眠り王子は逆襲する(水麿) 水心子正秀といったら、品行方正で真面目で努力家、それゆえの優等生でそれほど苦手な分野もない。秀才といえる部類だ。
――それがどうして嘘をつくこととなるとこんなに下手くそになってしまうんだろうねえ。清麿は最近買ったばかりのソファに横たわる彼を見つめる。
目は閉じられているけれど、瞼も腹の上で組んだ指も震えているし、唇に至っては酷く歪んでいる。力が入りすぎているのだと分かるその姿は、ある意味では悪いことができない彼らしいといえばそうなのだが。
湯浴みを終えて帰ってくるとこの有り様で、清麿はしばらく両手を腰に当てて思案した。こんな分かりやすい狸寝入りまでして、水心子は何を望んでいるのだろう。
ぺたぺた歩み寄り、ソファの横にしゃがんでみる。水心子の時折動く緊張した頬がよく見えた。
改めて見てみると、肌の色が自分と比べると濃いのだと分かった。日焼けすることもない装束なので、元々の地色だろう。なんだか健康的でうれしい。ふふ、と思わず吐息が漏れると、彼がびくっと跳ねた。
それでも寝たふりは続行されるようだ。なんだか面白くなってきて、清麿は再び思考を回し始めた。なにか楽しい起こし方をしたい。少し刺激的なくらいがいいのだろうが、起きている彼が聞くには可哀想な内容も浮かんでしまって自重した。
――まあ、このくらいならいいのかな。そう思いつつ、水心子の耳元に唇を寄せる。
「……すいしんしに、すっごいキス、したくなってしまったなあ……」
さてどんな形相で飛び起きるかと思ったのに、彼は逆に動かなくなった。頬だけが朱を差し始めて、確かに聴こえているのだと分かる。
きょとんとして、その顔を見つめた。唇がさらに緊張している。がちがちに引き結ばれて、それで――ああ、なるほど。
自分の口が弧を描いてしまうのが、いじわるな気がして少し可笑しかった。
「……でも、僕、寝込みを襲うのあんまり趣味ではないんだ、……水心子」
彼の眉が片方だけ跳ねる。その頬を、つん、と人差し指で突いた。
「起きて、……それで、僕のこと、ぐちゃぐちゃに抱いてよ」
唇がぐにっと歪んで、頬が真っ赤になり、その瞼がようやく持ち上がる。嫣然と見つめていると、新緑を開いた水心子が拗ねた顔で清麿を映した。
「……なんで寝てないって分かっちゃうの?」
「寝ているって思うほうが難しいよ?」
「そんな駄目なのか…僕は……」
膝を曲げて、両手で顔を覆って仰向けに息を吐く水心子の腹の横に腰掛けて、清麿はあははっと笑った。
「駄目な訳でもないだろう? 嘘なんてつかないほうがいいよ」
彼が少し唸って、その手が腕を掴んできた。茹だった顔。
「……自分が言ったこと、忘れてないだろうな?」
一瞬目を丸くしてから、清麿はふふんと笑んだ。いじわるをどんどん重ねてしまう。
「さあ、どうだろう? 僕は寝ている人には言ったけれど、狸寝入りをして起きていた人には何も言っていないもの」
「わ……分かってたくせに」
「証明してもらえるかい? 水心子?」
そこまで言ってから、あっやりすぎた、と気づいた。水心子の目の色が変わる。掴まれた腕を引かれ倒されて、寝そべる彼の上に上体が乗る。
「僕は、寝てても耳が聴こえてるんだ」
呆気に取られて彼を見た。もう何の迷いもない顔をしていた。
「な、……っ、そ、そんなの、無理があ」
「だって現に僕は聴いてたし? きよまろが」
腰をぐっと引き寄せられる。重なり合った身体に響く、――ぐちゃぐちゃに抱いてって言ったの、という甘い声。
「お、起きていたから、聴いていたんだろう…」
「証明してもらえる?」
はく、と口を開け閉めする。頬を熱くするのは、今度はこちらの番なのだった。
完全なる形勢逆転。もうどうしていいのか分からない。品行方正で真面目で努力家、それゆえの優等生は意外にも欲には忠実だ。
顎を捕らえられ、この先は分かり切っている。悪いのはどう考えても己だった。からかった代償を、今、これから払わされる。
「さて、清麿、」
甘やかな声が謎掛けをする。
「どこからが僕の手のひらの上だったと思う?」