キリング・イン・ザ・ネーム③(・・・あんな他力本願な馬鹿共が"クーデター"だとォ?!そんな事ができる訳がねェ!!!どこのどいつが"けしかけやがった"!!!!)
気体と化した下半身で、滑るように翡翠島へ入ったシーザー・クラウンは胸の内で喚き散らした。
"奴ら"が、自ら"蜂起"するなどあり得ない。それならば、この島の"価値"に気付いた者がいるということである。
そもそも、クーデターなどという大事件が起きれば、海軍だってこの島に踏み込むかもしれないのだ。
そうなれば、シーザーの"武器工場"が表に出てしまう。
(・・・それだけは避けなきゃならねェ!!!)
いつもより、ガランとした印象の翡翠島を駆け抜けて、居住区のビル群へ向かった。
一つのビルの外壁をスルスルと登り、自分用に作らせた壁に埋まった小さな扉を開ける。
狭い扉を気体になって通り抜けて、我が武器工場へと入り込んだ。
「"シーザー"さん?どうかしましたか?」
武器工場には、僅かな数の女と子供が作業をしている。
突然現れたシーザーに、驚いて顔を向けた。
「クーデターを起こしたと聞いたぞ・・・!!一体なんのつもりだ!!」
「ええ・・・。小競り合いが大きくなってしまって・・・。今、アロイの方はどうなっているんです?」
状況が伝わってこないのか、不安そうな顔で言う女に、シーザーはほとほと嫌気が差してため息を吐く。
問題は、"一つ"。ここが"存続"できるのか。それだけだ。
「・・・だれが主導した?」
「・・・"海賊"です。ドンキホーテ・ドフラミンゴと名乗りました。」
その名前は、知っていた。"北の海"で僅かばかりの名を挙げた、"億超え"ルーキー。
確か、"兵器"の"仲買人"をやっていた筈だ。
(・・・"ノーティス"の田舎者が、この武器工場に勘付いたな。)
「男手は皆アロイに行ってしまいました。シーザーさん。この島はどうなってしまうんでしょうか。」
「シュロロロ。安心しろ。最悪、おれが守ってやるさ。」
海軍に"バレて"、ぽっと出のルーキーに"横取り"されるのが、一番悪い。
女の縋るような視線に、適当な返事を返したシーザーは、面倒だ、もう全員殺してアロイのせいにしよう、と、投げやりに考えた。
その体が、ゆっくり"毒ガス"へと変わる。
目の前の女がボタボタと口から血の泡を吐き出して、バタリと倒れた。
僅かな工員達も、同じように倒れて行く様を、何の感慨も無く見守ると、シーザーは渡していた設計図の回収をしようと、戸棚からその紙の束を取り出す。
その瞬間、何か、獰猛な獣に睨まれたような、ヒリつくような"恐怖"を感じた。
「・・・ッ!!!!」
甲高い音がして、窓ガラスが勢い良く飛び散る。
巨大な鳥の羽音を聞いた瞬間、毒ガスが充満する部屋に、なんの躊躇いもなく、何かが飛び込んできた。
######
(・・・遅かったか!!!)
空中を猛スピードで駆けるドフラミンゴの視界に、あのビル群が映る。
モクモクと煙る"武器工場"内部に、ドフラミンゴは思わず舌を打った。
十中八九、"シーザー"は武器工場を破壊し、設計図を持ち去るつもりだろう。
そうなれば、ドンキホーテファミリーがこの暴動を扇動した意味は無くなってしまう。
(毒物か、爆発物か。・・・厄介な事に変わりはねェか。)
欲しいのは、"武器工場"、"工員"、"設計図"。そして、"シーザー・クラウン"だ。
ファミリーは、それらを手にする為に、今も尚、滅びゆく"帝国"を駆け抜けている。
いつだって、"後"は無かった。
(しくじれば、"奴ら"はおれを、"許さない"。)
『君はやはり、"誰か"の"上"に、立つべきだ。』
『最高幹部共が後生大事にしているその"お揃い"の"負い目"の正体は何だよ。』
『お前はいつの日か・・・この海の"王"になる男だ!!!』
奴らは、"王の器"が、欲しいだけ。
(おれは、)
『・・・私が父親で、ごめんな。』
ただ、あの、神気取りが支配するこの世界の"システム"を、壊したいだけだ。
『・・・なァ、愛してるぜ、"相棒"。』
『ああ、勿論。おれもさ。"ドフィ"。』
"隣"に誰かが欲しいなどと、駄々を捏ねるのは、つい昨日"止めた"筈。
だから、
(おれを、"憐れむ"のは、止めてくれ。)
「・・・あァ、"面倒臭ェなァ"。」
ビリビリと、空気を震わす"覇気"を纏って、ドフラミンゴの口元が歪む。
"怒れ"、"蹴落とせ"。身も凍る、"絶望"をがなれ。
"奴ら"が望むのは、"それ"だけだ。
その"右目"が、赤い光を放ち、ドフラミンゴの左足が窓ガラスを砕く。
煙る室内に飛び込んだそのハイカラな"猛鳥"は、驚いたように振り返った男の首を掴んだ。
「ドンキホーテ、ドフラミンゴォ・・・ッ?!?!」
勢いのまま、床に組み敷いた衝撃で、戸棚から書籍や書類が落ちて行く。
ガリガリと床を滑ったシーザーの首筋を掴んだまま、ドフラミンゴはその体の上にのし掛かった。
「・・・ウッ、」
僅かに、息を吸い込んだ瞬間、ドフラミンゴの口と鼻からボタボタと血液が溢れて落ちる。
その赤い液体が、シーザーの青白い顔にかかった。
「シュロロロロ・・・!!バァカめ!!この毒ガスが充満した部屋で、お前に何ができるんだ?!"北の海"の"お上りさん"が・・・このおれから"何を"奪おうとした?!?!」
「別に・・・"何も"、」
後から後から落ちて行く血液に気が付いてすらいないのか、口角を上げたドフラミンゴに、優位な筈のシーザーの足が竦む。
妙にギラつく瞳が、サングラスの隙間から見えた。
「ただ、お前の行動、海軍に筒抜けだぜ?」
「・・・ハァ?!?!何でお前が、そんな事を知っている?!」
「・・・海軍に、"仲間"がいる。なァ、手を組もうぜ、"シーザー・クラウン"。」
「何で天才のこのおれが!お前のような田舎者と組まなきゃいけねェんだよ!!!」
フー、フー、と危うい呼吸を繰り返す男に、シーザーは得体の知れない"恐怖"を感じる。
"とっくに"致死量を吸い込んでいる筈なのに。
"計算上"では"死んだ"筈のこの男を、動かしているのは、一体何だ。
「なァ、お前、"大勢""殺せる"んだろう?その"人数"はそのまま兵器開発者の評価点だ。なのに、海軍は、それを"正義"としねェだろう?」
驚く程、静かな瞳がドフラミンゴを見上げている。
小さく、その瞳孔が揺れた。
「なァ、"おれは"、"大量殺戮兵器"が欲しい。」
この男の隣も、きっと、"空席"なんだろう。
僅かに傾く天秤を、ドフラミンゴの充血した目が捉えた。
「手を組むなら、全部、揉み消してやるよ。」
「・・・は、そんな事が、」
「た、だし、」
シーザーの言葉を遮って、ドフラミンゴが口を開くが、迫り上がってきた血の塊に、言葉は途切れた。
ぐらりと、その巨体が傾いて、冷たい床に無様に転がる。
ビチャビチャとぶち撒かれた血が、ドフラミンゴの金色の髪を盛大に汚した。
「ハァ、は、ただし。ゲホ、おれが、死ねば、おれの仲間は海軍に、ここの事を報告する・・・。テメェは、おれを、"生かす"しかねェんだよ。シーザー・クラウン。」
グラグラと、揺れる視界にドフラミンゴは意外と短いリミットを悟った。
朦朧とする意識の中で、それでもその白い腕を掴んで、薄ら笑いを浮かべる。
隣の空席、自分の"器"と、破壊衝動。
この舞台の上で、"奴ら"を"正義"で居させる事は、自分の"目的"を達成する為の"対価"だ。
(だったら、)
「・・・フフフフッ!!"立たせてやるよ"。全員、"正義"の側に・・・!!」
ドフラミンゴは、血だらけの手のひらで、シーザーの顔面を掴む。
シーザーは、妙に納得した気持ちで、その指の隙間から血に濡れた口元を覗き見た。
(・・・まるで、"ジャンク銃"だ。)
安い金属、怒りと憎悪を込めたマガジン、いつ暴発するとも知れない、"ジャンク銃"。
相変わらず、人間とは思えぬ獰猛な光を放つその男の両目から、シーザーは目が離せなかった。
恐ろしい筈なのに、掴んでは離さない、その、得体の知れない引力。
シュルシュルと、シーザーの体が実体を帯びて、部屋のガスが晴れていった。
「・・・解毒剤が、ある。」
まるで死ぬ気配の無い男に、観念した様に言ったシーザーが、小瓶に入った解毒剤を取り出す。
それをドフラミンゴの手のひらに置いた瞬間、目の前の扉が吹き飛んで、シーザーの顔面に棒のような物が迫った。
「・・・グェ!!!!!」
「・・・オイオイ、フルスイングはねェだろう。・・・殺してねェだろうな。」
赤黒く光る竹竿と、遠くの方で伸びているシーザーに、ドフラミンゴは呆れたようにため息を吐く。
そういえば、前にも、"こんなこと"があった。
非力だった自分を、助けに来てくれたのは、いつだって彼だ。
(そういえば、)
"怖くて"、その理由を、聞いたことが無かった。
どうして、あんなにも懸命に護ってくれたのか。
もう、聞かなくても分かる"答え"に、ドフラミンゴは自嘲するように喉を鳴らした。
「・・・ドフィ!!酷い出血だ・・・!一体、何が、」
床に倒れたドフラミンゴを見るなり、入ってきたヴェルゴが駆け寄ってきて、その体を抱き起こす。
朦朧とする意識の中で、ドフラミンゴの手のひらがヴェルゴのサングラスを取った。
「毒ガス、吸った・・・。解毒剤はある。・・・どうする、ヴェルゴ。」
「・・・なにを、」
ヒュー、ヒュー、と、いよいよ呼吸が浅くなる。
面白がるように、小さな小瓶を振ったドフラミンゴは、ヴェルゴの瞳を覗き込んだ。
「なァ、ヴェルゴ。お前のとこまで、"降りて"良いなら、解毒剤を飲む。そうじゃないなら、飲まねー。」
この台詞は、"なんてな"、と、続く筈で、目の前のヴェルゴは、また、"からかうな"と言う筈だったのに。
ドフラミンゴの手のひらから、ヴェルゴは小瓶を奪い取り、その中身を口に含んだ。
「ヴェ、」
ドフラミンゴの口を、無理やり親指を突っ込んで開かせると、ヴェルゴは邪魔だと言わんばかりに、そのサングラスを取って、床に放り投げる。
一連の出来事に追いつけないドフラミンゴが戸惑うようにその瞳を覗いた瞬間、ヴェルゴの唇が、ドフラミンゴのそれに触れた。
「・・・ッ!!!」
ヴェルゴの舌を伝って、苦い液体が口内に流れ込む。
ゴクリと飲み下すと、ヴェルゴの唇が一瞬だけ離れ、すぐに噛みつくように重なった。
角度を変えながら、深く、深く口づけられる。
空気を吸い込もうと、緩く開いた口の端から、血と、唾液が溢れて、ドフラミンゴの顎を伝った。
「・・・どこでも、良いから、生きてくれ。・・・ドフィ。」
"もっと上へ"、"もっと怒れ"と、けしかけて、父親もその手で殺させた。
"どこでも良い"なんて、どの面下げて言えば良かったのか、本当のところはヴェルゴにも分からない。
ただ、"本当に"、"どこでも"良いと、思ったのだ。
『"誰も""隣に"居なくて良いと"若が"、言ったのか?!?!』
(・・・言ってないさ。一度も。)
勝手に、そうやって、後悔しながら見上げていたのは"自分"のエゴだ。
ぽかんと、自分を見つめるドフラミンゴは、困ったように眉根を寄せると、懐かしい顔で笑う。
「・・・愛してるぜ、"相棒"。」
「ああ、勿論。おれもさ。"相棒"。」
本当は、"隣"に、"降りてきて"欲しかった。
######
「若!!!!」
「・・・おー。アロイの方はどうなった?」
ヴェルゴに肩を抱えられたドフラミンゴが、武器工場から出ると、丁度こちらに向かってくるファミリー達が見えた。
血塗れのドフラミンゴに、驚いた四人が駆け寄ってくる。
「・・・?!え、何でお前泣いてんの。」
「・・・なんか、若が血だらけでびっくりしちゃった。」
「情緒不安定!!!!!」
何故かグズグズと鼻を啜るグラディウスに気が付いたセニョールが引いたように言うが、まぁ、気持ちは理解できた。
着ていたスーツにベッタリと付いた赤い液体。それでも、なんの"意地"か、ちゃんと"立って""歩く"男に、セニョールは煙草の煙を吐き出す。
(そうやって、意地を張るのも悪ィんだぜ。若。)
ヴェルゴの肩を離れたドフラミンゴが、四人の元に歩み寄った。
覚束ない足取りを、勘付かせないように、ゆっくりと。
「王の"自害"で、帝国側が降伏した。が、ヒートアップした国民達は収まらねェなァ。今は国営企業の金持ち共を処刑中。」
「・・・残った帝国軍は鎮圧もしねェのか。」
「降伏した手前、意気消沈気味だな。・・・それに、」
一度、言葉を切ったディアマンテの瞳を覗くと、その両目がギラリと光った。
「あんまり多いのも、面倒だと思ってな。3分の2は殺しといた。」
「・・・フッフッフッ!そうか。シュガー。武器工場に三人倒れている工員がいる。奴ら玩具にしてくれ。
・・・頭にツノがある白い服の男はシーザー・クラウンだから、そのままだ。」
「はーい。若様。」
シュガーが横を通り抜けたのを確認すると、ドフラミンゴの体がぐらりと揺らぐ。
ヴェルゴが咄嗟に腕を掴んで、グラディウスが前からその腰を抱きとめた。
突然の事に、よろけたグラディウスをディアマンテとセニョールが支える。
「・・・フフフフッ。少し、"疲れた"みたいだ。」
何がおかしいのか、嬉しそうに笑い声上げたドフラミンゴを支えた四人が、驚いたように顔を見合わせた。
この男の口から、そう言えば、そんな言葉を、聞いたことは無い。
「・・・船に、戻ろう。少し、休んだ方がいい。」
「ウハハハ!おぶってやるよ!ドフィ!!」
「あァ?ガキじゃねェんだ、いいよ。」
「遠慮すんな!おれよりはガキだろう!!」
「四歳だけじゃねェか!うわ!」
ドフラミンゴを無理やり背負ったディアマンテに、本人は嫌そうに口角を下げた。
「シーザーはどうした。」
「ヴェルゴのフルスイング喰らってお昼寝中だ。しばらく起きねェだろう。セニョール、グラディウス、うちの船まで運んでやれ。」
ドフラミンゴの言葉に、了解と踵を返した二人がトコトコと歩くシュガーを追う。
ドフラミンゴは、諦めたようにディアマンテの肩に額を乗せた。
「自分で、"立って"、アロイまで戻らなきゃいけねェと思っていたが・・・ラッキーだぜ。」
「馬鹿言うなよ。ドフィ。"お姫様"に、馬車のお迎えがねェ事があるかよ。」
「フッフッフッ。せめて王子様にしてくれ。」
「ウハハハハ!!"王子様"なら、ちゃんと"来た"だろう?竹竿担いだ強面のが。」
二人して、隣を歩くヴェルゴを見ると、何の事だかイマイチ理解していないヴェルゴが、柔らかい笑みを浮かべて首を傾げる。
ドフラミンゴとディアマンテは、揃ってヴェルゴ頭の上にクエスチョンマークの幻覚を見た。
「・・・あァ、いや、」
急に、瞼が重くなってくる。
果たして、"眠る"ということは、こんなに簡単な事だったのか。
覚束ない唇が、小さく、弧を描いた。
「・・・奴は、"相棒"だ。」
######
「き、き、"鬼竹"のォ・・・ッ!!!!」
「これはこれは、シーザー殿。申し訳ない事をした。」
「何でテメェがここに居る!!!!」
「・・・言ったろ。海軍にスパイが居ると。」
ヌマンシアフラミンゴ号で目を覚ましたシーザーは、目の前のソファに座るドフラミンゴと、その傍らに立つヴェルゴを見て、起き抜けにも関わらず大きな声を上げた。
"鬼竹"のヴェルゴ。海軍本部の優等生が、まさか海賊とは思うまい。
「工場の事は安心しろよ。ヴェルゴは"何も"無かったと報告する。」
「あ?あぁ、まあ、そういう約束だからな。」
「・・・だが、あの工場、及び元アロイ"帝国"が纏めていた近隣諸国はおれに譲れ。」
「ハァ?!?!やっぱり横取りするつもりじゃねェかよ!!」
「落ち着け。お前、別の目的があるだろう。武器製造はおれに譲って、"そっち"に、力を入れてくれ。」
ドフラミンゴのサングラスの奥で、ギラリと"何か"が光った。
シーザーは、相変わらずその"光"を、怖いと思う。
「・・・"人造悪魔の実"の工場を作ってやるよ。」
「・・・それをなんで、知っている。」
「海軍はそこまで勘付いてるってこった。だからお前は、この島から手を引いた方が良い。
少し大人しくしていろ。"別の場所"に、工場を作ってやる。」
「・・・何故だ。お前、大量殺戮兵器が欲しいと言ったな。何で欲しがる。金儲けか?それとも、海賊王にでもなるつもりか。」
この世に、夢見がちな馬鹿は腐るほど居た。
そんな夢物語に、賭ける金は生憎持ち合わせていない。
シーザーの懸念に、ドフラミンゴの口角が、ニンマリと上がった。
「この世界の、"システム"を破壊し、おれが、全員"操りたい"んだ。」
「・・・は?」
想像の、上を行く馬鹿だったと、シーザーは開いた口が塞がらない。
ドフラミンゴはその様子を陽気に笑った。
「踏み躙られる尊厳、操作される情報、この世の"神"は、誰だと思う。」
貢ぐ、暴虐、別の生き物。
金よりも、よっぽど"役に立つ"神様。
「"神"に、噛みつくところを、見せてやる。返事は、それからで良い。」
サングラスで覆われた、ドフラミンゴの瞳の中に、得も言われぬ"凶悪"を見た。
この男は、本当に、"神"に喰らいつくつもりなのか。
シーザーは先延ばされた返答を、口にする事は無かったが、それ程、"疑って"もいなかった。
正直、この"目"なら。
(・・・やりかねねェな。)
その後、天上金の輸送船を襲い、王下七武海入りを果たしたドンキホーテ・ドフラミンゴの元に、海軍の後ろ盾を無くしたシーザー・クラウンが現れるのは、少し先の話。
######
『あの時、あの少年が、デリンジャーを抜いた事が全ての始まりだった。我々は彼の勇気を讃えなければならない。』
ゆらゆらとランプや、ろうそくの灯りがそこかしこで揺れていた。
それに合わせて揺れる影に、酔いそうになりながら、ドフラミンゴは星空の下に並べられたテーブルと椅子の一つに座っている。
まるでラジオのように、翡翠島に響くスピーチは、"新"アロイ帝国国王のものだ。
元国王の"自害"が引いた幕は、帝国側の戦意を直撃し、ドンキホーテファミリーが減らした"帝国軍"は、残党一万人を切っている。
戦意を失った軍隊は、新しい政権に付くと声明を出した。
たった一日。花が散るように滅びた帝国は、今後翡翠島を中心に新たな国を作る。
「ドフィ。焼きそばとたこ焼きどっちがいい。」
「・・・両方。」
「じゃあ、半分ずつだな。」
不意に、使い捨ての容器を二つ、手のひらに乗せたヴェルゴが現れ、ドフラミンゴの前に湯気の立つ皿を置いた。
終わった暴動と支配に、沸き立つ翡翠島では開放を祝う宴会の真っ最中である。
工場街を、消えることの無い灯りが照らし、立食形式のテーブルには溢れんばかりに料理が乗っていた。
遠くの方で島民たちと騒ぐファミリーの姿が見える。
ちらりと、見上げたヴェルゴはまた、"島民"の顔に戻って、ドフラミンゴの隣の椅子に腰掛けた。
「お前も、工場街とはおさらばか。」
「あァ。シーザーにまんまと証拠を消されてしまったと報告しておくよ。君は?翡翠の武器産業を先導するのかい。」
「いや。海軍も勘付いてる。今まで通り武器産業は隠れてやることになるだろう。だが、アロイと近隣諸国も巻き込むんだ。ある程度はデカい商売ができるな。」
「それは、良かった。ファミリーの発展になるなら、"任務失敗"の報告も苦にならないよ。」
「お前には・・・面倒をかける。」
目の前に置かれた皿には手を付けず、背もたれに深く凭れたドフラミンゴは、些か気の抜けたような顔で言う。
ヴェルゴは相変わらず静かな声で、"そんなことないさ"と返した。
「・・・この島は、また、きっと同じ事を繰り返す。」
背もたれに腕を掛けたドフラミンゴは、喉の奥で笑い声を上げて、サングラスを押し上げる。
奴らは、"絶望的"な勘違いをしていた。
これは、"開放"ではなく、"指導者"が"変わった"だけ。
しかも、あの"優しい人間"から"悪党"に変わったのだ。
『そして、この男を忘れてはならない。我が国の"英雄"、ドンキホーテ・ドフラミンゴ君。』
大きな歓声に、自分を呼ぶ声。
愚かな民たちが、一斉にこちらを向いた。
ドフラミンゴは面倒臭そうに立ち上がり、一度、ネクタイを直す。
「・・・キマってるか?相棒。」
「・・・ああ、男前だよ。ドフィ。」
冗談のように言って、笑い合うと、ドフラミンゴは簡素なステージの上に立った。
足元へ群がる民衆に、"良い思い出"などは無い。
それを、無理やり飲み込んで、ドフラミンゴは言葉を発する為に息を吸い込んだ。
『おれァ、海賊だ。国のどうこうに関わるつもりもねェし、ましてや、"英雄"になるつもりもない。』
渡された拡声器に向かって話すドフラミンゴに、甲高い声援が飛ぶ。
サービス精神で、そちらに手を振ってやると、その歓声が大きくなった。
(なんだ、これは。)
大量の花が入った箱の中に、"最初"に殺した男と、演説中に射殺した男の写真が飾られている。
ドフラミンゴはその、殺した二人に、笑みを向けて、再び前に向き直った。
(・・・酷い、茶番だ。)
群れる愚民。支配され続ける国。束の間の理想郷。
いつしか、奴らは、自分に刃を向けるのだろう。
『だが、まァ、これも、何かの縁だ。"英雄"にゃァなれねェが、この島の、"平和"を保証してやるよ。』
『おれは、お前らの"切り札"だ。』
拡声器を新国王の手元に戻すと、ドフラミンゴはさっさとそのステージから降りようと踵を返す。
その背中に、"ジョーカー"と叫ぶ声が降り掛かった。
何度も、何度も、その名前を叫ぶ愚かな声に、ドフラミンゴの口元が歪む。
操られるだけの馬鹿共は、永遠に、"馬鹿"のままだ。
ステージから降りる時、端の席に座るヴェルゴと視線が交わった。
小さく、拍手をしたヴェルゴに、ドフラミンゴはコミカルな動きで、肩を竦めて見せる。
手に入れたのは、"武器工場"、"工員"、"設計図"。それから、"シーザー・クラウン"。
そして、"無くなった"のは、"隣の空席"だ。
ヴェルゴの前に戻ったドフラミンゴは、"いつもの"笑みを浮かべる。
その眼光が、獰猛な鋭さを帯びた。
「・・・良い"予行演習"だったな。やっぱり、国を"取る"のは"英雄"に限る。」