「…なんてこともあったよね。まさか、覚えてるとは思わなかったよ。」
差し出された紙袋に、遠い日の甘く苦い思い出が蘇る。
ひょんなことから七海も呪術師を辞めたという情報を掴み、殴られる覚悟で顔を出した私を、七海は前と同じく何も言わずに受け入れた。あの時は私が弱っていたけれど、今は七海の方が弱っているようだった。
それから高専に気付かれない程度に逢瀬を重ねている。私がふらりと現れるのが常だが、珍しく七海の方から事前にこの日は休みだ、と教えてくれて、意気揚々と来てみれば開口一番、誕生日おめでとうございます、だ。
「来年…ではなくなってしまいましたが。次はきちんと祝おうと決めてましたので。」
如何にも七海らしくて笑ってしまう。私が七海の誕生日に来れなかった当て付け、ではないな。こう見えても私は指名手配中の特級呪詛師だもの。やってくる度に毎回私のことを心配する七海が、そんなことするわけがない。
お礼を言って紙袋を受け取る。質素なただの茶色い紙袋で、筒状の何かが入っていて、妙に軽い。促されるままに紙袋の中を覗く。
「…お茶?」
紙袋には透明の容器に、茶葉が詰まっていた。紙袋から取り出してはいないから色味は判断できないが、緑色っぽい。私、お茶好きそうに見えるのかな。嫌いではないけれど。誕生日に、お茶。
「ハーブティーです。…ベランダで、私が育てたものを使ったので夏油さんも飲めると思います。」
好みの味ならいいのですが。その言葉にベランダへと視線をやれば育ち過ぎたハーブと思われる、よく伸びた草が見えた。
七海は私の進む道を、止めはしないものの、共感してもくれない。私は一般人で、貴方は高校の先輩。呪術界から抜け出した七海は私をそう言って迎えたのだ。なのに、猿の手がかからないものを、人間の七海がわざわざ用意してくれるだなんて。
「自惚れてもいいかな?」
「好きに解釈してください。」
そう言った七海の耳は、あの日と同じく赤く染っている。変わったのは顔を背けていないことと、歳をとったことくらいだろうか。
年を空けて果たされた約束。本来なら私が先に七海の誕生日を祝うはずだったのに、あの時は灰原が亡くなってそれどころではなかった。七海も、私も。
「来年こそ、七海の誕生日を祝わないと。」
「会えるか分かりませんよ。」
私は特級呪詛師で、七海はブラック企業に務めている。何度か訪ねて不在だったこともあるから、確約はできない。それでも七海にばかり祝われるのは矜持が許さない。
「大丈夫、昔の七海みたいに待ってるから。」
「暑いし通報されるからやめて下さい。」
「なら、予定空けといてよ。私も空けとくから。」
ね。今日だってわざわざ休みをもぎ取った七海に、上目遣いで強請って見せれば、わざとらしくハァ、とため息をつかれて、それなりの見返りは要求しますからね、と宣言された。私には分からないけれど、集まる猿共からブラック企業とやらが如何に大変かは、耳にタコができるほど聞かされている。今日とて苦労したのだろう。何時になく目のクマが濃い。
昔と、今日と、休みを取ってもらう分。それに見合ったものを贈らないといけないね。