暁人の表情はくるくるとよく変わる。
そういえばそんなタイプの人間、周りにいなかったな。
凛子は常に切れ気味だし、絵梨花がオレに向ける視線には思春期独特の冷ややかさが含まれている。エドとデイルは言わずもがな。
自分の妻や息子に至ってはすでに記憶の片隅から抜け落ちている。
「どうかした?」
忙しそうに動かしていた手を止め、ちょっといたずらっぽくこちらを見つめてきた暁人と目が合った。
咄嗟に返すべき言葉を探す。
「…いや、何事もないならいいんだ」
視線を逸らした先の時計を見て慌てる。しまった、今日は凛子と待ち合わせだ。遅れたら何を言われるかわからない。「ちゃんと戸締まりしておけよ」それだけ言うと待ち合わせ場所へ向かう地図を頭の中に描き玄関を飛び出す。
───
凛子との打ち合わせの後、エドから次の依頼の資料を受け取る。
資料の中身をざっと確認したところ次の現場はそう遠くはないようだ。思い当たることもあったため、下見を兼ねて普段とは違う駅で降りる。
───
「ただいm…」
リビングへの扉を開けた瞬間暁人に飛びつかれた。
「KK、無事でよかった…」安堵の声を漏らす暁人をそのまま抱きかかえながら一旦ソファに座らせる。
「心配してたんだよ」「出掛ける前の様子がいつもと違ったし、凛子さんと打ち合わせするだけにしては帰りが遅いし」怒っている顔も可愛いだなんて、自分の弁明をするのも忘れて見つめていると今度は今にも泣き出しそうな顔になる。
「すまなかった」オレのことをここまで心配してくれる人がいるのだと胸の奥がキュッとする。
「前にお前がこれ食べたいって言ってたの思い出して」
手渡した紙袋に書かれたロゴを見て暁人の表情がパッと明るくなる。本当にこいつの表情筋はどうなっているんだ。
「ここすごく並ぶお店じゃん」猫又印のシュークリーム。暁人に抱きつかれた衝撃でちょっと歪んでいるけれど。
「ありがとう、KK、コーヒー淹れてくる」
キッチンに向かう暁人を見送るオレの表情は今どうなっているだろう。
怒った顔も泣いている顔も全部が全部愛おしいけど、やっぱりお前には笑顔が似合うよ。