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    A_wa_K

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    「一対ではない、人間と悪魔」をテーマとした『さよらなら、東京。』の本文となります。
    ※分岐前→https://twitter.com/A_wa_K/status/1614248481958547457?s=20&t=36ae1a0SS_b
    ※オリジナルキャラクター(縄印学園の生徒)が登場します。

    さよらなら、東京。「俺はイヌガミだと思う」
     ナホビノが思い浮かべたのは黒色の尖った耳を持つ、細長い胴体を持つ犬に近い形状をした悪魔の姿である。
    『魔獣イヌガミか』
    「ああ」
     ナホビノがイヌガミの姿を数多く見かけた場所は、品川区のコンテナヤード付近だ。
     あの一帯はラフムのみならず、彼に連れ立って生徒を誘拐した悪魔達が東京から帰還して即座にたどり着く場所でもある。それらの状況から、他の候補よりも可能性が高いとナホビノは導き出したのであった。
    「オベロン、俺はひとまずイヌガミの所へ行ってみようと思う」
    「そうか。……ナホビノよ」
     流石に巻き込めない、と集落での待機を望んだナホビノに対して「オイラは優秀なナビだから問題ないホー!」と普段より声を荒げるジャックランタ。彼らのやり取りを眺めつつ、オベロンはポツリと呟くのであった。
    「どうか、気をつけて」
     今のナホビノはオベロンが初めて顔を合わせた時と比べものにならないほどに強い。並大抵の悪魔では太刀打ちが出来ないだろう。
     しかし、ナホビノは悪魔ではない。彼は神であり、何よりその身の主導権は人間である知恵の少年が担っている。
     同時に生命である神造魔人もまた、非道な選択肢を取れない存在であるとオベロンは認識していた。そんな彼らに対して、例えば生徒が人質扱いをされたならば、何が起きてしまうのか。不躾でありながらも、親しくなりつつある神の安全をオベロンは祈らずにはいられなかったのだ。
    「……」
     そんな彼の小さな声を聞き逃さなかったナホビノはーー。
    『少年、日本支部からの緊急連絡が』
    「え?」
    『ーー少年、君の憶測は当たっていたようだ』
     突然慌てふためき出したナホビノの周囲をオロオロと飛び回るジャックランタンと、静かに見守る妖精王。
     柔らかな風が吹き、清らかな小川のせせらぎに満ちた空間の中、アオガミの静かな声がナホビノの脳内にこう語りかけるであった。
    『東京、品川区の裏路地にてイヌガミらしき悪魔に連行されている縄印学園の生徒が目撃された』
    「東京?」
    『そうだ』
     提示された場所はシナガワであったが、ナホビノが向かおうとしていたシナガワではなかった。
     目的地は、泡沫の都である東京。そしてーー。
    『我々への任務は、連れ去られた生徒の救出だ』

    ***

     品川区、某所にて。
     日本支部からの情報を元にナホビノが辿り着いた場所は、建設途中のビルであった。
    「なんというか、“それらしい”場所だね」
     日本支部の手回しで人払いも完了し、無骨な鉄筋が待ち受ける昏い空間は、人間界の中でも異質な存在のようにナホビノの目に映る。
    『“それらしい”……。少年、悪魔はこういった場所を好むのだろうか?』
    「悪魔が云々、というよりはシチュエーションかな」
    『誘拐犯が人目を避ける手段の結果、ということか』
    「そんな感じ」
     軽口を交わしつつ、しかし周囲への警戒は怠らず、ナホビノは立っていた目的地に隣接するビルの屋上から跳躍した。
     カンッと軽い音を立て、夕暮れ時の空に青色の髪を揺蕩わせながら鉄骨の上に着地をするナホビノ。足元を見下ろすが、やはり最下層まで視認は出来なかった。
    『どうやら、下から半分ほどは天井が張り終わっているようだ』
    「そこに辿り着くより先に見つかれば良いけど」
     極力音を抑えながらも、けれどもカンカンという小さな音を鳴らしながら、階下を確認するナホビノ。
     夜までにはまだ時間があるが、夕焼けにより影が濃くなっていく室内は暗い。右手にブレードを生成し、明かり代わりとして使用しつつ、ナホビノはポツリと独言るのであった。
    「ジャックランタンについてきてもらうか、契約してるジャックランタンを召喚してくるべきだったな」
     彼が現在連れいている仲魔の中で、最も小型な悪魔はジャックフロストであった。戦力としては申し分はないが、索敵に向いている悪魔ではない。それは他の仲魔達にも当てはまる。ダアトの散策もナビゲートをしてくれる悪魔達に依存しすぎていたと、遅い反省を抱きつつナホビノは周囲を警戒しながら少しずつ階下へと降りていくのであった。
    『少年』
     底なしと思えた闇がなくなり、床ーー中層階の天井が見えてきてしまった段階で、おずおずとアオガミが口を開く。
    『先ほどの発言は、所謂“フラグ”というものだったのではないだろうか』
    「アオガミ、俺の部屋にあるライトノベルとか読んだ?」
    『何冊か』
    「そっか」
     ーー足元に見える天井まで、残り3階。 
    「アオガミの言う通りみたいだ」
     悪魔の気配すら一切感じられない暗闇へと、青い閃光を放ちながらナホビノは一気に下降するのであった。

    ***

     窓ガラスの取り付け前ではあるが、窓枠は完成していた。しかし、そこから入り込む夕日だけではやはりビルの内部は暗く、天井の存在によって一層その闇は濃くなっている。
    「これさ、逆に目印になっちゃってるよね」
     右手に形成したブレードをしまうべきかと思考するナホビノ。
    『それは間違いない。だが、暗闇の中ではこの身を走る青色のラインが発光している。その為、ブレードの出し入れは関係ないと推測する』
    「確かにそうだ」
     淡く輝く左手の指先を見下ろし、ナホビノは改めてブレードを灯火として利用し始めるのであった。
     捜索は続き、しかし悪魔の気配は未だ掴み取れない。
     ビルの中に差し込んでいたオレンジ色も遂に途絶え、室内を照らすのはナホビノの体から発せられる青色と、ビル群の明かりのみになっていく。
    「……アオガミ」
    『なんだろうか?』
    「……えっと……」
     周囲は慎重に確認しつつ、その行動とは真反対に言葉を詰まらせながらナホビノは視線を暗闇へと向ける。動く気配は、未だどこにも無い。
    「アオガミ、俺は救える命は救いたいと思う」
    『私も同じだ』
     カンカンと小さく音を鳴らしながら、階段を下る。合間に返ってくるアオガミからの返答はいつもと変わぬ声音で、しかし揺らぎない芯を感じる声であった。故に、ナホビノは再び言い淀んでしまう。
    「アオガミ」
     ナホビノの発言に嘘偽りは一切ない。救える命は救いたいし、最大限の努力を惜しむことはない。
     けれども、どう足掻いても救いがない結末があるということをーー少年は既に身を以て学んでしまっていた。だからこそ、オベロンから向けられた心配が身に痛かった。
    「俺は」
     ーーきっと、無力な生徒が人質に取られたのならば、自分は己とアオガミの命を優先してしまうからと。
    『少年』
     吐き出しかけ言葉は音にならず、アオガミの凛とした静止の呼びかけによって身動き共々封じられてしまうのであった。
    『嫌な気配がする。注意を』
    「了解」
     右手のブレードを一旦解除し、ナホビノは息を潜める。
     踊り場から次の階層までの段数は、今まで降りてきた階段と相違がない。即ち、これから降りる階層の高さも変わりがないということだ。
    「ーー」
     小さく息を吐き出し、大きく息を吸う。
    『少年、向かって右方向だ』
     アオガミからの的確な指示を受け、階段へと一歩足をーー進めることはしなかった。
    (一気に狭める!)
     十数段程度の階段はナホビノの身にとって、飛び降りると表現するにはふさわしくない高さだ。音もなく一気に次の階層へと着地し、ナホビノは即座に体を右へと回転させる。
     瞬間、暗闇を青き一閃が駆け抜けた。
    「ーーーーー!」
     同時に人非ざる存在の咆哮がフロア一帯に響き渡る。
     その声はナホビノは聞き慣れた、しかし彼にとって馴染みのある声とは異なる音。同一でありながらも、違う個体の悲鳴。
     瞬間、次はナホビノが叫ぶのであった。
    「ジャックフロスト!イズン!イシュタル!」
     氷結属性と破魔属性の技に長け、雷属性が弱点ではない仲魔達の姿がナホビノの左右に出現する。
     影が一歩後退しようとした気配を察知し、即座に氷結属性の技を放とうとしたナホビノであるが、彼の持つスキルは広範囲に影響を与える技であった。
    『少年、目前の影は悪魔一体のものだ。攫われた生徒は、少なくとも抱えられてはない』
    「了解!ジャックフロスト!」
    「ヒホー!」
     名を呼ばれただけであるが、ナホビノの指示を的確に得たジャックフロストの白色の両手が影へと向けられる。
     向けられたのは手のひらのみではない。影が冷気を感じとった刹那、ジャックフロストの姿をした氷像が多数空中に形成され、一気に落下する。
     直後、暗闇から伸びた獣の手から雷撃が迸るが、ジャックフロストの目前に飛び出たナホビノの体を撫でるだけで霧散していった。
    「イズン、イシュタル!」
     影の動きが止まったのを確認し、ナホビノは続けて残りの女神達へと指示を下すのであった。
    「行くよー!!」
    「我が怒りを受けよ!」
     彼女達もまた、雪の妖精と同じくナホビノの意図を汲んで技を展開する。
     暗闇に白く輝く光が満ち、影ーールー・ガルーの姿が照らされるのと同時に、聖なる力が狼人間の姿をした悪魔の姿をかき消したのであった。
    「ヒホ?終わりホ?」
    「そうみたいだ」
     右手のブレードで足元を照らしながら、ナホビノは先ほどまでルー・ガルーの姿があった地点へと歩みを進めた。
    『少年』
    「分かってる」
     ジャックフロストの疑問は当然であった。ルー・ガルーは確かに氷結属性と破魔属性が弱点である。しかし、彼は後発したイシュタルの破魔の力が当たるより前に斃れた。イズンの技による即死も発生していなかったというのに。
     ルー・ガルーは確かに黒色の耳を持つ悪魔である。けれども、先ほどのルー・ガルーは万全の状況ではなかった。即ち。
    「ナホビノ君、私たちこのままついて行こうか?」
    「オイラもまだまだ行けるホー!」
     ーーあのルー・ガルーは既に攻撃を受けていた。
     仲魔達も当然ながらに気づき、ナホビノに同行を申し入れるのだが。
    『少年!』
    「ナホビノ!」
     アオガミとイシュタルの声が同時に飛ぶ。
     瞬間、身を一歩引いたナホビノの青色の髪が暗闇の中を舞った。何かの衝撃で切り落とされたと理解するのと同時に、ナホビノはブレードを構えて床を蹴る。
     既に負傷していたルー・ガルーと、不意打ちの一撃。
     二つを結びつけるのは容易く、技の出所を把握済みのナホビノが大きく腕を振り上げるのだが。
    『少年、止まれ!』
    「やめて!」
     先ほどまでとは異なる焦りを見せるアオガミと、聞いたことのない少女の声。
     ナホビノが慌てて足を止めるのと、振りかぶったままのブレードの光が振り下ろそうとした先を照らすのは同時であり。
     そこには、1人の女生徒の姿があった。
     縄印学園の体操服の上着を羽織り、下は制服のスカートを履いている姿。ナホビノに向けた顔は怯えており、双眸は大きく揺らいでいる。しかし、その胸元に抱き締めた黄色のリュックを庇うような体制は崩さず、ぎゅっと大事そうに抱えていた。
     そして、そのリュックからはーーイヌガミの顔と尻尾が大いにはみ出していた。
    『少年、目的のイヌガミと生徒と判断』
    「えっと……」
     アオガミからの指摘とナホビノの考えは同意であった。しかし、目前で繰り広げられる光景はといえば。
    「この子は私を助けようとしてくれたの。お願い、虐めないで」
     一層、リュックを胸元に抱え込む茶髪のボブの女子生徒。体操服の薄い青色とリュックの黄色の組み合わせから、どことなくアガシオンを連想してしまうナホビノであった。
    「オレサマ、カテル!アガシ、邪魔シナイ!」
    「どう考えても勝てないわよ!貴方が勝てなかった狼人間を一瞬で倒しちゃってたのよ?」
    「オレサマ、弱イ?」
    「そんなことない。私を助けてくれたじゃない」
    「アガシ」
    「だから、無理しないで……」
    「アガシ、スマナイ。オマエ、助ケラレナカッタ」
    「いいの。もう、いいの……」
     リュックから伸びているイヌガミの首筋に抱きつく少女と、同じくリュックからはみ出ている尻尾を少女へと絡み付かせるイヌガミ。ふたりの間に漂う悲壮感は凄まじいもので。
    「ナホビノ」
     ツンツンと、ナホビノの足をつつく冷たい手。
    「オイラ達、なんか悪者になってないかホ?」
     ナホビノの視線が向けられるや否や、ジャックフロストはナホビノが考えていた現状を的確に述べるのであった。

    ***

    「反射的に切りかかって、ごめん」
    「オレサマコソ悪カッタ。オマエ、漁夫ノ利ヲ狙ッテルトオモッタ。スマナイ」
     自分は敵ではないこと。悪魔に攫われたという情報を得て、少女を助けに来たこと。攻撃を仕掛けてすまなかったこと。
     それらを伝い終え、リュックから出てきたイヌガミを治療しながら謝罪をし合い、建設途中のビルの中は至って平穏な雰囲気をとり戻していたのである。
    「えっと、君は」
    「!」
     しかし、イヌガミとは異なり少女は未だにナホビノに警戒していた。ナホビノから視線を向けられた瞬間、慌てて視線を逸らしてイヌガミの尻尾を掴んでいる状態である。
    『少年、照合が完了した。イヌガミが呼んでいたアガシという読みに合致する生徒が一名いる。阿樫音子、縄印学園高等部の3年生だ』
    「あがし、おとこさん?」
    「……阿樫で良いよ。下の名前、あんまり好きじゃないの」
     イヌガミに呼ばれておらず、名乗ってもいないフルネームで呼びかけられた影響なのだろう。少女ーー阿樫音子から幾分、剣呑な気配が払拭された。最も、イヌガミの尻尾は握りしめたままであるが。
    「そっちの話を聞いてもいいかな?」
    「私、学校で大きな剣を持ってる…悪魔…に捕まって、世紀末状態の東京に連れて行かれたんだけどーー」
     阿樫は訥々と、現在に至るまでの経緯を語り始めた。
     異界化した学校で悪魔に攫われたこと。ダアトに連れて行かれるも、道中で悪魔同士の戦闘が勃発し、その最中になんとか逃げ出したこと。一人きりでダアトを彷徨い、そこで狼人間ことルー・ガルーに見つかり、再び攫われそうになったこと。そこをイヌガミに助けてもらい、逃げている最中に偶発的に東京に戻ってこれたことを。
    『君が気に掛けている観光に熱中しているジャックフロストと同現象に巻き込まれたようだな』
    「……イヌガミは、どうして?」
     ーー攫われた生徒達は全員、悪魔の知恵。
     誰かが明言した訳ではないが、そう考えないのはとうに無理になっていた。もしや、阿樫がイヌガミの知恵ではないかと尋ねるナホビノであったが、イヌガミは不思議そうに長い首を傾げた。
    「困ッテタカラタスケタ。ソレダケダゾ?」
     タマタマダガナ、と続けるイヌガミであったが、イヌガミに向けられる阿樫の双眸はとても柔らかなものであった。
    「私のことを攫ってった悪魔とか、襲いかかってきた狼人間とかは嫌いだけど、イヌガミちゃんのことは大好きだよ。ありがとう」
    「アガシ」
     喉元を撫でられ、解放された尻尾を大いに振るうイヌガミの姿はまるで仲が良い友達のようで。
    (もう、友達なんだよな)
     人間だろうと、悪魔だろうと、そのどちらでなかろうとも関係がないのだ。

    ***

    「ねぇ、アオガミ」
    「なんだろうか、少年」
    「俺がしたこと、正しかったのかな」
     同日、深夜。
     ベッドに横たわり、寝ようと目を瞑っても眠れる気配のない少年が、ベッドに背中を預けているアオガミに声を掛けた。
     ーー阿樫はベテル日本支部へ、イヌガミはダアトへ。
     それぞれをそれぞれが生まれ育った世界へ帰す。それが任務であった。少年とアオガミに任せられた仕事だ。しかし、少年は異なる選択を選んでいた。阿樫をイヌガミと共に妖精の集落へと送り届けたのだ。勿論、ダアトの危険性は伝えた上でだ。
    『良いよ。私、イヌガミと一緒にいる方が安心だもの』
    『クゥン……』
     情けない声を出し、ナホビノに忌々しげな視線を向けたのはイヌガミであった。尻尾は確かに揺れていたのだが。
     イヌガミと阿樫は生命と知恵の関係ではない。それは、双方の反応から断定することが少年とアオガミには出来た。それでも、彼女達を離れ離れにする選択を選べなかった。
     ーーそして。
    『そうか』
     中途半端な嘘を吐かず、結果だけを伝えた越水ハヤオからの返答は一言だけである。
    「少年」
     堂々巡りを再開しそうになった少年の意識を食い止めたのはアオガミであった。彼はベッドの傍らに片膝をつくと、赤く輝く腕を少年へと伸ばし、白銀の指先で彼の目元を覆っていた前髪を優しく払い除ける。
    「少年、君が言いかけた話を覚えているだろうか」
     突然の話題の変換に驚いて反応が遅れる少年であったが、内容を理解して一瞬、息を止めてしまった。止めてしまったが故に、覚えている事実を半身に悟られてしまうのであった。
    「私は人間を守りたいと願う。故に、人命救助を最後まで諦めないだろう」
     それは、少年が想像していた答え通りであった。
     アオガミは優しい。優しいが故に、そう答えるだろうと。同時に自分の心中を吐露しなくて良かったと安堵しそうになる少年であったが、アオガミの話はまだ終わりではなかった。
    「だが」
     力強く続けられた言葉。
    「他の誰かと君、どちらか片方しか選べない選択を迫られた時に」
     暗闇の中、赤色に輝く白銀の体躯。アオガミの黄金の双眸にも灯りは反射されており、普段とは違う輝きを持って少年の顔を映していた。
    「私は君を選ぶ」
     瞬きをしない双眸に少年を捉えたまま、アオガミはそう断言した。
    「私は、君を守りたい」
     髪を払い除け、額に僅かに触れた指先が離れていく中、咄嗟に少年はアオガミの手を掴んだ。
    「アオガミ」
     僅かに震える大きな掌を己の頬へを誘い、少年はそっと頬をすり寄せるのであった。
    「俺もだよ、アオガミ」
     ーー失望されたら、どうしよう。
     恐怖心故に本心を隠し通そうとしたことを悔いながら、しかしアオガミが自分と似たことを考えていることを嬉しく思いながら、少年はしっかりとアオガミの手を握りしめた。
     アオガミの選択肢に彼自身が含まれていない事実は、やはり悲しい。けれども、アオガミが己を選ぶと話してくれたことが、少年にはどうしようもなく嬉しかったのだ。
    「アオガミが、俺の半身だからじゃないよ」
    「ああ」
    「アオガミが、アオガミだからだよ」
    「私もだ」
     握りしめ返される、掌。
    「君が君だからだ、少年」
     今宵はゆっくりと眠れそうだった。
     けれども、眠ってしまうのはーーアオガミの手の感触が離れていくのはとても寂しいことだと感じてしまい、少年はこの日、結局一睡もせずに朝を迎えた。アオガミが指摘をすることもなかった。
    「おはよう、アオガミ」
    「おはよう、少年」
     太陽が昇り、少年の携帯端末のアラームが鳴り、挨拶を交わして、昨日までと変わらぬ朝を迎える。
     阿樫とイヌガミも同じく朝を迎える挨拶を交わしているのだろうかとーー共に、思いながら。
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