バニー服着ないと出られない部屋『どちらかがバニー服着ないと出られない部屋』
目覚めるとそんなふざけた看板が掲げられた一室に部下の一本木と共に閉じ込められていた。
近頃珍宿では、空きビルの一室に閉じ込められて『◯◯しないと出られない部屋』などと書かれた指示に従わないと本当に出られないという珍事件が多発していた。
指示自体は『メイド服を着ろ』だとか『十分間ハグしろ』だとかの対して害のないものだが気味が悪いし閉じ込められているのは事実だ。
上からの指令で残された衣装やらをサイコメトリーしたところ、世の中の鬱屈を拗らせた超能力者のイタズラだということまでは分かった。こういう奴らがいるから俺の肩身が狭いンだよ。と機嫌悪く日課のパトロールをしていたら、件の超能力犯罪者にかち合い二人まとめて閉じ込められたというわけである。油断しすぎだろ俺もこいつも。
「うう〜ん、はっ! ここはどこですか、先輩!?」
パトロールの途中だった筈では!? と目覚めた一本木が騒ぐ。ので、『最近噂の例の珍事件だよ』と説明してやる。
「ううっ、警官の身で捕まってしまうなんて…。でも、先輩がいれば安心ですね! 超能力でパパっと扉ぶち破って脱出しちゃいましょう!」
ねっ! と朗らかに告げる一本木を小突く。出来んならとっくにやっとるわ。
「犯人は超能力者だ。それも、ESPとPK、超感覚と念動力それぞれ二つの特化型超能力者がタッグ組んでやがる。二つのチャンネル持ちの俺より断然出力が高ぇ。扉も施錠されてるんじゃなく、俺ら自体に暗示をかけて、『条件をクリアしないと扉を開けられない』と思い込まされてるンだよ」
扉触ってみろ。と言ってやると一本木はドアノブに対してスルスルとパントマイムみたいに触れられずに困惑している。『条件を満たしていない』から『扉を開ける行動』が出来ないのだ。蹴破ろうとしても結果は一緒だろう。
「先輩の催眠術で暗示解けたりしないんですか?」
扉相手のパントマイムを諦めたポンが未練がましく超能力での解決をはかる。そういうところが本当ポン巡(ポンコツ巡査の意)。
「出来るならとっくにやっとるつったろ。ハイパーヨーヨーも無しに一瞬で暗示かけるような強力な催眠術が俺に解けるかよ」
『役に立たない』と言いたげな一本木のため息。シメるぞ。
呑気に言い合いしているが、本気でヤバいんだよなコレ。
念動力で対象を拘束、そして即座に催眠術で暗示をかけ、街中の住民たちにも怪しまれないよう暗示をかけつつ移動して監禁する。めちゃくちゃ悪質な犯罪者だ。やってることはくだらないが。
一刻も早く脱出し、犯人の情報を署に届ける必要がある。幸い、本命の『脱出条件』の方の暗示は防げなかったが、犯人の見た目を誤魔化す暗示はブロックに成功した。超能力抑制装置を用いらなければ犯人逮捕は不可能だろうから、脱出即拘束! は無理だが人相が分かればその分逮捕も早まるだろ。
「つーわけですぐ出るぞポン巡」
「どういう理由ですか! 自己完結やめて下さい!」
説明めんどいのでテレパシー。正しくは、恐らくは犯人の超能力者が監視カメラか透視能力かでこの部屋を監視しているので(そうでなきゃ人を誘拐して愉快なお題突きつけて閉じ込めるなんてしないだろ。見れねぇバラエティに何の意味がある)情報を握ってる事がバレないように、だ。
口に出すなよ。と釘を差しておく。
しっかり情報を咀嚼して、助けを待たずに脱出するしかないと納得したらしい一本木だが、急に顔を赤らめてソワソワキョドキョドと挙動不審になった。
「あのう、先輩…」
「ンだよ」
「バニー服を、着るんですよね? 私が…」
「…………。」
ヤッベ。
ここで誰に言い訳するでもなく、今現在別に必要ではない情報として強いていうなら天とでも言うべき存在に主張しておきたいのは、自分、超条巡と、彼女、一本木直はお付き合いをしている。ということである。
お付き合い。男女交際。つまるところ恋愛関係。
う〜ん。いや、アウトだろ。
両想いが発覚したのは、まあ、それなりに前だったが俺のさしてないが確固たる倫理観に沿ってもらう形で、正式な交際を始めたのは直が二十歳になってからだ。つまり、一ヶ月も経っていない。
当然、デートを重ねてキスをして、くらいの行為しかしていない。
そんな、お手々繋いで段階を踏んでいきましょう。な、お行儀の良い交際の最中にバニー服。
ちょっと俺の中の基準だと、アブノーマルかつインモラルに過ぎる。
それ以前に、この部屋が監視されてるんだとしたら生着替えが犯人に見られるってことじゃねぇか。
冬なのでお互いの着ているコートで簡易的な目隠しは作れるが、透視能力で見られてるんなら意味がねェし、ンな粗雑な目隠しの裏で着替えとかもうエロだろ。卑猥だろ。
そもそも彼氏の自分ですら直視が躊躇われるような服を着た恋人を他人の目に触れさせたくねぇ〜〜。
しかも、調書取られるじゃん。貴女はどのような衣装を着用したのですかって仔細に聞かれるやつじゃん。
人が『八方塞がりじゃん…』と頭抱えている間にも、直は「うわぁ〜、こんな…キワドい……」「あっ、コレはカワイイかも!」とか顔は赤いままだが呑気にハンガーラックに掛けられた大量のバニー服を物色している。ちょっとワクワクしだしてんの読心でバレてんぞ。
いや、呑気すぎだろ。そして多すぎだろバニー服。着るの一人でいいのに何着あるんだ。
「あっ! 男物っぽいのもありますよ先輩!」
モウソレシカナイ。
「……一本木、それ貸せ」
「えっ?」
「俺が着るから…」
「ええっ!?」
消えて無くなりてぇ〜〜。今すぐローボとかがドアぶち破って助けに来てくれねぇかな。と未練がましくドアを眺めながら直に手を差し出す。
「先輩、コスプレ趣味とかあったんですか? いや、別に私は偏見とか嫌とかでは無いですし、私が強制されるならともかく先輩が着る分には付き合いますけど」
「お前黙れ。マジで本当今すぐ黙れ」
しばくぞ、このゴリラ。
「断じて趣味じゃねぇわ。お前がエロ衣装着るより、俺が着たほうが笑い話になるだけマシだろうがよ…」
「ちゃんと洋服っぽい衣装もありましたよ? まあコスプレには違いないですけど」
鈍っい部下に、監視! されてるかも! しれねぇだろうが! とテレパシーを送る。生着替えだぞ生着替え!
「あー、あー、ハイ。先輩そのー、この男物っぽいやつは結構服の形してるんで…、何ていうんですかね? 燕尾服? みたいな。その…ヨロシクお願いしマス……」
ようやっと意図を汲み取った一本木から服を引ったくる。
確かにそれは俺の知るバニー服というイメージからは程遠い見た目をしていた。
俺の知識ではバニー服とはスクール水着のような形をしていた印象なのだが、この服は燕尾服っぽい装飾的な背広に丸いウサギの尻尾が付き、ウサギ耳のカチューシャがハンガーに引っかかっていた。
全体的に生地が薄っぺらくて安っぽいが、露出度が高かったり透けてたりしないだけまだマシ。
いや、普通に趣味でもないのにアラサーでコスプレは精神にクるが。しかも付き合いたての恋人に見られる。その上、この後署での事情聴取が待っている。サイアク。
壁を向いてちゃっちゃと着替える。一本木も反対側の壁を向いている。誘拐犯はともかく恋人に着替えを見られるのはまだ勘弁してほしい。
この後恥を見られるとはいえ、掻かなくていい恥は掻きたくない。
脱いだ元着ていた服はまとめて自分で持っておく。
これまでの犯行傾向と、ドアの向こうとビル周辺を透視した結果、周辺に犯人はいないし恐らくはここから出さえすれば何の妨害もなく事件終了で署に帰れるが、万が一を考えれば物理の柔道ゴリラの両手は空けておきたい。俺は念動力に身体動かす必要ないし。
この部屋から出たら出来るなら即着替え直したい。
まあ、ヘタに服の形をしている衣装なので、警戒と迅速な情報提供の為にせいぜいコートで前を閉じて署まで急いで行かなきゃならんだろうが。
「着替え終わったぞ、ポン」
壁を向いていた姿勢からくるっと此方に向いた一本木は、ぐっと拳を握り、
「おお〜、似合っ…ては…まあ、アレですけど、案外見れますね! 先輩! 先輩って顔カワイイですし!」
「お前、もう署に着くまで口開くなよ」
拳が出なかったことを誰か褒めてほしい。
力で敵わないと分かっているゴリラ相手に手が出そうな程の屈辱だった。
お利口さんに口を閉じたゴリラを背後に従えてドアに向き合う。
思えば散々な事件だ。
超能力者に負けた屈辱。部下兼恋人からの悪気ない暴言の数々。羞恥を煽る衣装への着替えの強要。そして、事件が解決したらしたで『超能力者の犯人の事件』が広まれば『超能力警官、超条巡』の市民からの反感も当然増す。
なんかイライラしてきたな。
どっかで視ているだろう犯人に啖呵を切る。
「着てやったぞ! これで満足かオ!!」
後日談。
恥の多い聴取を終え、幾日か後に無事犯人も捕まり、予想通りに珍宿での超能力者(つまりは俺)への当たりがキツくなって少しした頃。
珍宿西交番にやってきたのは恵那院クンだった。しかも珍しく由基を連れずに。いや、いつもは恵那院が由基に連れられているんだが。
「どーも、珍しい客だな。何のご用事で?」
「こんにちは超条さん。一本木さんは居ませんね?」
「ポン巡に用事か? 今は出てってるけどちょっと待っときゃすぐ戻るぜ」
? 『居ませんね?』『居ますか?』ではなく?
「いえ、留守を見計らって来ました。こちらも時間がありません。とりあえずこれを」
「? げっ!」
件の事件の時の俺のコスプレ衣装姿の写真だった。
勿論撮られた覚えはない。当然、カメラ目線でもない。盗撮、しかも背景は署内。
「…………これナニ」
「犬養警視が眺めてまして」
それ以上聞きたくない。というか、それで全て分かったというか…。
「席を外した隙に盗ってきました。とりあえず現物はこれだけのようですが、元データの在処はちょっと…。帰ったら警視にはキツく言っておくので。可能ならデータも消させます」
「ご丁寧にどうも…。いや、本当…、由基が多大なご迷惑を……」
「いえ、仕事ですから」
上司のストーカー行為の躾は明らかに部下の仕事の領分を超えていると思ったが、それを指摘するのもまた居た堪れないのでスルーすることにした。
とりあえずお礼に引き出しにあったちょっとお高い飴ちゃんをあげた。あと、もう慣れたからあんま無理して手綱取ろうとしなくていいぞ、とも言っておいた。
あの犬養由基が年下の部下にこうも面倒をかけているのは元相棒としてあまりにも見るに忍びない。
時間がないのは本当のようで、飴のお礼を言うと恵那院クンはすぐに署に帰っていった。
真面目でいい子だ。
交番の奧に引っ込み、シンクに写真をポイと投げると発火能力で燃やす。
水道で消火と灰の掃除を済ませれば証拠隠滅だ。
由基が写真を所持しているのはなんかもう一周回ってもういいが、恋人の直にあの恥辱のコスプレ姿を再び見られるのはものすごく嫌だ。恵那院クンもそれを見越して直のいないタイミングを見計らってきたのだろう。デキる男だ。流石はキャリア。
終わってみればいつも通りの珍事件。下がった評判も元から地の底大差なし。
麗らかな午後、諍いは遠く、どうぞいつまでもこのままで。