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    kuromituxxxx

    @kuromituxxxx

    文を綴る / スタレ、文ス、Fate/SR中心に雑多

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    POIPOI 44

    kuromituxxxx

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    #レイチュリ
    Ratiorine

    愛されてみたい「あー、教授また跡つけてるし」
    シャワーを浴びたあとで鏡を覗けば首元の商品コードのあたりが薄らあかく色付いている。
    「見えるところに痕は付けるなって言ってるのに……」
    教授と体を重ねるようになって少しして、彼がセックスをするときに必ずこの首元にある商品コードに何度も口付けることに気が付いた。
    まぁ、そういうのがすきなのだろう。恋人でもない自分の体の至るところに毎度律儀なくらいに痕を残すのだから。
    今日だってほら、鏡の中の自分の体は見るのが恥ずかしくなるくらいに薄紅の花弁がいくつも落とされている。
    セックスのあとのそれを目にする度に、触れていた手のひらの温度だとか向けられるまなざしだとか自分の中を行き来していた熱だとかを思い出して、腹の奥が再びじんわり熱を持ってしまいそうになるのだから堪ったもんじゃない。
    僕らはあくまで仕事上パートナー関係であるだけでそれ以上でも以下でもない。
    たまたま都合が良かっただけの、
    相性が悪くなかったから繰り返しているだけの、
    だから勘違いしてはいけない。
    もしかしたら少しくらいは愛されているのかもしれない、なんて。
    そもそもそんな情があったらきっと首元の商品コードに口付けなんてしないだろう。
    だってこれは僕がかつて奴隷であったという消えない痕で、幾らにもならないような価値しかない人間であることを僕に思い出させる、そういうものだ。

    ああ、よかった、今日も間違える前に思い出せて。
    多くのものを持った、数多の手に求められる彼に愛されるような価値のある人間に、僕は到底成り得ないということを。

    ああ、でももし幾らくらいの価値があれば僕は彼に愛されることを望めたのだろう。
    なんて、
    まるで愛してほしいみたいな、

    胸の一番奥の方で生まれかけた感情には蓋をして浴室を出る。
    手に入らない望みなんて持たずに済むならそれに越したことはない。
    それが名前の付いた感情になる前に摘んでしまおう。

    僕の幸運はいつも僕から大事なものを奪っていく。
    僕の幸運は僕をひとりにする。
    同じひとりに変わりないなら失わずに済む方がいい。

    そう、思うのに。

    「あー、ほらまた」
    教授と会うのは大体互いの休みが合うときか、一緒にどこかに出向く案件があるときくらいで、その頃には前に会ったときに体の至るところに付けられていた赤い花弁はほとんど消えているのだけれど、一度寝たらもう元通りだ。
    おかげで教授と寝るようになってから自分の体には常に彼の痕が残るようになってしまった。
    恋人ではない自分に対してこれなのだ、恋人になる人間のことはどんな風に愛するのだろう、とか、
    そんなことを自分の体を見る度に思うようになってきてしまっているあたり消えない商品コードと同じかもしくはそれ以上にタチが悪い。

    「教授ってさぁ、キスマーク付けんのすきなの」
    僕の後でシャワーを済ませてきた教授の背中にソファの上からできるだけ軽い調子で質問を投げてみれば、キッチンの方からゲホゲホと盛大に咳込む声が聞こえてくる。どうやら飲んでいた水に咽せたらしい。
    「何なんだいきなり……」
    リビングに戻ってきた教授は若干疲れたような顔をしているので思わず笑いそうになってしまう。
    「ごめんて……」
    教授は家主を差し置いて我が物顔でソファに寝転がっている僕に別段嫌な顔をするでもなく、そのまま目の前までやって来てしゃがみ込む。
    見上げる僕をじっと見たあとでそっと手が伸びてきて首に掛かった髪を流す。
    「見えるところは気を付けてるつもりだったが少し痕になってしまったな、すまない」
    「いや、いやいやいやいや、そういうことじゃなくてですね……?」
    「…………?」
    触れられるのなんて初めてでもないのに、セックスだってもう何度もしているというのに、どうしてだろう。すぐそこにその目があって、それが僕を見て触れているのだと思うと顔が熱くなってきてどこを見ていたらいいのかわからなくなってしまう。
    「その、教授っていつもそうだからそういうのが好きなのかなーって、特に深い意味はなくて……」
    ええと、何が言いたかったんだっけ。
    「ていうか、だんだん増えてない……?前はこの首のとこだけだった気がするんだけど」
    「君が見えるところにはするなと言ったんだろう」
    「そうなんだけど……」
    「嫌なら善処するが全くしないのは多分無理だ」
    「嫌なわけじゃなくて……」
    「なら何だ?」
    「君は不快じゃないのかなって……ほらその、普通は軽蔑したり馬鹿にしたりするもんだろ、こんなのがある人間」
    だからそんな愛してるみたいな仕草、しなくていいのだ、と、
    もっとただいいように欲望をぶつけて消費してくれればいい、と、
    だってそうでないと勘違いしてしまいそうになるから、と、
    言いたかったのにそれらはみんな口から出る前に遮られてしまった。
    髪を流されて露わになった商品コードを無意識に隠した手を掴んでそれを許してくれなかった教授の手のひらがひどく熱かったから。
    「君が僕をどんな『普通』に括っているのかは知らないが、少なくとも僕は君を軽蔑したり馬鹿にしたことはないし、勿論憐れんだこともない」
    「え、と、じゃあ単純にキスマーク付けるのが好きな人ってこと……?」
    「どうしてそうなるんだ……」
    「だって他に理由がないし……」
    「…………」
    じと、と僕を見たあとで教授はわざとらしく大きな溜め息を吐いてみせる。
    それからそのまま彼の顔が近付いてきて僕の首にキスを落とす。あまりに優しく、丁寧に。
    思わず「う、」と声が漏れる。
    「いつだったかに君が話したことがあっただろう、これは自分が硬貨数枚分程の価値しかない人間であることの証なのだと」
    「言ったような……言ってないような……?」
    「まだ僕達が出会って間もない頃だ。そのすぐ後くらいに君の挑発に負けて僕は君と寝た」
    「そんなことがあったような……なかったような……?」
    「過ぎたことを今更とやかく言うつもりはないがだからといって僕は君以外にこんなことしたりしない」
    言葉を選ぶように少し空いた間のあとで、
    ただ君を愛してみたいと思ったんだ、と彼は言う。
    今まで聞いたことのないようなひどく優しい声で。
    「君が自分に価値がないと思っているならその分僕が君のことを愛せばいい、そうしたらいつか、少なくとも僕ひとりに愛されるくらいの価値はあるのだと君が解ってくれたらいいと思ったんだが、……生憎君にはひとつも伝わらなかったようで最近少しやりすぎていたなと反省はしている」
    「そうなの……?」
    「ほら解ってなかった」
    すこしさびしそうにレイシオは笑う。
    そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
    「目に見えたら流石に伝わるかと思ったが、そもそも自分の物差しで計るべきではなかったな」
    「ごめん……?」
    「嫌ならやめるが……」
    「嫌、ではない、けど……」
    「けど?」
    「それに対してどうしたらいいのかわからなくて」
    「嫌でないならそのまま愛され続けていてくれると嬉しい。できれば僕に愛されてる自覚を持ってくれると尚嬉しい」
    「そんなこと言われても……」
    そんなのもう、これから先教授と過ごす度に、寝る度に、その後の自分のからだを見る度に、これまで以上に思い出してしまいそうで。
    「僕今までどんな風に君と接してたっけ……」
    「早速自覚が芽生えたようでよろしい」
    「ねぇ、ちょっと。僕君の患者さんじゃないんだけど」
    む、と唇を尖らせれば、そこに優しすぎるくらいに柔らかい「すまない」と口付けが降ってくる。
    「君はそのままでいてくれたらいいし、無理に僕に何かを返そうと思わなくていい。僕がただそうしたいからしているだけで嫌になったらいつでも言ってくれたらいい」
    どうしてそんなことを言えてしまうのだろう。
    僕が知っているのは金や暴力で一方的に行われるものか、利害の一致の上に成り立つものでしかなくて、そのどれとも違う、知らないもので、
    「それは君にどんな利があるっていうんだい?」
    「君とのことを損得で考えたことはないが、強いて言うなら君が嫌になるまでは君といられることじゃないか?」
    「なんでそんないつか僕が君から離れていくみたいな言い方するのさ」
    「君は別に僕のこと好きじゃないだろう?こうしてるのだってただ都合が良いからそうしてただけだろうし」
    「うぐ……」
    だってまさか教授は違ったなんて思わないじゃないか。
    「そもそも君は君の人生の内側に誰かを入れるということを知らなすぎるし、そうしたい誰かが現れたとしてそれが僕であるとも限らない。そうならなかったときに君の枷になりたくないだけだ」
    「……でもそんなの寂しくない?」
    「まぁ寂しいか寂しくないかで言えば寂しいのかもしれないが人は大事な誰かがいなくなったとしてもそれなりに生きていけることくらいは君も知っているだろう?それに生憎僕には学問も研究もあるからな」
    「そう」
    教授はただ当たり前の可能性と事実の話をしているだけなのに、どうして僕が置いていかれるみたいな気持ちになっているのだろう。
    ああ、でも実際一緒にい続けたらいつかは彼も僕の幸運に殺されてしまうのか。
    僕が離れたくないと思っても。
    それでも、
    愛されてみたい。
    愛してみたい。
    その終着点に永遠の別れしかないとしても。
    君ならきっと、正しく僕にそれを教えてくれるはずで。
    手をのばしてその首元に腕を回して抱き寄せる。
    「とりあえず今日はこのまま泊まっていってもいい?」
    「勿論」
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