僕は優しくされるのが嫌いだ。皆んなが僕に向ける視線は同情や哀れみといった感情ばかりで、僕のことをちゃんと見てくれる人なんて誰もいない。だから僕は一人でいることを選んだ。誰かに頼ることもしなかった。両親が死んでからは妹と二人で生きていかなければいけなかったけど、それでも妹の前では明るく振舞っていた。でも、そんな生活も長くは続かなかった。
「いつまで逃げてるの?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥底にある冷たいものに触れた気がした。あの時からずっと心の中に巣食っていて、何度振り払っても気がつくとすぐ側にいて、何度も何度も僕の心を蝕んでいく。もう限界かもしれないと思った時、あの力が発現した。黒い泥に体を覆われて、翼を広げて飛ぶ姿を見たときは自分の体が変わってしまったことにショックを受けた。でも不思議と恐怖はなかった。このときは自分が自分でなくなったようで少し怖かったけれど、もう慣れてしまった。どうせ誰とも関わらずに生きてきたんだ、これからも一人ぼっちで生きるだけだ。醜い夜鷹のように。KKと引き離された僕は、一人ビルの屋上で佇んでいた。KKの力を使えない今、この力を使うときが来た。誰にも言えない秘密の力だけれど、今はそんなことどうだっていい。とにかくKKを探さなきゃいけないんだ。
「僕、KKみたいになれるかな?」
そう言った途端、暁人の襟首の辺りから黒い泥のようなものが流れ出した。それは暁人の体に纏っていき形を変えていく、頭は鳥の頭部に覆われ、背中からは巨大な翼が生え、腰の辺りからは尾羽が生えているが、どれもドロドロとしていて地面にポタポタと落ちている。
「なれるのならなりたい」
暁人は泥の翼を広げて飛び立つ。空高く舞い上がると、そのまま遠くへと消えていった。
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アイツは一言で言うなら影がかかったような人間だった。俺がアイツに憑依したときから暗い表情をして、何かを諦めたように下を向いていた。何を考えているのか分からなくて気味が悪いと思っていた。自分からは口を開かず、ただそこにいるだけの存在だった。ただ、妹を助けたいと強く願っているのだけは分かった。
「おせえんだよ、ノロマが」
「・・・」
暁人の表情はやっぱりどこか暗くて、今にも泣き出しそうな顔でこちらを見つめてくる。
「俺の力が必要だから来た、そういうことだろ?」
暁人は無言で頷く。
「後悔するなよ」
そう言って俺はまた暁人に憑依した。
「ねえ・・・KK」
「どうした?」
「KKはさ・・・『救われたい』って思わないの?『今の自分から救われたい』って」
「なんだそりゃ」
「ううん・・・やっぱり、何でもないや」
コイツが一体何を言いたかったのか分からないけど、その時の俺はその言葉の意味を理解することができなかった。だが後にその意味を知ることになるとは、この時の俺には想像もできなかっただろう。
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「ねえ・・・KK・・・僕、いつまでこうしていればいいの?いつまで逃げていればいいの?」
暁人の言葉に俺は答えることができない。やっと般若のところまで追ってきたというのに暁人は一向に戦う気配がない。
「お前はなんのために戦おうとしているんだ?」
「それは・・・麻里を、でも・・・」
「お前はどうしてそんなに苦しんでいるんだ?」
「・・・」
無言のまま、扉に手をかけると、そのまま開いて先に進んだ。暁人の目線の先には般若と台の上に寝かされている暁人の妹がいた。
「家族の晴れの門出を静かに見守ってやることもできないとは哀れな者達だ」
「そんなもの・・・いらない。僕は、麻里の意思を確かめたい・・・ただそれだけ・・・邪魔はさせない」
「主自身も自覚し得ないものを、キミがどう知るというのだ」
「ただ・・・僕が望んでないと言うことは言える」
「まだ認めないというのか?」
「・・・黙って」
そう言った途端、俺は暁人の体から強制的に引き離された。まさか、アイツの意思で?
「いつまで僕は苦しまなきゃいけないの?いつまで逃げていればいいの?」
暁人は涙を流しながら訴えていた。ただの涙じゃない、黒い泥のようなものだ。
「もう嫌だよぉ・・・こんな人生なんて要らない。楽になりたい。もう終わらせよう、全部」
般若は暁人に困惑した様子を見せるが、すぐに平静を取り戻した。
「君がどうなろうとも私の計画は・・・!」
暁人は袖口から黒い泥を流し出して般若にかけようとするが般若は寸のところで避ける。
「一体これは何だ?何が起きているのかというのか?」
暁人の身体が黒い泥に呑み込まれていく。
「僕ハ、モウ誰カラモ救ワレナイ。僕ハ、モウ誰ノコトモ救ワナクテイイ。僕ハ、モウ生キルコト辞メラレル」
そして泥の翼を持った一羽の醜い夜鷹が姿を現した。