一瞬のことだった。突然やって来た男が拳銃を引き抜いたところ、麻里が一気に詰め寄り、男の顎を掌底で打った。そこから腕を掴んで引くと、股間に膝蹴りを入れる。その一撃で、男は膝を折って倒れた。麻里は倒れていく男の手に握られていた拳銃を奪い取り男の額に押し当てた。
「おい目的を言え、でないと命はないぞ」
普段とは違い、若頭としての話し方だった。感情は無く、冷酷な響きに満ちている。
「わ、わかった。言う、言うから助けてくれ」
「何があった?返答次第ではどたまカチ割るぞ」
「絵梨佳を取り返すのとアマを殺せと上から命令があったんだ。」
「・・・で、なんで狙うのかちゃんとした理由を言えやどたまかちわるぞ」
「え、ええ絵梨佳は会長のむ、む娘でして、あのアマは裏切者だと言われて」
「絵梨佳ちゃんってヤクザの娘だったのか、まあ私も兄が組長だし。で、何処の会か言え」
「き、如月会です」
「で、お前はなんだ?」
「下っ端です」
「よし殺す!」
「ひっひぃ~!」
「ちょっと僕がいない間に何があったのさ!?」
これは僕がいない間に起きた出来事だ。徹夜明けで叩き起こされて何かと思えば、麻里が拳銃を向けながら男を脅していた。だがその前に顔を洗わせれくれ。
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状況を把握すると、突然如月会の一員がやって来たが、麻里があっさりと捕まえたので今は部屋で大人しくしている。どうやら絵梨佳ちゃんの奪還と凛子さんの暗殺を命じられたのだそうだ。だが、なぜそこまでして奪い返そうとするのだろうか?そんなことを考えて数日後
「やめて~!!」
御影さんが涙目になりながら改造した除細動器を背負って、眼鏡をかけた知らない男に馬乗りになって、パドルを近づけて今にも感電させそうなところを男が必死で止めている。
「こんなのがいるって聞いてないぞ!!」
「殺さないでください~!!」
「それはこっちの台詞だ!!」
「侵入者が来たと聞きましたがこれは一体・・・」
月山さん達が駆けつけてきたのだが、この状況に絶賛困惑中であった。
「え~何さー?なんか変な声聞こえてきたんだけどねー」
そこに常に酔っぱらっている坂本さんが来るとさらに混沌と化していく。
「ちょ、ちょっと!何が起きてるの!?」
たまたま通りかかってきた凛子さんがこの状況を見てびっくりしていた。あーもうこれ収集つかねえわ
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「デ、デイル!!」
「あ、ああぁ・・・」
部屋の中で縮こまっている2人、眼鏡をかけている方はなんともないがもう一人は完全に恐怖で泣いていた。
「喧嘩を売る相手を間違えたようですね」
「持っていた武器が拳銃だけって鉄砲玉の扱いかしら?」
「ケジメはつけるから!」
「殺さないでくださ~い!」
月山さんと真知子さんが2人を問い詰めている。月山さんはともかく真知子さんは完全に楽しんでいる。
「ねえ、これってどういう状況?」
2人の様子を見ていると坂本さんが話しかけてくる、相変わらず顔を真っ赤にして酒の匂いを漂わせるている。
「前に入ってきた凛子さんと絵梨佳ちゃんのこと覚えてる」
「あーあの変な髪型の人と女の子か」
カップ酒を片手に聞いてくる坂本さん。
「あの2人は如月会の人らしいんだけど、絵梨佳ちゃんの奪還と凛子さんの暗殺を命じられたみたいなんだ」
「なるほど~で、なんであんなに怯えてるの?」
「月山さんと真知子さんが問い詰めてるけど」
「なるほど理解した」
「酔っていても理解できるんだな」
「俺ちゃんがお酒飲むのは皆に迷惑をかけたくないためなんだもん!だってお酒無くなったら一人でシマ荒しするし・・・」
しょんぼりした顔で言ってくる。迷惑をかけたくないと言う理由でお酒に溺れる人は滅多にいないと思う。
「にしても、なんで如月会ってヤクザが絵梨佳ちゃんを狙うのさ」
「麻里によれば如月会会長の娘らしいけど」
「え!?如月会!?あの如月会!?」
如月会という言葉を聞いた瞬間、溶けた表情が一瞬にして驚愕の表情へと変わる。
「その如月会」
「マジか!カチコミの予定は?」
「未定、時期になったら禁酒命令出すから」
「酒飲んでる場合じゃねぇな、組長も着替えなきゃな」
「あー・・・」
あれ着るの嫌なんだけどな
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「あ、ありがとうございます」
「あー温かい緑茶だぁ~」
問い詰めが終わった後、お茶と菓子を2人に出した。どうやら会長に脅され絵梨佳ちゃんを奪還するように命令されたようで、根っからの悪人ではなさそうだ。
「あ、あの」
「何か?」
「何故曲者である僕たちを殺さないんですか?」
「根っからの悪人じゃなくて環境のせいでそうなってしまった人は殺したくないし」
「でも僕らはあの2人を殺そうとしたんですよ!?」
「まだ何か事情があるんでしょ、そうじゃなきゃあんな怯えた声で助けを呼んだりしないし」
2人はバツが悪そうな顔で下を向く。
「あの男は権力と金にしか興味がなくて、僕たちのことなんて道具としか思ってないんです」
「それで君たちは鉄砲玉にされたわけ?」
「もうどうでもいいんです。何度も死のうと思いました。でも、会長がいる限りそんなことはできなくて・・・」
「じゃあ僕が君達二人を雇って安定した暮らしを提供させるって言うのはどう?」
「え、そんなことできるんですか?」
「これでも僕は伊月組組長だから、それなりの権力はあるよ」
まあ極道社会は完全な縦社会だしな。上の発言なら下は絶対に逆らえないから僕の言葉だったら従うだろう。
「ただしばらくは僕の下で働いてもらうけどいい?」
「わ、わかりました」
「よかった・・・。ちゃんとご飯食べてる?あんまり顔色良くないけど」
「ロクに飯すら食えない生活で・・・」
「ちゃんとした物を食べないと体壊すよ」
僕は2人の肩を軽く叩きながら言う。常にこき使われていたのか、2人ともボロボロだった。
「あの」
「どうしたの?」
「絵梨佳ってどうやって生活してるんですか?僕たちみたいに暴力を振るわれていたりとかは・・・」
「・・・心配なら会いに行く?」
僕は絵梨佳ちゃんのいる部屋のドアを開ける。中では麻里と一緒に真知子さんから勉強を教わっていた。
「ここの数式はこうすれば解けるはずよ」
「真知子さんの説明って分かりやすいね」
「でしょ?」
「え、絵梨佳」
「エド!?デイル!?」
「あ、あの時の髭面のおっさん」
部屋に入るなり、絵梨佳ちゃんは知っている素振りを見せ、麻里は悪態をついて、真知子さんはいつも通りの笑顔で出迎えた。
「何用だ?場合によっちゃどたまカチ割るぞ」
「麻里ちゃん落ち着いて!」
麻里が関節を鳴らして二人を見るのを絵梨佳ちゃんが止めようとする。
「組長、二人をどうするか決めたのね」
「うちで雇うことにするよ。でも、その前に組の奴ら全員に知らせないとな」
「お兄ちゃん、もしかして」
「カチコミに決まってんだろ?」
僕はとびっきりの笑顔で答えた。