レイチュリ / 願いの行方 時計の針はもうとっくにてっぺんを通り過ぎてしまった。
「ギャンブラー、ちょっと付き合え」と連れ出されて付いて来たものの、ここは任務先のとある辺境の星。滞在している小さな街を抜けた先にある森の中、緩やかに続く坂道を登らされ続けている。
「ねぇ教授、一体どこまで行くんだい?」
アベンチュリンは数歩分先を行く背中に問う。
どうせベッドに横になったところでまともに眠れもしないだろうから行き先はどこだってかまわないのだけど。それにしたって任務以外で教授から声を掛けてくるなんて珍しいこともあるものだ。
……任務、ではないよな? これ。え、教授が任務以外で僕に用があることってある?
真夜中の森はざわざわと夜風が葉を揺らす音以外は自分たちの足音しかないせいで逆に静けさが際立って落ち着かない。
「ねぇ教授、もしかして僕これから埋められたりするのかな?」
冗談めかしてもう一度声を掛けてみるものの、相変わらず返事はない。
「ねぇ教授、ねーってば! レイシオ~!」
ようやく、無視を決め込んでいた背中がうんざりしたような顔で振り返る。連れ出したのはそっちなのに。
「君は静かに歩くこともできないのか」
「いや、だって」
不機嫌さを微塵も隠そうともせず、「ふん」とだけ言うと彼は再び前を向いて歩き出す。結局僕はどこへ何の為に向かわされているのかわからないまま、また彼の後を着いて行くはめになる。
それからあとどれくらいをそうしていただろう。
不意に、頭の上を覆っていた木々が姿を消し、視界が開ける。
「着いたぞ」
先を歩いていた背中が立ち止まってこちらを向く。
「着いたぞ……って、ここが君の来たかったところなのかい? 見た限り何もないけど……」
きょろ、と隣に立って辺りを見回してみるけれどそこが他より小高い場所に位置していること以外は何もわからない。不思議に思って教授へと再び視線を戻せば彼は無言で頭上を指差す。
指し示されるままそちらへ目を向ければ、頭上には真っ黒な絨毯の上いっぱいに散りばめられた宝石のような星空。
「わ……!?」思わず息を飲む。
「まさかこれを見に……?」
「ピアポイントからは見られない星空だ。さらに運がいいことに今日は流星群が見られる。この星で流星群を目にできるのは珍しいことなんだ」
「流星群?」
「ああ、時間的にはそろそろ見られるはずなんだが……」
隣の横顔は空を見上げたままずっと何かを探している。
いつも不機嫌そうな彼の表情が今は少しだけ楽しそうに見えて、僕はなんとなく目を離すことができなくなってしまう。
「あ、」と彼が声を洩らす。
「今の、見たか?」
「え、あ、いやごめん、わかんなかった」
隣に並ぶ彼と同じように広がる夜の絨毯を眺めてみる。
ちかちか、きらきら、瞬く数えきれないほどの星達。やがてその中から一粒が、零れ落ちて線を描いて夜の隙間へと吸い込まれていく。
「あ」
今度はふたり同時に口にして、思わず顔と顔を見合わせる。
「僕、流れ星って生まれて初めて見たかも」
「そうか」
そう言う顔はどこか嬉しそうで。
「教授が見せたかったのってこれ?」
「僕は別に……ただ任務とはいえせっかく運良くこの星にいるのに見ずに終わるのは勿体無いだろう」
さっきまで合っていた視線は逸らされて、それはもう再び僕らの頭の上に向けられている。
彼の性格を思えば、星を見たいならひとりでの方がずっといいはずなのにそれでもわざわざ僕のことを連れ出すなんて、そんなの見せたかった以外にないのに。
素直じゃないなぁ、なんて言ったら今度こそ本当に怒らせるかもしれない、と思って僕は喉元まで出かかったそれを飲み込む。
「星ってこんな、空にぎゅうぎゅうに詰まるくらいたくさん見えるものなんだねぇ」
「ピアポイントではまず無理だろうな」
「そもそも僕にとっては夜って隠れて明けるのを待つだけのものだったから……こんな風に夜に空を見上げること自体ないんだよねぇ」
だから彼に教えられなければ一生知らないままの景色になっていただろう。
ちかちか。きらきら。瞬いて、その隙間から星が零れて流れて。
「……ある星では、」おもむろに教授が口を開く。
「流れ星が消える前に三度、願いを唱えることができたらその願い事は叶うと言われているらしい」
「へぇ、面白いね」
空を流れていくひかりの線を目で追う。
どんな願いならあのひかりより先に唱えることができるのだろう。
どんな願いなら、
たとえばもう手の届かない遠くにいってしまったもの達も、なんて、そんなことを、
「これだけたくさん星が流れてるなら一度くらい成功するかなぁ」
「してみたらいい、もしかしたら叶うかもしれないぞ」
「あはは、本当に思ってる?」
「…………」
「でもないんだよねぇ、願い事」
「ないのか」
「うん、だって寝床があって食事に困ることもない、かわいいケーキちゃん達が家で僕を待っている。仕事はまぁ大変だけど理不尽な仕打ちを受けることはない。そして君もいる。もう十分すぎるくらいだ。これ以上願うようなことなんて僕には何もないよ」
「そこに僕もいるのか」
「うん。君からしたら不本意だろうけど」
教授は少し意外そうな顔をして僕を見る。
「いや、そういうわけでは……」
ちかちか、きらきら。こんな景色を僕に教えてくれる人を、僕は他に知らない。
「だからこれ以上何かを願ったら罰が当たりそうだ」
さっきまで夢中で星のしっぽを追いかけていた瞳は何かを言いたそうに僕を見る。
「君は……もっとたくさんを望んだ方がいい」
「たくさん?」
「ああ、できるだけ多い方がいいだろう。自分の命を賭けても足りないくらい」
「あはは、難しいことを言うなぁ。僕は誰かの願いや望みを踏み躙ってここにいるのに」
「それでも、だ」
「それでも、かぁ」
僕の願いは僕の終わりの先にしかないよ、と言ったら君はどう返すつもりなのだろう。
「僕にいて欲しいならそう言えばいいのに」
「僕は……、」
落ちる、落ちる、落ちる。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
願い事三回なんて到底唱えきれない速さで。
あの星たちはこの夜のどこへ落ちていくのだろう。
「僕だけが望んでも意味がないだろう」