とある山奥に、妖怪達が暮らす里がありました。そこは人間達から隠れるようにひっそりと暮らしておりました。
「お兄ちゃーん!こっちこっち!」
「麻里、慌てなくても逃げないよ」
狐の兄妹が仲良く手を繋いで歩いています。兄の名は暁人と言います。妹の名は麻里と言います。二人は仲睦まじく寄り添いながら、色とりどりの花々が咲き乱れる小道を進んでいきます。
二人が向かった先は里の中でも一番大きな桜の木がある場所でした。その木の下には大きな切り株がありまして、その上には一人の猫が座っておりました。
「あ!絵梨佳ちゃん!」
「麻里ちゃんも!」
猫は二人を見るとニッコリ微笑みながら立ち上がりました。彼女の名前は絵梨佳といいます。
「こんにちわ、今日は何して遊ぶ?」
絵梨佳が楽しそうな声で言いました。すると何かを思い出したようにポンッと手を叩きました。そして自分の尻尾を器用に使って一本の小枝を持ち上げて見せました。どうやらそれは綺麗な桃色の花弁をつけた梅のようです。
「じゃ~ん♪見てみて!これ見つけたんだ」
得意げに見せびらかす絵梨佳につられて他の皆の顔にも笑みが広がります。
「うわぁ、キレイね!どこにあったの!?」
「ふっふっふ・・・これはねぇ、秘密の場所なの」
「えぇ?教えてくれなかったじゃない」
「だって言ったら絶対みんな探しに行くもん!だから内緒にしておいたんだよ」
「むぅ~、意地悪!」
頬っぺたを膨らませる妹を見てクスリと笑う暁人、こんな日々が続いてほしいなと彼は思いました。しかしそんな彼の願いを打ち砕くような出来事が起きてしまいます。
ある日の事です。暁人は妹を喜ばせるためにこっそり一人で出かけていきました。綺麗な石ころを見つけたり珍しい草花を見つけたりするたびに大喜びする妹の姿を思い浮かべているうちに、いつの間にか日が落ち始めていました。慌てて家へと傷だらけで傷だらけで血を流して倒れる妹の姿がありました。幸いにも命に関わりませんでしたが、二度と外へ歩けない体になってしまったのです。それからというもの、里では悲しい事件が相次ぎました。その時からずっと暁人の心にはぽっかり穴が開いたままになりました。暁人は不審に思いました。一体何が起きたのかを調べました。調べるうちにある共通点が見えてきました。それは般若の面をつけた黒ずくめの男に襲われているという事だったのです。ある日、暁人は妹の怪我を治して外へ歩ける体にしました。そして妹に告げました。
「里にいると危ない。これから人間の世界で暮らそう」
兄妹は人間として暮らすために姿を変える事にしました。そして人間達の中に溶け込んでいったのです。
ある日の夜、暁人は妹に「すぐ戻ってくる」と言ってどこかへ姿を消しました。しばらくして不安になった妹は暁人を探しました。そしていつの間にか山に迷い込んでいたのです。そこで見たものは信じられないものでした。
燃え盛る里の前で立ち尽くす兄の姿でした。血だらけで片手には釘〆を持っていました。その傍らで怯えている絵梨佳の姿もありました。
妹の悲鳴を聞きつけた兄はハッとなって振り返りました。そこには泣き崩れる妹がいました。
「お兄ちゃん!!どうして!?」
妹は必死に訴えかけました。でも、もう何もかも遅かったんです。
彼は涙を流しながら妹を抱きしめました。翌日、何があったのかを説明しました。村で起きた事件の犯人を追っていくうちに、自分が狙われていることに気付きました。そして般若の面の男の正体が里の長であるのと同時に絵梨佳の父親であり、里全体で何かを企んでいることを話してくれました。そしてあの日の夜、暁人は里を襲撃してごく一部の妖怪を残して皆殺しにしたのです。もちろんその中には絵梨佳の父も含まれています。全てを話し終えた後、妹は何も言わずにただ泣いていました。さらにもう一つ、妹の傷についての説明をされました。あれは治したわけではなく自分に傷を移しただけなのだと告げられました。そして妹の前から姿を消しました。
そんなある日のことです。妹はある一人の人間の男に出会いました。その人間にあることを頼みました。
「どうか兄を止めてほしい」
兄がこれ以上壊れていくのを見てはいられないからです。男は暁人の元へ行きました。そして彼にこう言いました。
お前は間違っていると。
暁人が目を見開きました。そして静かに笑いだしました。
「そうだな、俺のやってることは全部間違いなんだ。だけどな、俺は止まれないんだよ。止まるわけにはいかないんだ」
男の眉間に人差し指を押しつけました。その目には光が宿ってはいません。
「俺は妹を救うためにこの道を選んだんだ。そのためなら悪にだってなってやる」