Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    A_wa_K

    @A_wa_K

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 96

    A_wa_K

    ☆quiet follow

    ある寒い朝の日の話。

    春の眠り 春夏秋冬という季節の移り変わりを少年自身は好いていた。
     特に春と秋。近場ならば学園の中庭や寮の屋上、少し足を運べば公園など屋外での読書も心地よく、古書店巡りもしやすい気温や日差しであるからだ。
     しかし、今のこの国の気温は四等分されていない。五月や十月に訪れる夏日や、四月に降る雪などは極端な一例であるが、現在の季節を信じてはいけないのである。
    「……さむい」
     そんな、ある春の日の朝。
     携帯端末がけたたましいアラームが鳴るより先に少年は目覚めた。理由は寝起き故に呂律が回りきっていない少年の一言の通りであった。寒いのである。
     布団の外にはみ出ていた片腕をぎゅっと体に寄せつつ、少年が思い出すのは数日前のアオガミとのやり取りだ。
    『少年、この部屋のベッドや布団は一人用だ。特に布団に問題がある。私が入る事で君の体を覆い尽くせなくなってしまう』
    『別に良いよ。今は春なんだし』
     アオガミの懸念が正しく当たった形である。
     春なのに、と思いながら再び瞼を閉ざした少年であるが、己の体に掛かる布団の重みが増した事に気づいて眼を開く。視界に映ったのは、彼の体躯を走る赤色に照らされた黄金の双眸であった。
    「すまない、少年。私が気づくべきだった」
    「アオガミは何も悪くないよ」
    「だが」
     思いやりの心は嬉しい。しかし、自身を罰する発言を繰り返しそうなアオガミの唇に少年は右手の指を添えた。
    「悪いのは春だよ。いきなりこんなに寒くなるなんて、もしかして外でジャックフロスト達が行進してたりしない?」
    「……そのような情報は入ってきていない」
    「じゃあ、やっぱりアオガミは悪くないね」
     戸惑いを見せる半身の姿を微笑ましく思いながら、少年は手を引っ込めて布団の中で両手を擦り合わせる。自身の熱が篭もっている空間はやはり暖かい。
    「このまま春まで冬眠したい気持ちだよ」
     布団の外に出たくない心境を少年が比喩すると、彼の頭上から至極真面目な回答が返ってくるのであった。
    「君が望むなら」
     少年の緑灰色の瞳に映る神造魔人の表情は普段と変わらない。
    「春が来なければいいと思っちゃうから、ダメだよ」
     ――このまま、安寧に身を任せてしまいたい。
     そう願ってしまうと少年が暗に囁くと、アオガミが小さく息を飲む音を少年の耳は拾った。お互いの顔は正に目と鼻の先。更に人が減った寮内の朝早い時間。一層静けさを湛えている空間の中で気づかない方が無理難題である。
     自身の心音ばかりが大きくなっていく中、少年は思考を巡らせる。アオガミは何と答えるだろうかと。もしくは、聞かなかったふりをしてくれないかと。
    「そうか」
     最初の一言は、いつも通りの声音。静かで、少年を落ち着かせる優しい声。
     次に少年は冷たさを感じた。彼の頬に触れたアオガミの指先の感触である。初めて出逢った時の塗装の剥げがいつの間にか修復されていた、少年へと伸ばされる指。
    「……君が、望むなら」
     躊躇いながらも、美しく輝く白銀の指が少年の頬を撫でる。
    「……そっか」
     布団に包まれたまま、少年はアオガミへと身を寄せた。ぴったりと呼ぶにはまだ隙間のある距離だ。
     アオガミはもう返事をしない。だが、彼の腕が伸ばされ、少年の背中を包み込むようにしてふたりの距離は零に近くなる。
     ひとりでは出来ない、ふたりの最も近い距離。
     閉ざした瞼の向こう側に赤色の輝きを見ながら、少年は体から力を抜く。
     きっと、寝ることは出来ない。
     ――それでも、晩春の朝を告げるアラームが鳴るまでは。
     彼らは静かな一時を共に過ごすのであった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭💖🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works