ぬいぬい「こんにちは」
エドから連絡を貰った暁人は暖かい昼下がりの中、アジトへと顔を出した。中にはエドとディルの二人だけで、他の面子は外へと出かけているようで、とても静かだ。外せない作業があるのか、エドはこちらを振り返りもしない。代わりにディルが「少しだけ待っていてくれ」と声をかけられ、ボディバッグを部屋の片隅に置いた。
「うーん、どうしようかな…」
遠目から見ても、まだ終わりそうにない。待っていてくれと言われたが、特にすることもなく、手元に本でもあればよかったが、生憎購入した雑誌は全て読み終わってしまっている。再び目を通すのもありだなと、テーブルへと視線を動かす。
「……」
流石に積みすぎだと三日前に片付けたはずのテーブルの上が、書類に埋もれている。書類の隙間から、空の栄養ドリンクとカップ麺が見え、肩をすくめ、溜息が出る。仕方がない、書類は後でKKがいる時にして、ゴミだけでも片付けようと空瓶を取る。
「ぬい…」
「……」
テーブル上の現状にばかり注目していた為、書類の上に小さなぬいぐるみが立っていることに気づかなかった。大きさは約十センチぐらいで、丸い人型。黒い髪にスーツと草臥れたトレンチコート、無精ひげ、二頭身でよくある大きいが目つきの悪い瞳、よく見ると、KKに似ている気が…
『ああ、それはKKだよ』
「え?」
『正確には式神で、KKの分身体だ。先日完成した特殊な式神でね。依代にエーテルを注ぐと形成する仕組みになっている。分身体、故に、三分の一程度だが力も使える。霊視や穢れを祓うことも出来る。素晴らしいだろう。ちなみにぬいと呼ばれるぬいぐるみを基にしてみた。』
「え、霊視も?え?すごっ、てか、本当にKKっぽい!」
書類の上に立っているKKの分身体、基、おじぬいは誇らしげに立っている。手に持っていた空瓶を再びテーブルへと戻すと、手をおじぬいの前に差し出した。
ぽむっ、暁人の手の上へと移動するおじぬいの音に可愛すぎると喚き散らかしそうになるのを、ぐっと耐える。手の上で寛ぎ始めたおじぬいを落とさないように畳まで、移動する。未だにエドが説明しているが一人と一体は全く聞いていない。
「僕の手の上で寛がないでよ」
「ぬい!」
「言葉はぬいしか喋れないんだね」
「ぬー」
「可愛いー」
指で丸い頬をつつく、ぬいぐるみ独特の布の感触に、本当にぬいぐるみなのだとわかる。
『ちなみに三分の一だからなのか、理由は不明だが、本人の気持ちが表に出やすいようだ。先ほどもイライラして、煙草を吸おうとしていた』
「KKらしいなー、煙草はめっだよ、KK」
思わず、幼稚言葉になりながら、人差し指を顔まで持っていく。
ぎゅっ、短い小さな手で掴まれ、この小さな体のどこにそんな力があるのか不思議に思う力で引っ張られると、人差し指に大事そうに頬まで持っていく。
「ぬぬい…(あきと)」
人差し指に頬擦りしてきたのだ。
「ーーーーーーーーーーーーーっ‼‼‼‼」
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「たく、後でもいいだろうに…」
「仕方ないでしょ、もう終わったことなんだから、ぐちぐち言わない!」
不機嫌なKKと、それを窘めるように凛子が腕を組み、アジトへ戻ってきた。エドへ報告しようと室内へと入ってくると、畳に顔面から倒れこんでいる暁人の姿が見え、二人の身体が飛び跳ねる。
「暁人⁉」
「え?どうしたの?」
『●時▲分、死亡確認。ご臨終です。』
「はぁ?」
「死因は?」
凛子は暁人の片手に慌てた様子のおじぬいが見えた為、現状を把握するのが早かった。
『キュン死だ』
「キュン死かー」
「はぁ?????」