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    ちょりりん万箱

    陳情令、魔道祖師にはまりまくって、二次創作してます。文字書きです。最近、オリジナルにも興味を持ち始めました🎵
    何でも書いて何でも読む雑食💨
    文明の利器を使いこなせず、誤字脱字が得意な行き当たりばったりですが、お付き合いよろしくお願いします😆

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    ちょりりん万箱

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    #魔道祖師
    GrandmasterOfDemonicCultivation

    酔妃蓮「今日も空が青いな~……」
    照りつける太陽を遮るように手を翳して魏無羨は空を見上げた。
    「いつもの空だ、魏嬰」
    同じように空を見上げた藍忘機は素っ気なく言う。
    「藍湛……何でそんなに冷静なわけ?」
    「君がどうしてそんなに緊張しているのかわからない」
    魏無羨は隣で悠然としている藍忘機を恨めしげに見上げた。





    雲夢から届いた蓮の花は、環境が違う土地に連れて来られたが、ストレスがないのか今日も綺麗な花を咲かせた。今のところ、枯れる心配はまだ無さそうだ。
    さすが雲夢の蓮の花、なかなか図太いと藍忘機が思っていることは、魏無羨に内緒だ。
    朝早くに花弁を広げる蓮の花は、早朝から動き始める者の目を楽しませていた。
    寒室と執務室に置かれた蓮の鉢には、誰が入れたのかいつの間にか小魚が泳いでおり、蓮の花が閉じた後でも涼しげで1日の疲れを癒す。
    また弟子たちも、水やりだ、陽当たりは大丈夫かと楽しげに蓮に構っている。
    概ね、雲深不知処の面々には好評だった。
    ただ1人、藍忘機を除いては。


    雲深不知処へ雲夢江氏の宗主・江晩吟が明後日の申の刻に訪問すると知らせを寄越してきたのは蓮の花が届いた次の日だった。
    蓮の花が届いた時点で、江晩吟が訪れることは手紙でわかっていたので、大した混乱はなかったが、やはり急なのは急だった。


    執務室の外にある蓮の花は完全に閉じている。
    蓮の鉢の中を覗きこんだ魏無羨は元気に游ぐ魚を見て微笑むと、藍忘機の執務室に入った。
    そこには、黙々と仕事をこなす藍忘機がいた。
    「江澄、まだかな?」
    「申の刻には今しばらく時がある」
    話しかけても素っ気ない。江晩吟絡みの話題には特に。
    藍忘機が贈られてきた蓮の花を嫌っているわけではなさそうだが、花を見つめる視線は冷たく、なにがそうさせているのか、魏無羨は首を捻る。
    (反りがあわないのか?藍湛と江澄)
    藍忘機は秀麗な顔つきで優雅な物腰だが、無表情、無口で何を考えているかわかりづらい。
    江晩吟も神経質さが表れてはいるものの端正な顔つきで、物腰も育ちの良さが出ているが、ひねくれた性格でカッとなれば考えずに毒舌を繰り出す。
    どちらも他人に誤解されやすく、理解されにくい。その点においては、似た者同士なのかもしれない。
    (もうすこし仲良くなってくれたら……)
    せっかく江晩吟との交流を再び始めることができたのだから、藍忘機と江晩吟もこれを機会にと、魏無羨は願ってしまう。
    「蓮の花の礼を江晩吟に言わねば」
    「へ?」
    大量に送られて来る書面に目を通しながら藍忘機が唐突に言った言葉に、一瞬、魏無羨は聞き間違ったかと藍忘機を見つめた。
    「今、何て?」
    「わざわざ贈ってくれたのだ。ここに来るのなら、礼を言うのが筋だろう?」
    当然では?と言う藍忘機に、魏無羨は信じられない気持ちになった。
    (藍湛が、江澄に礼!?)
    「藍湛、江澄のこと、嫌いだと思ってた………」
    魏無羨の呟きに、藍忘機は嫣然一笑する。魏無羨は思わず顔を背けた。
    (何、この笑顔!いつも見てる顔なのに、照れる!!)
    真っ赤になった頬を押さえて照れている魏無羨は自分の問いを藍忘機が誤魔化したことに気づいてない。
    「失礼します。江宗主がお見えになりました」
    執務室に江晩吟の訪れを知らせる弟子がやってきた。



    「仙督」
    江晩吟は藍忘機の前に立つと、背筋を伸ばし、綺麗な損礼をする。藍忘機もそれを返した。
    藍忘機の隣にいる魏無羨にも軽く頭を下げた江晩吟は薄く笑みを浮かべ、藍忘機に向き直る。
    「先日は、何のもてなしもできず失礼した」
    「こちらこそ、急な訪問でご迷惑をかけた」
    まずは、穏やかに話し始めた2人に、魏無羨はホッとする。
    「とりあえず、座ろう!」
    魏無羨は執務室の奥の座卓に江晩吟を案内すると、最近、藍忘機に教えてもらい淹れれるようになったお茶の準備を始める。
    江晩吟が腰を下ろすと、対面に藍忘機も腰を下した。
    コポコポと茶が杯に注がれ、藍忘機と江晩吟の前に置かれる。
    「お前が茶を淹れるところを見る日が来るとはな」
    江晩吟は、杯を持ち上げ一口飲んだ。
    ちょうどよい温度。苦さの中にもやや感じられる甘み。
    今まで茶など自ら淹れたことなどない師兄の変わりように江晩吟は顔には出さないが戸惑う。
    「どう?」
    「あ、ああ……」
    大きな瞳が期待に満ちてこちらを見つめている。江晩吟は思わず頷いた。
    「やった!江澄に誉められた~」
    いや、誉めてはいない、と訂正しようとした江晩吟の目の前で、魏無羨は藍忘機に、にこにこと笑いかけ、藍忘機も微かに微笑んでいるようにみえる。
    2人の醸し出す空気が、雲夢で藍忘機から聞いた≪道侶≫発言を裏付けているようで、江晩吟はこっそり舌打ちをした。
    「ところで、まだ藍宗主に挨拶をしてない。後程お会いできるだろうか?」
    んん!と咳払いして話題を変えた江晩吟に、魏無羨は困惑顔になり、藍忘機は無表情に戻る。
    「兄はまだ謹慎中で、会うことは難しい」
    「元気なのは、元気なんだぜ。ただ、な」
    観音殿の場に居た江晩吟は藍曦臣の放心した様子を見ている。その後の清談会では姿を現さず、謹慎していると報告がなされ、雲深不知処から出てこない。
    「そうか、なら挨拶は無理か……」
    「兄には江宗主のお気持ちだけ伝えておこう」
    思えば奇妙な3人がここに集ったなと江晩吟は、杯に視線を落とした。
    自ら死を選んだ男とそれを助けようとした男と更に殺そうとした男。
    それが16年後にこうして、茶を飲んでいる。
    自分たちでさえ、気持ちの整理をどうにかつけるのにこれだけの年月を費やしたのだ。藍曦臣が閉じ籠った数ヵ月など、それに比べればまだまだかもしれない。
    「失礼します」
    執務室に菓子を手に2人の弟子が入ってきて、3人に向かって損礼をした。
    その2人を見て、江晩吟はどこかで見た顔だと考える。
    「菓子をお持ちしました」
    「ご苦労さま、思追、景儀」
    魏無羨が、2人の名を呼び菓子を受け取ると座卓の上に置いた。そこで、ああ、と江晩吟は思い出す。
    物静かで穏やかな印象を与える方が藍思追、逆に好奇心旺盛そうでやんちゃな印象を与える方が藍景儀かと、甥から聞いている話と照らし合わせた。
    「いつも金如蘭が世話になっている」
    突然、江晩吟に声をかけられ、藍思追も藍景儀も背筋を正した。
    「いえ、お世話になっているのはこちらの方です」
    「そうです、そうです」
    物怖じせず丁寧に返事をした藍思追に対して藍景儀はやや緊張気味だ。
    「今は蘭陵でいろいろあり、こちらには来れないが落ち着いたらまた迷惑をかけるかもしれない」
    「迷惑ではありません。我々も良い刺激を受けてます」
    「みんなで鶏を捕まえるのもかなり上手くなりましたよ!」
    「景儀!」
    隣の藍思追から袖を引っ張られ、藍景儀は自分の口を慌てて手で塞いだ。
    鶏?と藍忘機と江晩吟の冷たい視線が指導係の魏無羨に集まる。
    「あ~……ほら、いつでも食べ物があるわけじゃないからさ、現地調達できるように、な?」
    「お前じゃあるまいし、現地調達は必要ないだろ」
    「そうやって、金凌やこいつらを甘やかすから世間知らずの仙師ができるんだよ。金凌なんて魚も鶏も触れないとか、深窓の姫君か!」
    魚も取らせていたのかと、半ば呆れて江晩吟は縮こまった藍氏の弟子に同情の視線を向けた。
    「こいつが指導係なのは君らの不幸だな。あまり破天荒なら師匠にちゃんと報告するがいい」
    江晩吟のアドバイスに藍思追も藍景儀も曖昧な笑みを返す。
    試みたことはないが、多分、魏無羨への苦情を言ったところで余程のことでない限り含光君は聞いてくれないだろうという確信はある。
    「では、我々はこれで」
    「失礼しました」
    頭を下げて出ていく2人を見送りながら、江晩吟は金麟台で宗主の座に就いた甥っ子も連れてくれば良かったかと思った。
    自分が宗主になった歳と変わらない歳に宗主になった甥はまだまだ手がかかる。自分も含めてチヤホヤ育てたので、他家とはいえ同世代との交流は金如蘭にとって必要なことだ。
    「あいつら、いい奴だよ。金凌の友達にはうってつけだ」
    江晩吟の心を見透かしたように魏無羨が持って来られた干菓子を口に入れながら笑う。
    「そちらは心配してない。俺が心配するのは指導するお前の方だ」
    「俺!?」
    ひどいっ、とわざとらしく魏無羨が藍忘機の腕にすがりつくと、その背を藍忘機がよしよしと撫でる。
    江晩吟は腹立たしい気持ちとは裏腹に視覚が慣れてきたような気がした。
    「なあなあ、江澄。いつまで雲深不知処にいられる?」
    気を取り直したのか、魏嬰が陽気に尋ねてくる。
    「明日中には雲夢に戻らねばならない。秋の収穫祭の用意が始まるので何かと忙しくてな」
    「そっか……なら今夜はここに泊まるだろ?」
    「え?」
    「っ!」
    魏無羨の提案に、江晩吟と藍忘機が反応する。
    「いや、それは……」
    「魏嬰、江宗主に無理を言ってはいけない」
    江晩吟の否定の言葉に被せるように藍忘機が嗜める。
    (こいつ、早く帰れってことか)
    藍忘機の決めつけた言い方に、江晩吟は微笑みながら奥歯を噛み締めた。
    「そうだな、今夜はこちらに泊めてもらおうか。積もる話もあることだしな、魏無羨」
    「あ……」
    江晩吟がここに来た理由を魏無羨は今更ながら思い出したようだ。
    「いや、江澄、無理なら無理でいいんだぞ?」
    「何も無理はしていない。大丈夫だ」
    ここに泊まると決めた江晩吟は意見を変えない。
    どうやら厄介払いはできないと諦めた藍忘機はすっと立ち上がる。
    「では、客間を用意させよう」
    藍忘機は入口に向かい、外に声をかけると弟子が近寄ってきた。今夜、江晩吟が泊まることと客間を用意することを指示すると弟子は頷き立ち去る。
    「さてと、これ以上執務の邪魔をしては悪い。久々の雲深不知処を散策させてもらおう」
    江晩吟も立ち上がり、藍忘機に近寄ると損礼をした。
    魏無羨もやってきて藍忘機の隣に立つ。そこが定位置のように振る舞う様子にまた江晩吟はむっとする。
    「江宗主」
    苛ついたまま藍忘機に呼ばれたので、江晩吟は一瞬睨んだ形になる。
    「我々の祝いに蓮の花をいただき、申し訳ない」
    「は?」
    こいつ、なにを言い出した?と江晩吟は眉をひそめた。魏無羨も藍忘機を見つめ、きょとんとしている。
    「先日は突然の報告で驚かれただろう。江宗主のお心遣い痛み入る。末永く魏嬰を幸せにするのでご心配無きよう」
    口の端を微かに上げて藍忘機が笑う。
    江晩吟は魏無羨を見た。魏無羨も江晩吟を見る。お互いに戸惑いが見え、この展開は前にあったような既視感を覚えた。
    「…………祝い?末長く?」
    ぶるぶると江晩吟の拳が震えだす。
    右手にいつも填めている紫電は、先日の一件で弟子たちから、外しておいてください、仙督にふるってはいけません!と泣きつかれ、今は荷物の中だ。
    「そんなつもりで蓮の花を贈ったわけがなかろうがーー!!」
    江晩吟の怒声が執務室に木霊した。




    「藍湛」
    怒って執務室から出ていった江晩吟の背中を見ながら、魏無羨ははぁとため息をついた。
    「はなからこれを言うつもりだったんだな?」
    藍忘機が江晩吟に素直に礼など言うはずがなかった。それなのに礼という言葉に藍忘機の真意を読み取れず喜んでいた自分が情けない。
    「お前、俺たちの仲を壊したいの?」
    「違う」
    端正な顔が横に振られた。疑わしいことこの上ない。
    「もう、機嫌が悪くなったあいつを宥めるのって、骨が折れるんだからな!」
    「魏嬰」
    今にも江晩吟の所に跳んで行きそうに感じた藍忘機は思わず魏無羨の腕を掴んだ。
    瞳に浮かぶ不安の色。また何か余計なことを考えたなと悟った魏無羨は、掴かんだ腕をそっと撫でた。
    「どうした?藍湛、俺はここにいる」
    藍忘機を安心させる、優しい声。
    死んだ後でもずっと信じて待っていた自分を魏無羨は特別に思ってくれている。
    だが、自分のように待っていたのは江晩吟も同じだと藍忘機は知っていた。
    魏無羨の気持ちを疑うことはないが、嫉妬を抱く己を止められない。
    「藍湛がいる所が俺の帰る場所なんだろ?」
    雲夢に行く前に、藍忘機が魏無羨に言った一言を言われ、藍忘機はこくりと頷いた。
    「今夜はちゃんと江澄と話してくる。心配しなくていい。あ、酒も呑むからな」
    藍忘機から咎める視線が向けられるが、魏無羨は見なかったことにした。
    「じゃあ、俺も行くな。仕事、頑張れよ」
    魏無羨が執務室から出ていくと、静寂が訪れる。
    遠くで、酉の刻を知らせる鐘がゴーンと鳴っていた。



    ドンと客間の座卓の上に天子笑の甕が、2つ置かれる。
    苦虫を噛み潰したよう眉間に皺を寄せ腕を組みこちらを睨んでいる江晩吟を魏無羨は無視して持ってきた酒の肴も座卓に並べた。
    「いつから雲深不知処は飲酒が可能になったんだ?」
    「俺は家規外だからね~」
    「そんなわけあるか!」
    「俺が静室で呑んでいるのはみんな知ってるよ。あれこれ言うなら呑むな!」
    「呑まないとは言ってない」
    卓上の甕を1つ奪い取った江晩吟は封を開けるとぐいっと酒を呷る。
    懐かしい酒の味が口の中に広がった。
    「久しぶりだろ?天子笑」
    「ああ」
    江晩吟はこれを呑むと、背中の痛みを思い出す。若い頃の苦い経験。
    パキッと落花生の殻を割り、中身を魏無羨は口に放り込んだ。
    「聶兄もここにいたら、楽しい酒盛りになったのにな~」
    「宗主になってまで、罰を受けるのはごめんだ」
    言えてる!と魏無羨は大笑いする。
    今日は、騒がず大人しく呑もうと決めた。
    「江澄、素面のうちに話しておきたいんだけどさ」
    「もう呑んでるから素面もなにもないがな」
    やや緊張ぎみで話し出した魏無羨とは対照的に卓の上に頬杖をついてぶすっとした態度で江晩吟は答えた。
    「俺、藍湛と道侶になった」
    「……それは再三藍忘機から聞いた」
    「報告が遅れたのは本当に悪かった」
    「全くだ」
    「江澄、怒ってるよな?」
    「ここに紫電があればお前に食らわすぐらいにはな」
    物騒な事を言いながら、江晩吟は酒を呑んだ。
    「だが、奴がお前を信じて待っていたことはお前よりも知ってる。あいつは16年間、それを態度で示してきたからな」
    夷陵老祖を庇い、一度は地に堕ちた名声を再び戻したのは藍忘機の高潔であり公正な態度だ。
    困っている者がいれば必ず助ける。
    どこでも現れる藍忘機を揶揄する仙家もあった。藍氏の横暴だという声も上がった。
    だが、藍忘機は必ず1人で現れ適正に対処し、何も言わずに去る。
    何かを心に決めたように。もしくは何かを守るように。
    「はっきり言っておく、魏無羨。俺は奴が嫌いだ。取り澄ました顔も嫌いなら、あの無口も嫌い。人の顔色を無視し、見当違いをズケズケ言うところも嫌いだ」
    (何より、俺からお前を奪ったのが一番嫌い)
    心の中で思った言葉は、師兄を図に乗せるので決して言わない。2人を認めてやるとも決して言わない。
    「だから、仲良くなれなんて言うなよ!」
    江晩吟が人差し指で差すと、魏無羨の顔がひきつる。
    「なんで、江澄、わかったんだ?」
    「何年、師兄師弟をしてると思ってるんだ、貴様は」
    こうゆう会話はお互いでしかできない。
    ふふっと魏無羨は笑った。
    「江澄、許してくれてありがとう。あと、蓮の花も嬉しかった」
    「この話の流れで、俺がお前たちのことを許したように聞こえたのか?魏無羨、お前、耳が悪くなったか?」
    江晩吟の憎まれ口も、今は気分が良く、魏無羨の酒が進む。
    「酔妃蓮」
    酒で濡れた口許を拭いながら江晩吟が言う。
    「ん?」
    「あの蓮の名だ。酒に酔って頬をそめた妃の様子が、花弁の先の桃色に見えてその名がついたらしい。どこかの酔っぱらいに似ているから贈った。決して祝いの品じゃない」
    魏無羨にいつでも蓮花塢はお前の故郷だと覚えていて欲しかった。里心がつけば、と思った。
    「酔妃蓮。へえ、いい名だな」
    そんな江晩吟の心を知らず、魏無羨は微笑むと天子笑を流し込んだ。



    「もう呑めません~」
    「あたり前だ、この馬鹿!」
    ゴロゴロと自分達の周りに転がる酒の空き甕に、2人はフラフラしていた。
    雲夢は酒呑みが多く、自分達も簡単に酔う方ではないが、今日は酒が過ぎた。
    「こら、ここで寝るな!寝るならこっちに……」
    魏無羨よりもまだ酔いが軽い江晩吟がそう言いかけた時、外から遠慮がちな戸を叩く音がした。
    「……誰だ?」
    大体の予想はついていたが、わざと扉に向かって問いかける。
    「夜分、申し訳ない」
    江晩吟は想像していた相手とわかり、やれやれと頭を振りながら扉を開けた。
    「江宗主、魏嬰は?」
    月明かりを背に、白い衣装が浮かび上がる。
    亥の刻はとうに過ぎており、本来ならばここにいるはずのない藍忘機の姿に、江晩吟は床に寝転がっている魏無羨を指差した。
    「ここに泊まらせようかと思ってたんだ」
    「それは、客人に失礼だ。連れて帰ろう」
    躊躇なく部屋に入り魏無羨に近寄った藍忘機はその身体を抱え上げた。
    「あれ~?藍湛?」
    「うん」
    ぐでんぐでんに酔っていたはずの魏無羨が微かに目を開け、藍忘機の名を呼ぶ。
    「迎えに来てくれてありがと~、俺もう歩けない~」
    「抱えていくから、大丈夫」
    魏無羨はふふふと笑い、藍忘機の首に手を回しぎゅと抱きついた。
    藍忘機は笑みを溢し、江晩吟に向き直る。
    「江宗主、失礼する」
    2人の様子を入口の扉に寄りかかり見ていた江晩吟は、口を開いた。
    「藍忘機」
    前を通り過ぎようとした男を呼び止める。
    切れ長の瞳がこちらを向いた。
    「雲夢江氏はいつでも魏無羨を受け入れる」
    「…………」
    「もしお前の手に余るようならばいつでも返してくれて構わない。特に本人が望んだのならば……」
    その手を離せ、と言わずともわかったようだ。
    藍忘機から発せられる気は冷たく、だが熱い。
    「生憎、そんなつもりはない。またそんなこともあり得ない」
    足音ひとつ立てずに藍忘機は通り過ぎ、ぴたりと止まった。
    「江晩吟」
    「……何だ?」
    「私は貴方が嫌いだ」
    「奇遇だな、俺もだ」
    くくっと笑う江晩吟を残し、藍忘機は立ち去った。取り澄ました男から嫌いという本心を引きずり出せたことに、ここにきた甲斐があったと江晩吟は月を見上げた。






    「迷ったか……」
    昨夜、藍忘機と魏無羨を見送った後、寝台で1度は眠りについた江晩吟だったが、どうも慣れない場所のせいか、朝早くから目が覚めた。
    ならばと、久しぶりの雲深不知処を散策していたのだが、まだ少し酔いが残っているのか、はたまた記憶と違っている箇所があったのか、なかなか客間まで戻れない。
    おまけにそんな時ほど通りかかる者が誰もおらず、姑蘇藍氏は早起きの一族のくせにと、ブツブツ言いながら歩いていた。
    そんな江晩吟のところに、よく知っている匂いが漂ってくる。
    水と蓮の匂い。
    「どこだ?」
    匂いのする方へ歩いていた江晩吟は、緑の葉と桃色の花と、その側に佇む人物を見つけた。
    「沢蕪君」
    小声で漏らした言葉が聞こえたらしく、その人物がゆっくり振り向く。
    だが、いつもの穏やかな表情はなく、端正な顔には弟そっくりの冷淡さが表れていた。
    (兄弟なのだから、当然と言えば当然か)
    自分を含めてかなりの者たちが、その表情に騙されていたことにふっと江晩吟は息をついた。
    こちらを認めた藍曦臣がにっこりと表情を作る。
    「いらしてたんだね、江宗主」
    「ご無沙汰してます、沢蕪君」
    江晩吟が損礼をすれば、藍曦臣も返した。
    「挨拶を受けずに失礼したね。いまは謹慎中の身で」
    「含光君に聞いてます。お気になさらずに」
    江晩吟は、この年上の宗主が苦手だった。弟よりは話しやすいが、どうも腹が読めない。
    「昨夜は、魏公子と?」
    「あ、すみません」
    酒の匂いが漂っているのだろう。慌てて謝ると藍曦臣はいや、と苦笑した。
    「お2人の仲が戻ったのなら良いことだ。全てを水に流して新たな関係を築けば良い」
    「全てを水に流して……」
    その藍曦臣の言葉に江晩吟はむっとする。いつもならば聞き流せるのに、何故か聞き流せない。
    「水に流すことはしません。あったことを無かったことにするほど、お気楽には生きてない」
    口調のかわった江晩吟の怒りを含んだ言葉を藍曦臣は黙って聞いている。
    「あいつとは、過去のことを踏まえた上で新たな関係を築くと話した。過去が無くて今の自分達はあり得ない」
    過去を忘れることは自分に対する誤魔化しだ。いつまでも心の奥底で燻る出口のない思いを抱えるよりは、さらけ出して進んだ方がまだましに思える。
    「いっそ、心からあいつを……魏無羨を憎めればいいのにと何度も思った」
    蓮の花の開花は早朝から日の出までゆっくりと行われる。寒室の前の花も開いていた。
    「でも、憎むだけなんてできない。他の誰も知らないあいつを知っているから、尚更」
    「江宗主……」
    藍曦臣は江晩吟の魏無羨への思いが、自分の金光瑶への思いと重なり、目を閉じた。
    「だから、誰かに殺されるくらいなら俺が殺してやろうとしたのに、自ら崖下に落ちていくなんて。死んだ本人は満足かもしれないが残された者にとってはいつまでも続く呪いだ」
    「呪い……」
    「死んでもまだその存在に囚われ、文句の1つも言えないまま、生きていかねばならないのだからな」
    江晩吟は花開いた蓮に手を伸ばし、微かに笑う。
    江晩吟がこんな風に笑う姿を藍曦臣は初めて見た。
    「幸い俺は文句を言える機会を貰えたが、貴方は…………すまない、余計だったな」
    まだ酔いが残っている。でなければ、こんなに藍曦臣にベラベラと話さない。
    「……意外、だ」
    「なにが?」
    「もっと、貴方は怒鳴る人かと」
    世の中の人々の自分への印象はそんなものだろうと江晩吟はわかっている。
    しかし面と向かって言われたことはない。
    姑蘇藍氏の兄弟は神経を逆撫でする部分においてはそっくりで血を感じる。
    「本当に藍氏は……。怒鳴ってほしいなら他をあたってくれ。今の貴方は怒鳴る価値もない」
    体が熱くなったのは怒りの為だろうか。
    藍曦臣のこめかみが、どくりと波打つ。
    「俺には関係ないし、どうでもいい」
    人から寄せられる好意に藍曦臣は慣れている。だが、どうでもいいと言われたのは初めてだ。
    江晩吟が怒鳴るのは彼が心を許し、自分に関わりがあると思った者だけ。
    ザワザワと人が動き始めた気配に、江晩吟は頭を振った。
    「昨夜の酒が残っていたようだ。長々と失礼した」
    「雲夢江氏は酒に強いと聞いてるよ」
    暴言を酒のせいにはしてくれないらしいと思った江晩吟は開き直る。
    「なら、俺の本音と思ってくれて構わない」
    自分に関係ないものがどう思おうと気にしないと決めた。それが、例え藍曦臣でも同じだ。
    「ところで、沢蕪君。申し訳ないが、客間はどっちだ?」
    「……私が教えると?」
    「……確かにそうだ。自分で探そう。失礼する」
    どうでもいいと言い放った相手に聞くことではなかった。歩いていれば誰かに会うだろう。
    「江宗主」
    曲がり角を右に行くか左に行くか悩む江晩吟に背後から声がかかった。
    まだ寒室に藍曦臣は入っていなかったらしい。
    あのいつもの穏やかな表情を浮かべ、腕を上げると左の方向を指差した。
    礼を言うのも癪にさわるので、微かに頭を下げて江晩吟は左に曲がった。



    それから四半刻、江晩吟は雲深不知処内をさ迷うこととなる。
    雲深不知処でも人が滅多に来ない場所に迷い込んでいた。
    弟が弟なら兄も兄だ!と怒っていたところを、近くを偶々通りかかった弟子に発見された。



    あれ?と魏無羨は足を止めた。
    寒室の扉が開けられている。
    「沢蕪君」
    声をかければ、どうぞと奥から返事が聞こえた。
    「昨日は楽しかったかい?」
    ここのところ話題を藍曦臣から振られることが無かった魏無羨は、朝の江晩吟の機嫌の悪さを思いだした。
    『沢蕪君のあの笑顔に騙されるなよ!』
    帰るすこし前に耳打ちされた。
    詳しい事は聞けなかったがあまりに真剣に言うので曖昧に頷いた。
    「楽しかった、とはちょっと違うけど安心はしました。沢蕪君、何か江澄とありました?」
    「朝方、江宗主と少し話をしたよ。客間への帰り道がわからないようだったので教えたが、無事に辿りつけただろうか?」
    藍曦臣の目を伏せて口を閉じた様子はとても心配そうだ。
    「アハハ、四半刻は迷ってたみたいですけど。あいつ、ああ見えて抜けたとこもあるから」
    魏無羨にそうなんだね、と微笑んだ沢蕪君の笑みが魏無羨が気づかない程度で意地悪く歪む。
    自分の中に、こんな意地悪な気持ちが存在するとは。それを誰かに向ける日が来るとは。
    ほんの少し起こった気持ちの揺れを藍曦臣は楽しみながら、窓の外を見た。
    そこには、淡い桃色の花が風に吹かれて揺れていた。

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