月が輝く場所 ツクヨミは青髪のナホビノの感情の機微に疎い面がある。
遅れて弟の不可解な行動の意味を知る事はあるが、それは兄にとっては"学び"であった。
『俺、教材じゃないんですけど』
お前から学ぶ事が多い、とツクヨミが吐露した際、青髪のナホビノはその金色の瞳を僅かに見開いてから頬を膨らませた。だが、彼の声は柔らかく、どこか嬉しそうな表情。
――心とは、難しい。
常々、ツクヨミはそう思っていた。
だが、"今日"は違う。彼にも、弟の心を読むことが出来るのであった。
ツクヨミに座るように強請り、彼の膝の上に身を投げ出した青髪のナホビノ。彼はツクヨミの長い髪を弄ったり、頻繁に彼の口元の三日月に触れる。ツクヨミが少しでも身じろぎをすれば、どこに体重を隠していたのかと驚くほどに精一杯体重をかけてくる。彼が、どこにも行かないようにと。
日本の季節は秋。彼の国の夜空に一際美しく月が輝く、中秋の名月。
大勢の人々の目が月へと向けられる日だ。
故に、青髪のナホビノは不機嫌になるのである。月の神の目が己から逸らされるのではないか、と。
(いつもこうならば、私も間違えないというのに)
分かりやすい嫉妬。だが、ツクヨミは彼の感情を指摘しない。
指摘されれば、弟が己の膝上から跳び上がる未来を予想出来るからだ。そして、「そんなことはない」と嘘をついてツクヨミから距離を取り、兄の言葉に耳を貸さずにどこぞへと分霊を飛ばしてしまうだろう。エジプトならば問題はないが――。
(変な所で似てしまったな)
胸中に湧き上がる、むかむかとした"感情"。
きっと、弟も同じ淀みを抱えているのだろう。そう考えて、ツクヨミは弟の頭をそっと撫でるのであった。
月は未だ夜空の上に。
ふたりっきりの兄弟の時間も同じく、まだまだ続くのである。