン練っとこか」
ところが、聞こえてきた独り言は思いのほか優しい響きをしていた。優しいというか、愛情に満ちたというか、まるで幼子を背負う母親のような……。振り回され慣れている感を感じ取り胸が熱くなる。アッこれはメモしなければと私がスマホのメモアプリを起動したところで、簓さんはなおも続けた。
「きっと楽しい旅になるはずや。……な?」
私はドッと胸を押さえた。心臓がひと回り縮んだ。アヒルのおもちゃみたいにプピーと鳴った。私は静かに悶えて、自席でひとり死にそうになった。
姿は見えないが、簓さんは空却くんの髪を愛おしそうに指先で漉いているに違いなかった。逆に見えたと言っていい。
「な?」が私の頭の中で反響し、遠くの空にこだまし北の大地の氷河を溶かしてオーロラが発生し、著名な作曲家のインスピレーションを刺激し名曲が生まれた。
私は確信した。これはデートであると。
オオサカで簓さんの手を引いてあれ見るぞあれ奢れとはしゃぎ倒す空却くん、やれやれといった顔をしているくせに細部まで徹底した旅行プランを組み上げている張り切り簓さん――。
熱い涙が頬を伝う。私は車窓の外を眺めるふりをしながら、そっと涙を拭った。
どうか二人のデートが素敵なものになりますように。
そして誰かが現地の二人の写真を撮って鍵垢で共有してくれますように。
完