おひさまのにおいはしあわせの匂い。ーそれは秋晴れがさわやかな、とても良い天気のとある一日のおはなし。
「KKー、布団下ろすの手伝ってー」
「お?ああ、分かった」
ソファでくつろいでいた休日のとある夕方。ベランダから聞こえてきた柔らかな声に、KKはよっこらせ、と立ち上がる。
「布団、干してたのか。いつの間に・・・」
「そうだよ。気づかなかった?」
「・・・気づかなかった」
少しだけばつが悪そうに目をそらす姿にはにかみながら、
「だって今日はお日様の機嫌が良い一日だったからね。あやからなきゃ」と暁人が言う。
「お日様の機嫌ねえ・・・また随分と可愛い事言うじゃねえか、」
オレにしてみりゃただの暑い日って感じだったがな、と続けようとしたのを、KKが済んでの所で飲み込む。
それは傾き始めた太陽を背に、KKを見つめる暁人の笑顔が、あまりにも優しかったからで。
急に黙ったKKを見て、不思議そうに暁人が首を傾げた。
「ん?どうしたのKK?」
「あーいや、何でもねえよ。ほら貸せ」
ー愛しいな、という言葉が脳に届くと同時に、気恥ずかしくて顔が火照りそうだ。
KKは暁人から布団を受け取ると、ベランダから繋がる寝室へとそれを運ぶため慌てて背を向けた。
・・・はぁ、コイツといると恥ずかしい言葉ばかり出てきて参っちまうぜ・・・ガキじゃねえんだぞ、ったく。
そう思いながらも、KKとてそんなところも相手が暁人だからなのだと知っている。そしてそれをどうにかしたいなんて微塵も思うわけがないのだから、厄介なのだ。
もはや自分は完全にこの年下の恋人に惚れ込んでしまっているのだと、改めて思い知らされることが、どうにもむず痒くて堪らない。
「ほらよ、と・・・・次はーーーーー??ッ、ま、暁ッ・・・!!?」
ぞわぞわとする自分の感情を抑え、二つ目の布団も運び込む。くるりと振り向けば、上からシーツが降ってきて、KKは思わずそのままベッドに座り込んでしまった。そのまま暁人がぎゅっと抱きしめてきて、慌ててシーツを引っぺがせば、目の前でもう一枚のシーツを広げる暁人と目が合う。
「ったく、何すんだよあぶねえだろうがーって、何してんだ、オマエ」
「いいから。ほら、KK嗅いでみてよ。お日様の匂い」
「あーーーー??ったく、子供みてえなことしやがって・・・」
言いながらも、素直に被せられたシーツに鼻をよせる。微かな花のような、シャボンのような芳香を纏わせた寝具に感じる、なんとも言えない懐かしい匂いがKKの記憶を呼び起こす。
「・・・・あー、じーちゃんちの縁側の匂い」
「なるほどね。それがKKの幸せの匂いってわけだ」
「あ?何だよソレ」
シーツを被ったままのKKに並び、暁人がベッドにそっと腰かけて、頬に顔を寄せる。
「お日様のにおいってさ、幸せの記憶の匂いなんだって。何かの本で読んだことがあって」
「成程?・・・・・ああ、そうかもな」
静かに目を閉じる暁人の長い睫毛を見ながらふと思う。
確かにその匂いを嗅いだとき初めに思い出したのは、幼いころ祖父と一緒に過ごした田舎でのひとときだった。
だがそれならばー彼は何を思い出したのだろう?
ー暁人、オマエは何を。
そう聞こうとして、KKはまた口を噤む。どうしてか、それを聞くのは憚られた。
あの夜に触れた、暁人の記憶。それが太陽の光とは無縁の、暗く冷たいものだったのを思い出してしまっては、とても聞く気にはなれなかった。
代わりに、寄せられた頬をそっと両手で掴んで、唇を合わせる。
「・・・・KK?」
「人間は毎日、新しい記憶を更新してる。今。この瞬間も。幸せな事も、悲しい事も、同じように」
啄むようなキスの後、シーツを抱きこんで、そのままベッドへと体を倒してやる。え、あ、と慌てる暁人の耳元に、KKはそっと言葉をおとしてやった。
「・・・次に布団を干すときはな、きっと・・・今日の事を思い出すさ。オマエとふたり・・・こうして抱き合ってる時のことを」
だからオマエの記憶も、一緒に塗り替えてくれよ。なあ、暁人?
ーああ、本当に、恥ずかしい言葉ばかりが喉元から溢れ出て止まらねえ。
見れば目の前で、まるで茹で蛸のように顔を真っ赤にした暁人が震えていた。
「・・・ほん、っと!KKってば、そういうとこあるよねッ・・・!!」
「なんだ、この答えじゃ不満だったか?お暁人くんよ」
思わず笑ってしまうのは、許してほしい。決して虐めたいわけではないのだ。
ただ、愛しくて、止まらない。
その証拠に今のKKは、暑いから、だけではない熱を帯びはじめた身体を持て余している。
そしてそれは、自分だけではない事などもうとうに分かってしまっていて。それも口角が上がってしまう大きな原因のひとつなのだから、
もうこれは、このまま夕飯の支度が遅れちまっても、同罪だよな?
「・・・・・・不満なわけ、ないだろ・・・バカKK」
ちいさく、咎めるように唇を尖らせて言った言葉を肯定のサインと受け取って。
シャツのボタンに手をかけたKKに、仕返しとばかりに暁人が囁いた。
「・・仕方ないから、さ。煙草の匂いのする洗濯物も、たまには・・・許してあげる」
ー今日もKKと一緒にいるって実感できる匂いだからね。
「・・・はは、完敗だよ」
思わず口に出した、敗北宣言。ふふ、と笑う唇を塞いで、それ以上はもう言葉になんてさせない。塞がれた唇が次に言葉を放つのはもう、自分の名前だと決まっているのだから。
「ねぇ・・・・KK、いま、僕・・・とっても、しあわせだ」
「ああ・・・・オレもだよ、暁人」
お日様の匂いは、しあわせのにおい。
ならば、お日様を纏うオマエは、オレにとっての幸せそのものなんだろうな。
END.