花火「今度隣町で花火大会するやんか? 一緒に行けへん?」
王子が面白いと尊敬してやまない生駒からお誘いを受け、空に舞いたいほど有頂天となった王子は即座に「行く!!」と返事した。
「そんでな、迅も一緒やねん」
「え……ふたりっきりじゃないの?」
「ああ、2人やとこの花火大会は過酷すぎる。三輪も連れてくる言うてたから俺ら無敵やで」
「三輪くんも来んの?!」
「数は多ければ多いほどええ」
「ぼく、三輪くん苦手なんだけど!」
「仲良うなれるチャンスやな」
「やだ! イコさんとふたりきりがいい!」
「我儘言いな。俺はオージのためを思うて言うてるんやで? 俺はなぁ、オージにきれいな花火を見て貰いたいんや」
真っ直ぐな瞳でそう訴えられると惚れた弱みからか、王子は目を逸らし「わかったよ……」と頷いてしまう。
当日、王子は少しどきどきしながら生駒が来るのを待った。
待ち合わせが朝からだったので浴衣が崩れないか心配だったのだが、待ち合わせに来た生駒を見て王子は目を見開く。
「あれ? イコさん花火大会なのに浴衣じゃないの?」
「オージ……紺色の浴衣がよう似合うてんな。ピンクの帯がええわ」
「ありがと。イコさんも、浴衣で来ると思ってたのに……」
「堪忍な。花火大会の場所取りは戦いやからな」
いつもの私服で来た生駒に王子は肩を落としていたら、遠くから「おーい、生駒っち。王子」と自分たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
見ると迅が手を振りこちらに近づいてくる。
「おう迅。今日はよろしくな。三輪はまだなんか?」
「もうすぐ来るはずだよ。なんせ声をかけたのが今日だからさぁ……あ、噂をすれば来たよ!」
迅が向いた方向から、三輪が待ち合わせに向かってくるのが見える。
王子は「三輪くん、花火大会なんてよく来る気になったね。復讐鬼でもやっぱり17歳だから恋人とロマンチックな夏を過ごしたいのかな?」とちょっと微笑ましい気持ちになっていた。
待ち合わせに到着した三輪は開口一番「おい迅! 隣町にネイバーが現れるかもしれないというのは本当か?!」と詰め寄った。
びっくりしたのは王子である。
「え……迅さん、それ本当ですか?」
「花火大会があるし、人が大勢集まるからネイバーが来るかもしれないとおれは憶測している」
「憶測って……あなたサイドエフェクトがあるんだから憶測なんか必要ないじゃないですか。三輪くん騙されてるよ」
聞いた三輪は「起き抜けにそんな電話をしてきたから混乱してしまった……くそっ! 俺は帰る!」と激昂している。
そりゃそうだ。
しかし迅は「可能性があるかもしれないにも関わらず、秀次は帰るつもりなの? だからいつまで経っても悲劇を回避できないんだよ」と忠告する。
可能性も何もあんたのサイドエフェクトが視えてないなら可能性は0じゃないんですか?それとなんでこんなときに地雷ぶち込んでくるんだと王子はハラハラしたが、三輪は眉間に皺を寄せて「ぐっ……! わかった、ここにいよう」と納得してしまった。
三輪くんそんなチョロくて大丈夫か……と王子は三輪が心配になる。
「でも花火大会って夜からでしょ? それまで時間潰さないといけないね。まずはみんなでブランチでも食べに行く? いい加減涼しいところに行きたいなぁ」
「あかん。まずは場所取りや」
「はぁ?! まだ昼にもなってないけど??」
「……オージ、周りをよく見てみぃ。囲まれてるやろ」
「えっ……」
そういえば、知らないうちに人が多くなってきた。
生駒は地面にシートを敷き、パラソルを設置しようとしている。
「ここが1番花火よう見えんねんて」
「……ちょっと待って。もしかして今から夜になるまでここで待機するつもりじゃ……」
「おちおちしてたら場所取られてまうで。オージと三輪は近くのコンビニかスーパーで飯や飲みもん調達してきてくれんか? ここは俺らが守る」
「えー、三輪くんとぼくが?!」
「うん。ふたりともアウトドアは苦手やろ。暑いし、少しでも涼しいとこ行ってき」
「わ、わかった……」
「俺はカレーならなんでもええ。迅は?」
話を振られた迅が「おれはなんでもいいよ。だけどおやつに絶対あげせん買ってきてね」と念を押した。
納得できない部分は多くあるが王子は三輪と一緒に近くにあったスーパーで食べ物を調達することにする。
惣菜コーナーにて王子は「あんなところで食べるんだからパンかおにぎりがいいよね」とスーパーのカゴを手に呟く。
「三輪くんは何か食べたいものある?」
「……刺身が食べたいです」
魚コーナーを見つめながらそう言われたのでうっかり「お刺身美味しいもんね〜今夜はお刺身にしようか〜」とカゴに入れかけたが「ダメダメ! こんな暑い日に屋外で食べたらお腹壊すよ!」と止めた。
「花火終わったらイコさんたちに夕食奢って貰うといいよ。今は他のものにして」
「じゃあクッキーで……」
王子はふと三輪の食生活が気になったが、自分が詮索しても仕方ないことだと思いやめた。
後はスポドリやなどの飲み物や体を冷やすものをカゴに入れて王子と三輪は生駒たちの元まで戻ってくる。
場所取りの設置が完了したらしい生駒と迅は、パラソルの下でふたり仲良くオセロをしていた。
「おう、おかえり。オージ、時間潰すためにチェスも持ってきたで」
「チェス、ぼく以外にできる人間がいなきゃ意味なくない? イコさん、本当に夜までここにいるつもりなの?」
「オージ、花火大会はお遊びとちゃうんやで?」
「お遊びだよ」
結局交代で休憩しながら4人でトランプなどの暇潰しをしているうちに辺りが暗くなってきた。
「……そろそろやな」
生駒が見上げると、一発目の花火が打ち上がる。
「始まったね」
不安と不満はあったがこうしてみんなで花火を見上げていると王子は来てよかったとしみじみ思う。
生駒はこちらの想像を時々遥かに超えてくるが、王子はそれが楽しくて仕方ないのだ。
「……綺麗だね」
「ああ……けど、オージの方がキレイやで」
「え? なに? 花火で聞こえないんだけど」
王子が聞き返すと、生駒はすぅっと息を吸ってから口を開いた。
「オージ! 俺と付き合ってくれー!」
花火の音に負けない声でそう言われて、王子は驚いた。
だが時間をかけてその言葉を噛み締めてから、「……いいよ」と頷く。
「秀次、おれたちも付き合おうよー!」
あはは、と珍しく照れながら迅が笑ったら、三輪が「……俺たちは、付き合っているんじゃなかったのか?」と言ったのでその場がしんと地獄のように凍りつく。
「……付き合ってるわりには、なんで花火大会ひとつスムーズに誘えないわけ?」
王子は呆れて迅を睨んだら「あっ、いや、秀次にはなかなか振り向いて貰えないだろうなって考えちゃってたから、ちゃんと言ったことなくて……」と焦ったように言い訳を述べていた。
「三輪くん、お刺身食べたいって言ってたから、花火終わったら定食屋さんにでも連れて行ってあげたらどうです?」
「そ、そうだね……秀次、終わったら一緒にご飯食べに行こうか?」
「ぼくたちはフレンチね、イコさん」
王子が振り返って確認すると、生駒が「えっ、フレンチ? 俺らも一緒に定食屋行こうや」と驚いている。
王子は「ダメだよ話し合わなきゃいけないこといっぱいあるんだからふたりきりにしてあげなきゃ。そしてぼくたちは付き合った記念日なんだからフレンチがいいの!」と言い張る。
迅は生駒に「お互い大変だねぇ」と苦笑して話しかけるが、王子と三輪に「それはこっちの台詞(だ)!」と叫ばれてしまった。