バレンタインよんぼバレンタイン当日。
前もってラスが『リオンからのチョコ以外で本命は受け取る気はない。』と宣言していたおかげで、チョコの山に埋もれることは無かったマクドール邸。クレオはソニアとバレンタインスイーツビュッフェに出掛けていて不在。そして厨房からは甘い匂いが漂っている。
「いいですか坊っちゃん、温めすぎないように、低めの温度になるように火加減を保ってくださいね。」
「わ、分かった。」
烈火の紋章で火加減を調整しつつ砕いたカカオパウダーとバターと砂糖を入れた物を湯煎しているリオンとそれを手伝うグレミオの姿があった。
数日前、リオンがラスへのバレンタインのために原料のカカオの実を持ってきた。カカオは南の暑い国で作られているため、ファレナからの交易品にあったらしい。そこからグレミオが実を粉砕しカカオパウダーを精製したのである。ただでさえ料理が壊滅的なリオンに一緒に作りましょうと提案したのもグレミオだ。
実はこの三年、リオンはラスへのバレンタインの贈り物は旅先で購入したものだった。二人で魔術師の塔へ行きラスがルックと共に作ったチョコ菓子をレックナートと一緒に食べていたのだ。今年は家に帰ってきているし自分で作ってみたいと言い出しカカオの実を買ってきたのである。
ラス様に変なものを食べさせるわけにはいきません、とグレミオはリオンの手元を監視しつつ自分の作る手を止めない。
「滑らかになったら、牛乳と蜂蜜、蒸留酒を入れて更に混ぜて下さい。香りづけにバニラエッセンスも入れるんですよ。」
「分かった。……カカオから作るって意外と大変なんだな。」
「来年からは市販の板チョコかカカオパウダー買って下さいね。実からカカオパウダー精製するの大変なんですよっ。」
「……すまない。」
ぷうっと頬を膨らませるグレミオに謝りつつも混ぜる手は止めない。こうして大好きなラスのために苦手なことを頑張るリオンは微笑ましい。立派に成長したと思っていたらこういうところは変わりませんねとグレミオが見つめていると、リオンがボウルの中身を見せてきた。
「このくらいでいいか?」
「ええ。それを型に流してくださいね。」
「…この型、あからさますぎないか?」
「ラス様への気持ちならその形が一番です。」
リオンが作っていたのは溶かしたチョコを型に流して固めるシンプルなもの。本人は料理が壊滅的なくせに凝ったものを作りたがったが、グレミオが全力で止めた。型は定番のハート型。クッキングシートの上に置かれた型に流し込み、あとは冷蔵庫で固まるのを待つだけ。
リオンが混ぜている間、グレミオは皆で食べられるザッハトルテをせっせと作っていた。リオン、ラス、クレオだけでなく、近所にいるマリーやミルイヒに持っていくのだとか。
固まるのを待つ間、お茶をする二人。
「……ラス、魔術師の塔で何を作っているんだろうな?」
「ふふふ、何を作ってくださるか楽しみですね。」
ラスは魔術師の塔で厨房を借りるため三日ほど通っている。ついでにルックも一緒に帰り、不在の間の掃除もするのだとか。夕方には帰ってくると行って出掛けていったから、あと数時間で帰ってくるはず。早くチョコが固まらないだろうかとリオンはそわそわしながらラスの帰りを待つのだった。
数時間後、チョコが固まった時間になったところでラスが帰宅した。
「ただいま。」
「ラス、お帰り。」
「お帰りなさいませラス様。」
ラスは厨房に入るなりリオンのところへ向かうと、綺麗にラッピングされた箱を差し出した。
「愛する君に一番にあげたくて。受け取ってくれないか?」
「っ!ラス、ずるい。私が絶対断るわけ無いの、知ってるくせに。」
「ふふ。ずるい男だからね、僕は。」
「…好き。」
「僕も愛してる。」
「開けていい?」
「もちろん。」
箱を開けて中を見ると、そこにはオレンジのシロップ煮を乾燥させたものにチョコをコーティングしたお菓子、オランジェットが入っていた。
「ラス、これ……!」
「リオンは甘すぎるものは得意じゃないし、こういった果物を使ったお菓子の方が好きだろう?シロップ煮を一昼夜乾燥させただけじゃ足りなくて、オーブン使ったら幾つか焦げてしまったけれど。」
「だから三日も通ってたのか。」
料理上手なラスでも菓子作りは勝手が違う。それでも手間をかけてくれたのが嬉しくて、リオンはポッと頬を染めて見上げる。
「……ありがとう、ラス。」
「どういたしまして。」
一つ取り出してパクっと食べてみた。オレンジと甘さ控えめのチョコが美味しくて顔を綻ばせていると、君の口に合ったようで良かったとラスが微笑む。顔がいい。
「坊っちゃん、そろそろ。」
「分かった。」
冷蔵庫から固まったチョコを取り出し、型から外した。綺麗なハート型のチョコを用意していた箱に入れると、ラッピングもせずにズイっとラスの前へ差し出した。ラッピングなんて不器用なリオンには出来ない。あらかじめ装飾が描かれた箱を買っていたのだ。
「は、初めてこういうのを作ったから、その、美味しくないかもしれないけど……」
「どんなものでも、君が初めて作ったものを僕がもらえるのは嬉しいよ。ありがとう、リオン。今食べていいかな?」
「うん。」
ラスは箱からチョコを取り出し、がぶりとかじりつく。ラスの口元をじっと見ていると、行為を思い出してきゅんっとときめいた。
「ど、どう?」
「…うん、美味しいよ。」
「よ、良かった……。」
「当然です、ちゃんと材料全部揃えて出しておいたんですから!」
えっへんと胸を張るグレミオ。あらかじめ使う材料、特に塩と砂糖を間違えないようにグレミオがきっちり計って用意していたのだ。
ふと、ラスが屈んでリオンに耳打ちする。コクりとリオンが頷き、グレミオと向き合うようにラスの隣に並ぶと。
「「グレミオ、いつもありがとう。」」
「えっ!えっ!?」
二人揃って感謝の言葉を伝えて、ラスが取り出したもう一つのラッピングされた箱を二人で持ってグレミオに差し出した。
「えっ!!?これ、まさか!!」
「ラスが作ってくれていたんだ。」
「きっとリオンは僕のチョコ作るのに精一杯だろうと思っていたからね。一部の地域では家族に感謝を伝えると聞いて。」
「一緒に渡そうって。」
「う、嬉しいです……!ラス様、坊っちゃん、ありがとうございますっ!!」
感激の涙を流しながらグレミオががさごそと箱を開ける。中身はアーモンドが入ったチョコレートビスコッティだった。今日はきっとグレミオも気合いを入れるだろうから、少しずつ摘まめて日持ちするようなものにしたと。
「坊っちゃんの母親代わりで良かった……!」
「……代わりなんかじゃない。グレミオは私のもう一人の母だ。」
「っ!?ううう~、坊っちゃぁあん……!」
「そんなに泣くなグレミオ。」
「出ちゃうんだからしょうがないじゃないですかぁ~…!」
だばだばと滝のように涙を流すグレミオを慰める。しばらくして泣き止んだグレミオに、私のバレンタインケーキの仕上げに入りますからリビングで待ってて下さいと言われて二人は厨房から出てリビングへ向かった。
そうそう、とラスがもう一つ箱を取り出す。今までと比べてラッピングもされていない白い箱だった。
「こっちはルックから。全員で食べな、って。」
「ルックから?」
パカッと開けた箱の中身は、ホワイトチョコにナッツとドライフルーツとシリアルを混ぜて固めたロッシェという名前のお菓子だった。溶かしたホワイトチョコとその他の材料を混ぜて固めて一口サイズに割るだけというシンプルさがルックらしい。
「……ちなみにラス、ルックからバレンタインもらった?」
「ああ。あの子は毎年チョコレート饅頭作ってくれるよ。」
「………ラス、来年からここで一緒に作ろう。」
「いいけど、楽しみが減らないかい?」
「グレミオの分、一緒に作りたいんだ。それに、毎回ルックに一番取られるのは気に入らない。」
「ふふ、分かった。」
当面のライバルはルックだな、と対抗心を燃やす坊っちゃんなのであった。
終わり。