刺に引っかかれる 魔関署本庁の爪隊執務室にて、私は半泣きで法学を教わっていた。正面の席ではキマリス大佐が苦笑している。
「君、戦闘能力は高いのに座学はからきしだね」
「返す言葉もございません」
「そこ、第3級犯罪魔の取り扱いについての記載が間違っている。身柄の確保権は少佐ではなく大尉から可能」
「あれえ」
「犯罪区分の正答率は上がってきたかな。たまに間違えるけど、問題をちゃんと読んで」
「はい」
「あと、こっちなんだけど……」
悪魔学校にいたときから座学は苦手だった。魔歴は論外として戦術学とかも苦手なので(というか授業中起きていられないので)、よく罠や搦手に引っかかっていたタイプだ。
室内にいる他の爪隊の先輩方や同期の研修生たちは日報を書いたり研修報告をしたりと、比較的穏やかな雰囲気に包まれている。穏やかでないのは私一人だけど、事件が少ない時の夕方はだいたいこうなので誰も気にしなくなった。
ひーひー言いながらペンを動かしていると部屋の扉が開いた。
「失礼する。キマリス大佐はいるか?」
入ってらしたのはアミィ大佐で、少しキョロキョロしてからこちらに歩いてくる。
「はいよー」
「先程アンリ様が探してらして、来週にバベルに行くから共をと……」
アミィ様が中途半端に口を噤んだので顔を上げたら、めちゃくちゃ近くで覗きこまれていた。
「んえっ」
「失礼な小娘だな。そこ、字が間違っている。……貴様、見かけ通りに頭が悪いんだな」
「反論の余地がございません」
失礼極まりないけど、マジで反論の余地はないしアミィ様はこれが通常運転なので特に気にはならない。むしろシュッとしたキツメのイケメンから放たれる罵詈雑言はヒトによってはファンサだろう。
私? ……嫌いじゃないです!!!
「キマリス大佐、来週バベルに行くための相談をしたいからとアンリ様が探してらした。この馬鹿の面倒は私の方で見ておくから早く行け」
「……りょーかい。じゃ、あと頑張ってね」
キマリス様はニコーっと笑って起ち上がった。
「貴様も来い。牙隊の……いや、私の部屋で続きだ」
「えっ」
展開について行けずにいると思いっきり睨まれた。
「何か?」
「な、なにも、ございません。えと承知しました。よろしくお願いします?」
「ふん。さっさとしろ」
さっさと歩き出すアミィ様に私は慌てて着いて行く。キマリス様は行ってらっしゃいと笑顔で手を振っていて、他の先輩方や同期達は目を合わせてくれなかった。
「あの、アミィ様。ご迷惑では」
「魔関署に馬鹿がいる方が迷惑だ」
ぐう、反論の余地がない。
「それに」
「?」
「いや、いい」
一瞬振り向いたアミィ様はすぐにまた前を向いて歩き出す。私は慌てて付いて行った。