同居初日「わあ、見てジョン! このキッチンなんにもないぞ」
「勝手に入んじゃねえ!!」
お玉もない、いやさすがにあるよなどこ、と引き出しを開けたり戸棚を開けたりしている吸血鬼を蹴り殺し、ちりとりでキッチンから掃き出すと冷蔵庫の前で蘇ったドラルクは泣いて飛び付いたジョンを抱き留め撫でながら不満げな顔をした。
「どうせ使ってないんだろう。使わせてくれてもいいじゃないか」
「オメーら飯食わねえだろ!!」
「あーでも調理器具がなさ過ぎる……城に取りに行くか……キッチンの中身残ってるかなぁ」
粉々なんだよなぁ、とぶつぶつと言っているドラルクにうるせえ出てけ、ともう一度蹴り出し砂にして、ロナルドは開けっぱなしの引き出しと戸を閉めた。
「大体なんでキッチンなんだよ」
「いや、料理が趣味の一つでね」
「テメーのクソマズ料理なんか誰が食うんだよ」
「失敬なことを言うな食ったこともないくせに。趣味もあるが、そもそもジョンにごはんやおやつを作らないといけないからな」
「えっ、ジョン」
なに、と抱いたアルマジロを撫でながら吸血鬼はきょとんとロナルドを見た。
「使い魔も食事をしないと思っていたのか?」
「いや……、……食うの?」
「三食食べるぞ。私は三食牛乳でいいけど」
「吸血鬼なんだから人間襲って血飲んでるとか言え」
「退治人が言うセリフじゃないが? ともあれ、ジョンは今日はまだ夕食食べてないしなにかないかなって思ったけど、この調子じゃ冷蔵庫も空っぽだろう。調理器具も薬缶しかないし、外食に行こうか、ジョン」
「ヌー」
「やっすいタイプのレトルトカレーあったけど、もしかして薬缶であっためてるの?」
「どうでもいいだろ早く行け!」
はいはい、と肩を竦め、ドラルクはドアへ足を向けすぐにあ、そうだ、と振り向いた。
「ロナルド君。棺桶こっちに入れておいてくれない?」
「どこに置くんだよワンルームだぞ!」
「事務所に置くの差し障りがないか? 別に私はそれでもいいけど」
「早く出てけっつってんだよ! ジョンはおいてけ!!」
「レトルトカレーしかない家になんでジョンをおいてくと思ってるんだ。あ、それからちょっと出掛けるから明日の夜まで戻らないよ」
「そのまま戻ってくんな」
「城に戻って持てる分の調理器具とってくるよ。残りは送ろうかな」
「俺の事務所にものを増やすな」
「まあまあ、器具が揃ったら君にも料理を振る舞ってあげるから」
「なんでそれで俺がうんと言うと思ってんだ」
おやいらないのか、と目を丸くして、まあいいや、とドラルクはジョンと揃って片手をひらひらとさせた。
「じゃあ行ってくるね。棺、乱暴に扱うなよ。高いんだからな」
「うるせえ朝日で死ね!」
「君朝日で死んだ私を放置したよな」
「なんで蒸し返すんだよ」
「誤解で不法侵入して、同じく不法侵入してた子供を攫ったと濡れ衣着せた上に小児性愛まででっち上げて、城を爆破した上に朝日を浴びた私を放置したよな」
「……………だからなに」
ドラルクはふん、と目を細めて嫌味な笑顔を浮かべた。
「あの子が同情心を起こして助けてくれなければ君の希望通り私は消滅しただろうし、ジョンも命尽きたんだよね。それをもう一回やれってことかね」
ぎりぎりと歯を食いしばり全身に力を込めて、警戒しているのかドラルクの腕の中でばっと両腕を広げてガードしたジョンと変わりなくのほほんと立っている吸血鬼と暫し睨み合い、ロナルドははー、と息を吐いて力を抜いた。腰に手を当て額を抱えて不承不承わかった、と頷く。
「棺桶はこっち入れとくからさっさと行ってこい。昼の間待避するとこは確保出来てんだろうな?」
「ま、ホテルとかもあるしな。なんとかなるよ」
「あのあたりなんもなかったと思うけど?」
「ラブホがあるよ」
「吸血鬼とマジロでラブホは無理だろ!?」
「いや、ラブホって窓ない部屋多いし吸血鬼の待避先としてよく使われるから、今は吸血鬼プランあるんだよ。お一人様でもオーケー、朝から夕方までプランだな。使い魔も入室オッケーのところが多い」
は、と今度はこちらが目を丸くして、ロナルドはへえ、と気の抜けた声を出した。
「そういうのあるのか……」
「吸血鬼の方向け、みたいなサービス結構多いんだぞ。まあ私引き籠もってたからあんまり知らないけど、ここに来るまででも結構見たな。人間の君には無関係だから気にしてないんだろうけど、気をつけて見てみるといいよ。吸血鬼の友達ができたときに役に立つかもよ」
「そんなもんできるわけねえだろ俺は退治人なんだぞ」
あははは、とドラルクは朗らかに笑った。
「視野が狭い」
「ディスんな!」
「昔の有名な退治人だって吸血鬼と親友だったりしたのにな」
「ハ? 知らねえ。誰だよ」
「知らんなら言ってもわからんだろ。電車終わっちゃったら困るから行くね」
「あー……ジョン、気を付けてな」
「ヌ! ヌヌヌヌヌヌヌ、ヌンヌヌヌヌヌ!」
「え、なに?」
「ドラルク様はジョンが守るから任せてって」
「オメーはどうでもいいんだわ」
「ジョンにはどうでもよくないんだよ」
じゃあね、とひらとマントを揺らしぬるりと潜り込んできた吸血鬼は、ぬるりと出て行ってしまった。急にしんとした部屋に光度まで下がった気がして蛍光灯を確認し、棺桶移動しねえと依頼人入れられねえ、と考えて、ロナルドはまた深々と溜息を吐いた。