自分が生まれた日である1月6日になるまで、あと数時間となった頃。年明けを過ごした兄家族の家を出て、村雨は兄に駅まで送ってもらっていた。
「ありがとう、見送りはここまででいい。」
「またいつでも来いよ。今度はその彼氏さんも一緒にさ。あ、もしくは俺がそっちにこっそり訪ねて…」
「私と彼の時間を妨げたらあなたを軽蔑するが?」
「…というのは冗談だから安心しろ!」
「全く…。」
最近の弟がどこか幸せそうだと気付き、何があったかしつこく聞いてくるものだから、村雨は兄にだけ、恋人である獅子神のことを話した。兄は自分の事のように喜び、家族で歓迎するとまで言ってくれた。村雨は胸の奥が温かくなった気がした。
そろそろ電車が来る時間だと、改札を通る前に兄の方を向く。
「…兄貴」
「ん?」
「…ありがとう。今年も健康でいてくれ。」
「…!ああ、気をつける。」
兄は嬉し涙を滲ませながら、弟へ手を振った。
自宅の最寄り駅に着いた頃には、日付けが変わるまであと少しとなっていた。
ふと、村雨は恋人の姿を浮かべる。年末まで共に過ごし、年明けの旅行を快く見送ってくれた。ほんの数日、それでも、彼は…獅子神はどうしているだろうと時折彼のことを考えていた。
(もうじき日付が変わる。さすがにこんな夜更けに訪ねては迷惑か…。)
きっと、明日の為に早く寝てしまったのかもしれない。ならば潔く自分の家へ帰ろうと、帰り道に足を向けようとした時だ。スマホに着信音が鳴り、画面を見ると、相手は先程まで自分が思っていた相手だった。
「獅子神?…もしもし。」
『村雨、駅着いたのか?』
「ああ、先程着いた。あなたは、起きていたのか?」
『あー…、なんか寝付けなくてさ。明日お前の誕生日祝うの、楽しみだから。』
「なぜ主役である私よりあなたが待ち遠しくなっているんだ。あなたは遠足前の小学生か。」
『悪かったな!つーか、それは真経津達にも言えるだろうが!パーティー企画したのあいつらなんだから。』
「ふふ、そうだな…。……?」
皮肉めいた冗談に素直に噛みつく言葉に、分かりやすいとくすくす笑う。だが、受話器の向こうに聞こえる音に、村雨は違和感を覚える。
『村雨?』
「…あなた、今どこにいるんだ? 夜風の音がする。」
『……。』
「獅子神? なぜ黙って…。」
『村雨、前向け。』
「え? あ…っ──。」
改札を抜けた所で獅子神の言葉通りに前を向くと、駅を出た先にあるベンチで待つ彼の姿があった。
「獅子神…。」
「おかえり、村雨。」
村雨は急いで彼の側まで駆け寄る。迎えに行こうかと言ってくれた彼に、遅くなるから迎えはいらないと話していたはずなのに、その彼は自分の目の前にいる。
「あなた、どうして…。」
「直帰するから迎えはいらねえってメッセージで言ってたけどさ、やっぱ、会いたかったから。」
照れくさそうに笑いながらそう話す獅子神は鼻の先を赤くしていた。村雨は、会いたいと望んだ彼への喜びを押しとどめ、獅子神の頬に手を伸ばす。
「村雨?」
「マヌケめ。どれだけの時間待っていたんだ。鼻が赤いし、頬も、こんなに冷たい。」
「ああ…、日付け変わる前に帰るとしか聞いてなかったから、駅前で待ってたら、そのうち来るかなーって…。」
「あまりに行動が浅はかすぎる。大方、改めて私に時間を聞けば、こっそり迎えにいくことがバレると思い、伏せていたのだろう。」
「ゔっ…。」
「それに、寝付けないというのも嘘だな。どうしても日が変わる前に私に会いたかったのだろう?」
「はぁ…、そこまでお見通しかよ。…嫌、だったか?」
「…嫌じゃない。だから、聞きたい。あなたがこうしてまで、私に言いたい言葉を。」
獅子神はほんと敵わねえなと、どこか嬉しそうに吐き捨てて、目の前の恋人を強く、離さないとばかりに抱き締めた。
「誕生日おめでとう、村雨。」
「…うん。ありがとう、獅子神」
── 1月6日 夜…
「じゃあ村雨さん、獅子神さん、僕達帰るね」
「おう、またな。」
「礼二くん、俺のプレゼント大事に使ってね!感想待ってるから!」
「感想まで求めるのか。まあ、後日改めて送ろう。」
「村雨、2人きりになるのだから思う存分獅子神君の愛を受け止めるといい。なんなら神が見守っていようか?」
「え、俺も見守りたい!」
「面白そうだから僕も!」
「見守るなマヌケ共。さっさと帰れ。」
誕生日パーティーを終えた夜、真経津達が帰っていき、リビングには2人だけになる。獅子神から甘く作ったコーヒーを受け取り、隣に座った彼へと身体を擦り寄らせる。手に持つそのカップは獅子神からのプレゼント。青と黄色のペアマグカップだ。
村雨は獅子神が迎えに来てくれた駅での夜更けから、今日一日の自分の誕生日を思い返した。
「ふふ…。」
「ん? 何だよ。」
「いや、今日のことを思い出していた。相変わらず彼らと、あなたといるとこんなにも賑やかになるんだなと。」
「ははっ、そりゃ当然だろ。」
「それに、こんなにも嬉しいものなんだと思った…。一番に祝福の言葉を、恋人から…あなたから聞けること。」
柄にもないことを言ってしまったと、村雨は照れを隠すようにまた一口コーヒーを飲む。獅子神はくすりと笑うと、優しく彼の頭を撫でる。
「…、それ、オレはとっくに知ってたよ。お前が教えてくれたから。」
「え?」
「皆でリゾートホテルでオレの誕生日祝ってくれた後、部屋のベランダで2人きりになった時に、言ってくれただろ? あれ、すげえ嬉しかった。」
「…あれはっ、あなたに一番に祝福の言葉を向けるのが、私以外なんて…。たとえ彼らだとしても、
不快だと、思ったから…?」
「なんで疑問形なんだよ。」
「分からないからだ。今まで、そんな言葉一つでも、あなたに伝えるのは私からがいいなんて。こんなにも、誰かに対して貪欲になったことがない…。この気持ちは、おかしいだろうか?」
頭にはてなを浮かべたままの村雨に対し、獅子神はぽかんとしていた顔を赤くさせていき、自分と村雨のカップを平常心を保ちながらテーブルに置くと、村雨を強く抱き締めた。
「し、獅子神?」
「お前さ、自分が可愛いこと言ってるって分かってる?」
「え?」
「誰かに貪欲になるのがオレ相手が初めてとか、一番最初にオレにおめでとうって伝えたかったとか。それ、オメーが思ってる以上に、オレのこと好きってことじゃん。なんなんだよ、可愛すぎんだろ…。」
「…おかしい?」
「全然。むしろ、すげえ嬉しい。俺も同じ気持ちだから。」
「そう、か…。」
獅子神も自分と同じ気持ちだと分かり、村雨は胸の奥がまた温かくなっていくのを感じた。彼といるから感じるもの。彼を好きになったから、生まれた感情。彼が教えてくれたもの。
「…獅子神」
「ん?」
「天堂の言葉を借りるのは癪だが、私は、あなたの愛を知りたい。私と同じだというあなたの気持ちを、もっと…教えてほしい。」
口から言葉を紡ぐ度に、彼の透き通った空色の瞳と目が合う度に、心臓が早鐘を打つ。見つめられなくて、目を逸らそうと頭を下げてしまう。身体が、熱い。
「村雨」
「…っ」
「顔上げて」
「…うん」
言う通りに顔を上げると、獅子神は優しく頬を撫でてくれた。
「なあ、お前が知りたいこと、もっと教えたいけど、明日足腰立たなくなっても文句聞けねえ。 それでもいい?」
「……あなたが、私を満たしてくれるなら。」
「っ、この無自覚野郎は…。」
獅子神はそう小さくぼやいたが、この無自覚に人を煽る可愛さを併せ持つ歳上の恋人にそんなことを思ったのは今更すぎた。それすらも、愛おしく思う程に。
獅子神は村雨を抱き上げると、自分の部屋へと向かう。突然抱き上げられた村雨は驚きの目を獅子神に向ける。
「わっ」
「満たしてやるよ。女王様のお望みのままに。」
「…キングはあなた?」
「…そこは黙って理解しろよ。」
「ふふ、私にからかわれるあなたも愛おしいな。」
「…っ、ああもう!ぜってえ待ったとか聞かねえからな!」
「うん、いいよ。…んぅ…っ。」
ベッドに2人、シーツへ身を預ければ2人きりの甘い夜が始まる。
それは可愛い恋人に贈る、深愛という名のプレゼント。