お好み焼きを一緒に食べた日はっきり言えば嫌いで、悪い印象しかなかった犬飼だったが最近になって嫌な奴だけではないと思い始めた影浦は少し彼に興味を惹かれるようになった。だが彼を知る手段がないことに思い至り、荒船に相談すると「飯誘えばいいだろ」と苦笑される。
「……いや、簡単に言うけど今まで露骨に避けてたのに急に飯に誘うのもおかしーだろ」
「別におかしくないぞ? 犬飼も大人なんだから察するだろ」
「それに何が嫌いで好きかもわかんねぇし」
「そういうのをこれから知っていくんじゃないか。あ、俺は教えないぞ」
そうやって手をひらひらさせながら荒船は言うだけ言って去っていく。
◇
「えっ?! 駅前に出来たお好み焼き屋さんの偵察に行くの?! おれも?!」
親から依頼されたという偵察に誘われて犬飼は「なんでおれ? 荒船でなくていいの?」とびっくりしながらも尋ねる。
影浦はどこまで本気なのかわからないが、淡々とそれに答えた。
「出来ればお好み焼きど素人がいい。荒船はプロだ」
「でもおれは素人すぎない? だってかげうらにも行ったことないんだよ? 食べ比べとか出来ないんだけど……」
「は? なんでうちの店来たことねぇんだよ?! てめーそれでも三門市民か!」
「カゲが嫌がると思ったからあえて行ってないんじゃん〜おれだけ責められるいわれある??」
「…………」
影浦はチッと舌打ちして、「とりあえず今日の夕方に行くから飯食わずに待っとけよ」とこちらの回答などお構いなしに言って去ろうとする。
まだ協力するって言ってない……。
と思ったが、スパイとはなかなか出来ない体験ではあるので断るのも惜しかった。
「……でもさ、同じお好み焼き屋のスパイってバレたら怒られない?」
ボーダー基地で過ごすうちに夕方になり、影浦と落ち合って駅前のお好み焼き屋に向かう道中に犬飼は心配になって聞いた。
「心配ねぇよ。相手は全国チェーン店だ。地元の個人店なんか眼中にもねぇよ」
「えー、じゃあなんで偵察なんかすんの?」
「とりあえずうちと客層被んねぇか見てこいってさ。大打撃は受けないように、対策は練らねぇとな」
「なるほど。だから荒船みたいなガチの常連客じゃなくておれが都合良いわけだ」
「……着いたぞ」
勝手に納得していたら件のお好み焼きチェーン店へと着いた。
開店したばかりなのと、時間帯が時間帯だけに行列が出来ており、しばらく待たされた後、ようやく席に着くことが出来た。
「お腹空いた〜」と犬飼はテーブルにあったメニューを手に取る。
「お、結構多彩なメニューだねぇ」
「チッ、邪道だな」
「そう? このチーズ餅なんて美味しそう。でもボリュームありそうだね。おれ辻ちゃんみたいに大食いじゃないから食べられるかなぁ」
「辻はそんなに食うのか?」
「焼肉食べた後、ソフトクリームやデザートを必ず頼むよ。別腹なんだって。おれは食べらんないけどね〜。お、明太子お好み焼きも美味しそう。キムチもある。でも辛いの苦手だしなぁ。お好み焼きに混ぜたら辛さってどうなるんだろ?」
「なるほど。辛いのは苦手、と……」
「メモるところ間違えてない? おれの好みなんか覚えてどうすんだよー」
結局犬飼は散々悩んだ末にシーフードミックスのお好み焼きを頼んでいた。
注文しようと店員を呼ぶとメニューを受けた後、「スタッフがひっくり返しにくるので料理が来ても触れないでください」と説明され、「自分でひっくり返せるんだけど……」と不満そうに影浦が言うと「決まりですので」と笑顔で返された。
「遊び心ねぇなぁここ」
店員が行ってしまった後、影浦が面白くなさそうに言えば「全国チェーン店だから味や焼き加減を統一しなきゃいけないんじゃない?」と犬飼がまだメニューを眺めながら答えた。
「なるほど。うちと客層は被らねぇな」
「そうかもね。一旦こっちに浮気してもすぐ戻ってくるでしょ、常連は」
注文したお好み焼きが来るまでの間、当然ながら犬飼と向き合わなければならない。
トントン、と落ち着きなさげに影浦は指でテーブルを叩いた後、自分から切り出した。
「……おめーさ、普段何やってんの?」
「普段? オフのこと? おれ飛行機好きだから模型とか作ってんだよね。欲しいならカゲにも作ってあげる」
「飛行機? ふーん。他に好きなもんは?」
「食べ物ならホットドッグが一番好き。あ、洒落じゃないよ? 名前に犬がついてるから公表すんの恥ずかしいんだよねー。果物ならぶどうが一番好き。最近大きいのが流行ってるけど、おれは小さい奴が好きかなー。あの甘くてちょっと酸っぱいの、美味しいよね。皮ごと食べられないのがめんどくさいけどさ、でもたくさん食べれるからお得じゃない?」
聞けば犬飼はべらべらとよく喋ってくれた。
影浦はそれに対して「うん」「そうか」「へぇ」と相槌を打つ。
そんな会話をしているうちに、頼んだお好み焼きが鉄板の上に運ばれてきた。
影浦はコテで切り分けながらそれを口に運ぶ。
美味いっちゃ美味い。
目の前の犬飼がシーフードミックスをふぅふぅと冷ましながら口にして、ぱっと笑顔になった。
「美味しい! 優勝〜!」
そう言って犬飼はふた口目を食べる。
その感想に、影浦はむっとした。
優勝?
おめー、お好み焼き初めて食べたのか?
そんな文句すら浮かんだが、彼にしては珍しく、ぐっと堪えた。
ぺろっと一玉食べ終えた犬飼は「は〜、お腹いっぱい」と満足したように両手でお腹をさする。
影浦は「そうかよ。それよりこれからデザートでも食べに行こうぜ。付き合えよ」と会計を済ませた後犬飼を誘った。
犬飼は「えっ? 辻ちゃんじゃあるまいし……入るかな?」と首を傾げながら着いてくる。
着いた先はお好み焼きかげうらで、犬飼は目を見開いた。
「……カゲんち、スイーツも提供してんの?」
怪訝な顔をして聞けば、影浦は「まあ入れよ」と犬飼を連れて店の中へと入る。
テーブルに犬飼を案内したら、奥に引っ込んだ影浦はお好み焼きの具を手に持ち帰ってきた。
「ちょっ……! さっきお好み焼き食べたばっかじゃん!! さすがにもういいよ! 入んないよ!」
「まあまあ、俺と半分こならいけんだろ」
「いけない!」
さすがの犬飼も不平を言ったが、影浦は目の前でお好み焼きを焼き始める。
それを慣れた手つきでひっくり返し、皿に犬飼の分をよそってやった。
「…………」
犬飼は渋々と言った様子でお好み焼きに手をつける。
さっきまで散々文句を言っていたわけだが、お好み焼きを口にした途端、表情が変わった。
「えっ、美味しい〜」
「さっきの店と、どっちが美味い?」
「こっち。カゲが作ってくれたお好み焼きが優勝〜!」
ぐっと親指を立てて、犬飼は絶賛した。