Merciless「……どうする」
ラーハルトは呆然と、眼前にそびえる巨大な石像をつついた。
魔槍の切っ先にびくともしない。
「石化の呪法を操る異界の魔物とは聞いていたが、これは厄介だぞ」
街道の要所、聖なるほこらに巣を作ってしまった怪鳥コカトリスを追い払うのが、今回の依頼だった。
話が通じる相手ではなかったが、しょせんラーハルトとヒュンケルの敵ではない。
なるべく穏便に山へ返そうとしたのだが、相手は予想外の行動に出た。
自分自身を巨岩に変えたのだ。
断固居座る態度だ。
「任せてくれ。考えがある」
ヒュンケルは細剣を収めて、相棒を制した。
「非常に心が痛むが。やるしかないだろう」
意図を掴めないまま、ラーハルトはとりあえず一歩下がる。
「話をしようか」
と、ヒュンケルは水車小屋ほどもある鳥型の岩を見上げた。
「聞こえているのは分かっているぞ」
にっこり笑って、首を傾げる。
ラーハルトは妙な寒気をおぼえて、更に下がった。
あの仕草は見覚えがある。
……死闘を覚悟すべき時の笑顔だ。
「こっちを見るんだ。この」
くい、と指先で化け物を煽りながら、
「万年無職の色ボケトリ頭」
おだやかに繰り出された非情なセリフに、ほこらが少し揺れた。
なぜ無職とわかるんだろう、とラーハルトは首を傾げたが、まだ序の口だった。
「群れの中で目立ちたいから、人間の公共物を荒らして箔をつける気か」
図星だったようだ。ぴしり、と何かが鳴った。
「残念だったな。今どき、モンスターが人間を困らせたところで三流芝居の題材にもならん。時代錯誤もいいところだ。周りを見ろ。不良を気取るならせめてこんな山道で踊ってないで、ベンガーナの城下町でも襲ったらどうだ。ああそうか、すまんな、お前の様な田舎者が最新鋭の城塞を見たら気絶してしまう。文明のぶの字も知らんガキに対して悪かった。話を戻そうか――まったく、なんと肝っ玉の小さいことよ。勝てないからと言って、固まって籠城か。それでも伝説のコカトリスか。落ちこぼれ、まさにでくの坊、独活の大木だな。そら、こっちに一撃でも加えてみろ。できないのか。ならばその空きっぱなしの耳の穴に何時間でも吹き込んでやるぞ。いかにお前が無計画で、圧倒的な愚か者か。真実を知りたいか。聞かせてやろうか? いいだろう。いみじくもお前はここに愛の巣を設けたいようだがな。誰か言って聞かせる者はいなかったのか。お前には――」
びし、と石像を指し示す。
ごろごろと不穏な振動があたりを埋めていく。
「お前にはそもそも、恋人がいないではないか」
がしゃん。
とどめの一撃とともに、石像がうなりをあげて頽れた。
怪鳥の悲鳴とともに石化が解けていく。
――むごい。むごすぎる。
ラーハルトは思わず眉間を押さえたが、心を強く持って魔槍を構え直した。
襲ってくるだろう。お灸をすえてやらねばならない。
が。
「けえええええ」
コカトリスはほこらの石畳を踏みぬくと、この世のものとも思えない悲しげな鳴き声とともに飛び去っていった。
「……」
できる限り表情筋を固定して、ラーハルトはヒュンケルを振り返る。
「ああ。分かってる。――辛いが、仕方がなかった」
と、元不死騎団長は儚げに目を伏せた。
「言葉で敵の心を乱すのは戦法のひとつであり、自分自身がかき乱されないための鍛錬でもある。もちろん本心じゃない」
だいぶ楽しんでなかったか、と喉まで出かかったが、ラーハルトは賢明にも飲み込んでおいた。
「あの鳥。彼も、いつかは事実に向き合わなければならなかった。これで、新たな一歩を踏み出してくれることだろう」
いや。それにしても、もう少し温情ある言い方があるだろう。
挑発に情けも何もないとは思うが、あんまりだ。
「さあ、帰るか。報酬は土地の貴重なキノコだそうだ、楽しみだな」
すたすた歩きだすヒュンケルは、なんとも機嫌がよさそうだ。
「……貴様の元同僚たちに同情する」
「? 何か言ったか、ラーハルト」
「いや、何も」
その気になればツララのごとく鋭利な毒舌を操る相棒の、格好の標的になった魔王軍の面々に思いを馳せつつ。
この男は、口喧嘩に持ち込まれる前に腕力で仕留めよう、と決意を新たにするラーハルトだった。