ある日の休日私は兄とくつろいでいたところ、兄が口を開いた。
「そういえば記憶を失う前の僕ってどんな感じ?嘘偽りなく答えて」
一瞬、言葉に詰まった。記憶を失う前の兄について今の兄に聞かれた。いつか来る質問だと思っていたけど、
「・・・普通だよ」
「えっ?それだけ?」
「うん、だって、本当に普通なんだもん」
「ふぅ~ん・・・」
小指で頭かきながら、納得したようなしてないような顔をしている。
「まぁいいや。出かけるけど来る?」
「もちろん、お兄ちゃんが帰れなくなったら困るからね!」
「そっちか・・・」
「それにお兄ちゃんに着て欲しい服装もあるから!」
「何・・・顔、怖い」
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「変じゃないよね?」
「ちゃんと似合ってるよ!」
麻里が僕に着せたのは緑色のワンピース。それも裾が短くて下に穿いているドロワーズが見えるほどだ。頭には花の飾りが付いたうさみみのカチューシャを着けられ、足には奇抜な色のタイツを、おまけに厚底のオレンジ色のサンダル。ポーチまで女物になっている。髪もアイロンで緩くカールされている。
「ねぇ、この格好おかしくない?」
「全然!むしろ可愛いよ!」
「そうかなぁ・・・」
鏡が無いから自分の姿が確認できない。でも麻里の言葉を信じよう。
「じゃあ行こうか!」
玄関を出て歩き始めると麻里は僕の腕にしがみついてきた。
「ちょ、ちょっと、麻里!?」
「なに?どうしたのお兄ちゃん?」
「いや、その・・・歩きづらいんだけど、おまけにヒール高いし」
「気にしない、気にしない♪」
麻里が離れることは無く、そのままの状態で町中を歩く。それから僕たちは色々な場所に行った。水族館や映画館、遊園地などなど。どれも僕にとっては初めて見るものばかりで、感動していた。でも、やはりというべきか、何も思い出せない。
「やっぱり思い出せない。アルバムを見れば自分がどういう人間だったのかは見える。けどあれはケースに入った標本みたいな感じ」
僕は空を見上げながら呟くように言う。
「それならこれから作ればいいんだよ!」
「作るって言っても何をすれば良いんだろう?」
「そうだなぁ・・・まずは友達とか恋人を作ってみるっていうのはどうかな?」
「無理だと思う。そもそも恋愛感情すら抱いたこと無いし」
「そうなの?まぁとにかく色々やってみないと始まらないよ!私が協力するからさ!」
「ありがとう、麻里」
妹のおかげで少しだけやる気が出てきた。夕方になり、家に帰る途中のことだった。僕はある店の前で歩みを止めた。骨董品等が並ぶ、いかにもそれっぽい雰囲気を出している古びた建物だ。気になった僕は店の扉を開く。するとそこには初老の男性が立っていた。
「いらっしゃい」
男はこちらを見ると軽く会釈をする。
「こんなところに若い子が来るなんて珍しい。まあ、ゆっくりと見ていくといい」
店内には様々なものが並べられている。中には壺などの美術品もあり、見ているだけで楽しい気分になる。
「こんなの見てて何がいいの?」
「口を慎め」
注意すると、麻里はすぐに黙り込む。ついでにお口チャックのジェスチャーまでしてた。
「これは・・・」
「ポラロイドカメラだよ、ちょいといわく付きだが・・・」
僕はそれを手に取るとじっくりと眺めた。フィルムを入れる部分やシャッターの部分、レンズなど細部までよく観察する。パシャッという音と共に突然フラッシュが焚かれ、写真が撮られる。僕は慌てて店主の方を見る。店主はニヤリと笑みを浮かべていた。パシャッと再びフラッシュが焚かれる。出てきた写真をみると何処かの景色や人物の一部を写したようなものだった。
「押してもないのに写真が勝手に出てくるいわく付きのカメラだ。君のような年頃の子が欲しがるものではないが・・・何か感じるものがあったのかね?」
僕は手に持ったポラロイドカメラをまじまじと見つめる。
「あの、これいくらですか?」
「売り物ではないのでね、タダでいいよ」
「えっ?いいんですか!?」
「もちろん」
「わかりました!ありがとうございます!」
僕は店を後にした。
「なにかいいものあった?」
「まあね」
「は?譲った!?」
男の言葉に俺は耳を疑う。
「あのカメラが欲しいとせがんできてね、つい」
「ついじゃねぇよ!」
「いいじゃないか、彼だって喜んでいたぞ?」
「そういう問題じゃない。欲しいって言ったのはどんなヤツだった?」
「結構個性的な服装だったから覚えておるが」