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    Jeff

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    Lettre à un otage.

    お題:「手紙」
    #LH1dr1wr
    ワンドロワンライよりお題をお借りしました
    2023年4月29日

    Emergency 空が少し黄色い。
     耳鳴りの気配を誤魔化しながら、水を一杯飲み干す。
     どさりとカウチに倒れ込んだ時、スマホが鳴った。
    「……」
     ラーハルトは眉間を摘まんで意識をはっきりさせてから、通話をタップする。
    「ヒュンケル? ……おい」
     がやがやとした雑音。
     何度か呼びかけて、やっと応答があった。
    「ラーハルト、いきなり電話してすまない」
     はつらつとした恋人の声に、ラーハルトは思わず破顔する。
    「今日、航空学校の試験だろ。そろそろ終わっているかと思って」
    「ああ」
     パイロットの卵ラーハルトは、カウチに溶けそうな態勢のまま投げやりに答える。
    「どうだった?」
    「まあまあだ」と、寝返りを打つ。
    「良かった。合格だな」能天気なヒュンケルの歓声。
    「まだ分からん」
     窓の外を見あげれば、陰鬱な雨雲が忍び寄ってきている。
    「そっちこそ、どうだ。企画展のレセプションの最中だろう」
     南仏の夕陽と藍色の海を目に浮かべながら聞き返す。
    「うまくいってるのか?」
    「ああ、素晴らしいよ。今から目当てのアーティストと懇話会だ」。
     海兵隊上がりの航空大学生と、気鋭のキュレーター。
     アメリカ東海岸とフランス南部。
     時差六時間の遠距離恋愛。
     良く続いているものだと周囲は呆れるが、彼らにとっては距離も時間もたいした問題ではなかった。
     ――こういうとき以外は。
    「……どうした」
     ヒュンケルの声音が変わった。
     鋭い。
     ラーハルトはため息を殺しながら、「ちょっと」と呟いた。
     どうせ、彼には隠し通せない。
    「試験会場で」
     しばらく沈黙が続いた。
    「なにか、あった?」
    「偶然、元同僚に会った」
     ヒュンケルは、即座に察したようだった。
    「発作は?」と、静かに聞き返す。
    「いや、大丈夫だ。ただ――あの事故で生き残った者は、数少ないからな。顔を合わせると、どうしても思い出す」
     海兵隊員を諦める原因になった心的外傷の影響は、もうほとんど消え失せたと思っていた。
     ヒュンケルと出会って、愛し合うようになってからは。
     それでも、PTSDがそんなに簡単に雲散霧消する訳はなかったのだ。
     悲惨な事故で同僚を失ったダメージは、脳に刻み込まれてしまっていた。
     と、数千マイル先のパーティ会場で、ヒュンケルが何か呟いた。
    「? なに?」
    「Quelle merveille que ce télégramme qui vous bouscule, vous fait lever au milieu de la nuit, vous pousse vers la gare, « Accours, J'ai besoin de toi, »」
     ラーハルトは体を起こして、じっと考えた。
    「だめだ。分からない。お前と違って仏語はネイティブじゃないんだぞ」
    「『真夜中に君を突き動かし、駅へと向かって走らせる、その電報こそ素晴らしい。来てくれ、君が必要だ、と』」
     と、ヒュンケルが英訳する。
    「誰の言葉だ」
    「サン・テグジュペリ、『ある人質への手紙』」
     意味を図りかねて黙ると、ヒュンケルは淡々と続けた。
    「『助けてくれる友は、すぐに見つかる。助けを求めてくれる友を得るには、長い時間がかかるのだ』」
    「……」
    「俺を友と思うなら。助けを求めろ」
     真剣な声。
     ――友、か。いまさら。
     とっくにそれ以上の関係なのに。
     ラーハルトは笑いだしそうになったが、ふと、彼に初めて出会った時のことを思い出した。
     ……そうだった。
     確かに自分たちは、孤独な海で出会った、唯一無二の友達だったのだ。
    「分かった」
     かすれ声で答えて、窓を閉める。
     雨が降り始めていた。
    「しかし、大事な会があるんだろう。早く戻れ」
    「キャンセルだ」
     ヒュンケルはきっぱりと言うと、
    「四十五分後にはあらゆる役割を誰かに押し付けてアパルトマンに戻る。そしたらスカイプに入るから。顔を見ながら飲み明かそう。眠るまで見ててやるから。分かったな。それじゃ」
     と畳みかけて、一方的に通話を切った。
     ラーハルトは今度こそ吹き出して、カウチに大の字になった。
     巨大なレセプションの責任者が、自分のために仕事を投げ出そうとしている。
     しかもそいつは、自分が世界一愛する人間だ。
     耳鳴りも、痺れるような不安も、いつのまにか聞こえないくらい遠くに去っているのに気づいた。
    「……悪いな」
     素直にありがとうと言えない己に呆れて、ラーハルトはぼんやりと天井を見つめる。
     もし、電報や手紙しかない時代に生まれていたら。
     もっと多彩で豊富な語彙で、気持ちを曝け出すことができたのだろうか。
     そんな不毛な考えに苦笑する。
     そしてSiriに四十五分のタイマーを命じると、穏やかにまぶたを閉じた。
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