『祝福』「家買った!?」
「うん、てか声大きい」
兄の言葉に私は思わず声を上げた。いや、だって普通驚くでしょ? そんな話聞いてないよ? というか私達って結構な額の貯金してなかったっけ? え、まさかそれ全部使ったとかないよね・・・? もしそうならさすがに怒るよ?
「はぁ・・・KKと割り勘で出したの」
「家を割り勘で買うって・・・」
煙管を片手に煙を吐き出した兄の姿は今の服装と相まって中華マフィアのボスみたいな風貌だ。だって黒シャツにネクタイしてサスペンダーして白いファー付きの黒コート羽織ってスラックス穿いてかかとの高いブーツを履いたんだよ? どこからどう見てもヤバい人だよ!おまけにサングラスまでしてなんかじゃらじゃらしたの耳にも付けてるし!黒革の手袋まで着けて!そしてその隣にはKKさんがいて、二人揃って同じ仕草をしているものだから余計に雰囲気が出ている。私がこんなところにいていいのだろうか?てかここ禁煙なんだが
「KKと暁人さんがマフィアみたいになってる」
「絵梨佳、そう言うのは口に出しちゃ駄目だから」
「だって公園のベンチに座って煙草吸ってるだけなのに様になるんだもん!」
「端から見ればヤクザが公園でタバコ吸っているように見えるもん。またはマル暴」
「お前なぁ・・・」
KKさんが呆れたように溜息をつくと、兄は煙管を仕舞って麻人くんの方を見る。あの子供の名前で、私の『麻里』と兄の『暁人』の名前から一文字ずつ取った名前らしい。何とも安直だが麻人くんも喜んでくれたようで良かった。兄の目線の先では砂場で団子をこさえている麻人くんの姿があった。鼻唄を歌いながら楽しげに作っていて微笑ましい光景である。ちなみに今いるのは近所の児童公園だ。今日は天気も良いこともあってか家族連れが多い。
「で、なんでいきなり家なんて買ったわけ?」
「いや、俺も最初は賃貸とかマンション借りようかと思ったんだよ。そしたら暁人が事故物件ないかって聞いたらあるって。で、そこから元々安かったのが暁人が祓ったおかげで更に安くなって割り勘で購入」
「もう引っ越しも完了したし」
そう言うと兄は煙管の火を消してコートに仕舞って立ち上がった。砂場にいる麻人くんの元へ歩いていくと、頭を撫でたり抱き上げたりしている。どうやら麻人くんもお兄ちゃんが来たことでテンションが上がったのかキャッキャとはしゃいでいた。
「でも大丈夫なの?お化けとか出たら怖くない?」
「いや、何もかも尻尾巻いて逃げた。暁人と俺じゃ力の差が一目瞭然だからな」
「前にマレビトに囲まれてアレコレされかけていたところを助けたのはどこの誰だっけな~?」
お兄ちゃんの言葉にKKさんが肩をすくめる。アレコレって何だろう?と首を傾げていたらお兄ちゃんが苦笑しながら教えてくれた。
「・・・笑えねえことだよ」
サングラス越しに見えた兄の目が死んでいた。余程酷い目に遭わされたようだ。私はそれ以上聞くことを止めた。というか聞かなかったことにした。
「そもそも僕はね、本気の手加減を常にしてるんだけどね。それこそ全力全開だと相手どころか建物崩壊させちゃうし」
「だからそれで更地にさせたことは未だに脳裏に焼きついてるからな」
「悪かったって」
麻人くんを抱き上げながら話す兄はどこか楽しげだった。
「そうだ、今度家に遊びに来てよ」
「いいけど、突然どうしたの?」
「僕達の家を見てもらいたくて。それにせっかくだし皆でさ、バーベキューしようかと思って」
「どうせタイムセールの安い肉でしょ?」
「絵梨佳、買った家が狭そうだからってそういう事言っちゃいけません」
「凛子、お前も失礼なこといってるぞ」
「まあ、6LDK250坪の庭付きだけどね~」
兄が麻人を抱いたままKKと並んで歩く姿を見ながら皆で呆然として固まった。
「マジか・・・」
****
「麻人、入るよ」
部屋に入ると、中はぬいぐるみの山ができていた。ベッドの上にも床にも所狭しと置かれている。おもちゃ箱の代わりに使っているトランクは開けっぱなしで中には千切れたぬいぐるみの手や足などが入っていた。
「どこにいるの?もう」
部屋の中を見回しながら声をかけるが返事はない。どうしたのかと不安になったとき、ぬいぐるみの山が動いた。
「あ・・・」
その声に安心して僕は笑みを浮かべる。
「なにしてるの。そんなところで」
「うーん・・・かくれんぼぉ」
そう言いながらまたぬいぐるみの中に埋もれていく。僕は苦笑いを浮かべた。とりあえず、麻人の手を引いてぬいぐるみの中から引っ張り出す。
「もう、寝るなら自分の布団で寝ないと」
「だって、ひとりじゃさみしいんだもん」
麻人は少しむくれた表情をして僕の腕にしがみついてきた。そのまま引っ張って一緒にソファーまで行くと麻人を座らせる。
「今日は庭でバーベキューするから、早く起きて準備しないといけないんだよ。だからそろそろ起きよう?」
「ばーべきゅー?」
「うん、お母さんとお父さんの知り合いも叔母ちゃんも来るから、麻人もおいで」
「ほんとう!?」
麻人が嬉しげに笑う。僕に抱き着いてきながら目を輝かせている。その頭を撫でながら微笑んでみせる。
「本当だよ。だから今日は朝ごはん食べて着替えたらすぐに行こう」
「やったぁ!」
ぴょんっと跳ねると麻人はクローゼットの中へ走っていった。そして服を取り出してきていそいそと着替え始める。その様子を見てから階段を降りてキッチンに向かうと冷蔵庫を開けた。
「やっぱりこれしかないかなぁ・・・肉はバーベキューに使うし」
野菜室からレタスを取り出す。冷凍庫からは鮭の切り身。それらをシンクに置いて、まな板と包丁を用意していると麻人が下りてきた。
「今作ってるから、冷蔵庫に牛乳入ってる」
鮭をレンジで解凍している最中にレタスを一口大に切る。
リビングに視線を移すとKKが麻人に話しかけていた。僕が声を掛けるとKKが振り返ってこちらを見る。
「お茶飲むか?」
「うん」
「今日は?」
「シャケチャーハンだよ!」
「わーい」
解凍したシャケをグリルに入れて焼いている間にフライパンを温めてバターを溶かす。そこにご飯を入れて炒めてから先程のレタスと鮭を入れる。それから水分が飛ぶように火を通す。味は鮭の塩気で十分だ。
「できたよ」
テーブルに着く二人の前にそれぞれ配膳すると、皆揃って手を合わせた。
「いただきます」
「いっただっきまーす」
「・・・いただきます」
KKの隣に座っていた麻人はスプーンを持って勢い良く頬張り始めた。それをKKが呆れた様子で見つめる。
「ほら、ちゃんと噛めよ」
「ふぇ?」
「口に物入れたまま喋るな」
「むぐっ」
「あんまり調子に乗るなよ」
「ん」
麻人の笑顔を見て僕も笑った。
****
「ようこそ~我が家へ~」
兄が玄関を開けると、広い部屋が私たちを迎え入れた。室内はシンプルだが、よく見ると家具はどれも上質なものを使っているのが分かる。
「事故物件だから安く手に入ったし」
「おまけに暁人が祓ったからそのお礼も兼ねて価格がさらに下がった」
「しゅっけつだいさーびすってやつだ」
兄の腕に抱えられていた麻人くんが言う。どうやら難しい言葉を知っているようだ。
「ガチの成金」
「正直に言って羨ましい」
《事故物件ということは幽霊屋敷ということになるのか?》
絵梨佳ちゃんや凛子さんが口を開いて、エドさんがボイスレコーダーを再生する。デイルさんは目を輝かせていたけど・・・
「何でお前がいるんだよ」
「彼に呼ばれたのだから来るに決まっている」
KKさんが絵梨佳ちゃんのお父さんといがみ合っている。
「けんえんのなか」
「喧嘩するほど仲が良いとも言うね~」
「・・・そうか?」
「そう見えるか?」
KKさんが困惑していると、後ろから咳払いが聞こえた。
「え~、それでは、これより第1回バーベキュー大会を開催しますー!あ、あと次から不定期にやるからね」
兄が声を上げ、ドアを開けると、そこには広い庭があった。庭にはテーブルが置かれていて、その上には大量の食材が置かれている。
「雑草生え放題だったからちょっと手入れしたんだ」
兄はそう言いながら庭に出ると、庭の端にある大きな木の方へ向かった。
「あれは・・・」
「桜の木だよ、死体は埋めてないから安心して」
「そういう心配じゃないです」
私が思わず突っ込むと兄はケラケラと笑って見せた。バーベキューが始まると、麻人くんは楽し気に料理を食べたり遊んだりしていた。
「はーい、麻人の好きなハツですよ~」
「わーい!」
「子供ながらにしてハツとはツウだな?」
「あとホルモンすき!」
「へぇ、意外」
「私も好きだな」
「凛子も?」
「どちらかと言えばハラミかな」
「ハラミかぁ」
「俺はタンが好きだな」
好きな肉の部位を話始める大人たちを横目に私はひたすら野菜ばかり食べていた。
「麻里、お肉食べないの?」
「いやちょっと・・・」
兄とKKさんのラブラブっぷりと麻人くんの可愛げな仕草で胸焼けしてしまった。
「暁人、この場で何だが・・・」
KKさんがテーブルに皿を置くと、ポケットからおもむろに小さい箱を取り出した。
「これ受け取ってくれないか?」
その言葉と共に開かれた小箱の中には指輪が入っていた。その光景に誰もが固まる。
「KK?」
「お前に渡そうと思ってたんだが、機会を逃しちまってて。でもやっぱり俺にはお前しかいないと思うから、受け取ってくれるか?」
「・・・」
兄は両手で口を覆って目を見開いていた。それからゆっくりと口元を緩めて満面の笑みを浮かべる。
「喜んで!」
「ありがとう!」
突然のプロポーズに皆固まっていたが、直ぐに拍手が巻き起こる。
《まさかの展開だな》
「一線行ってると思ってたけど越えてた」
「まさかな・・・」
「おめでとう!」
感極まったのか、兄は涙を流していた。KKさんは指輪を兄の指に嵌めると、兄はその手を愛おし気に見つめている。
「幸せになろうね」
「当たり前だろ、てかもうなってる」
二人は見つめ合うとそのままキスをした。それを見ていたデイルさんがヒューっと口笛を吹き、麻人くんがキャッキャと騒ぐ。
「たばこの匂い、嫌いじゃない」
「そうか」
「もっとする?」
「ばーか」
「えへへ」
の一方で
「お肉食べれない」
「胸焼けしそう・・・」
「野菜のおかわりを貰えるか?」
イチャイチャぶりに私と同じような被害を受けていた人がちらほら