ケーキ争奪戦 ベテル日本支部は人材、殊に戦闘員が不足している組織であった。
故に太宰もあっさりと悪魔召喚プラグラムを支給されたのであるが、その状況の中、戦闘に不向きな研究員達は医科学研究所を実質的な住まいとして使用していた。研究員の数も不足しているので問題はない、とターミナル整備担当の研究員が話していた姿を思い出しつつ、少年は目前に配膳された切り分けられたショートケーキを見下ろすのであった。
「誕生日ケーキのお裾分け、か」
「長官の配慮らしい」
缶詰め状態の研究員達を労る処置の一つだと、皿を二枚持ってきた研究員は嬉しそうであった。支持率の高さは伊達ではないのだなと、ズレた思考を巡らせつつ、少年は苺が載せられている白色の甘味を見比べる。
ホールケーキを切ったのは研究員の誰かなのだろう。側面が僅かに崩れており、だからこそ懐かしさを感じて少年は向かって右手に配膳された皿を手に取ろうとした。
「少年」
しかし、アオガミによって阻まれる。少年の右手首を優しく掴む、白銀の手。
少年がどうしたのかと半身を見上げると、アオガミは普段より僅かに黄金の双眸を細めつつ、小さく首を横に振るのであった。
「少年、君は左の皿を選ぶべきだ」
「どうして?俺はこっちで良いよ」
実質、触れているだけのアオガミの手を剥がそうとする少年であったが、彼の右手首にアオガミが指先を回してきたことで不可能になってしまう。
「アオガミ?」
「そちらは私が頂こう」
頑なに少年の意見をはね除けようとする珍しい姿である。そうなれば、少年は気づかずにはいられない。アオガミは自分と同じ理由で左の皿を欲しているのだと。
「俺が良いって言うんだから良いだろ」
「いや、それでも君は左の皿を選ぶべきだ」
「いいや、左の皿はアオガミの分」
「少年の分だ」
「アオガミの分!」
――少しでも大きい苺を。少しでも大きいケーキを。
ほんの僅かな差である。ホールケーキに包丁を通した人間は、余程几帳面に切り分けてくれたのであろう。だが、人の手の作業である限り差は生まれ、果実の差が完全に均一になることはまずない。
故に、発生した違い。ちょっとだけ大きいショートケーキ。
幼い兄弟ならば互いに奪い合うこともあるだろうその差。少年とアオガミは奪い合うのではなく、お互いに押し付け合いをしていたのであった。
「私は、君に少しでも美味しいものを食べて貰いたい」
「俺は、アオガミに少しでも新しい経験をして欲しいんだ」
互いを想い合っている――想い合いすぎているからこその言い争い。
とは謂えども、アオガミの頬に伸ばされた少年の指先も視線も優しさに満ちていた。少年の右手首を掴んだままのアオガミは手に力を込めておらず、半身を見下ろす双眸は柔らかい。
――この状況は、何と表現すればいいのだろうか。
フォークを渡し忘れた為に引き返し、けれどもふたりの空間には足を踏み入れられない研究員は困惑したまま、偶然越水ハヤオが通りがかって弟達を諫めるまで立ち尽くす羽目に陥るのであった。