昼下がりのリビング。
「愛」
「ぱーぱー!」
ボーロの袋を片手に愛を呼ぶと、愛がドタドタと音を立てて高ばいのような状態で俺に飛び付く。
「ボーロだぁ!」
「これが欲しいのか?」
「しーの!」
「じゃあ俺は誰?」
「ぱぁぱ!」
「じゃあこの人は?」
スマホの画面に暁人を写して見せる。
「まぁま!」
「じゃあママの妹は?」
「まりちゃ!」
質問に次々と答えていく。言葉の意味を理解して話していることに成長を感じた。
「良く言えたな!」
「わーい!」
俺から袋を受け取り、ボーロを食べる。その姿を眺めていると愛がボーロを俺に差し出してくる。
「ぱぁぱあげる」
「ありがとうな」
俺は受け取ると口に放り込む。口の中でホロホロと溶け、ほんのりと甘い味が広がる。
「おいしー?」
「おいしい」
「ヘヘッ」
これほどまで幸せなことってあるだろうか娘と二人で平穏な日常を
「KK!!」
過ごせるわけなかった。
****
「バレンタイン?お断りだ!!」
暁人がバレンタインにまた俺宛に作りたいというが断固拒否。去年は散々な目に遭った上、人間をやめてしまったのだ。
「お前去年に何作ったか覚えてるか!?」
「肉片入りチョコレート」
「正直でよろしい」
「でもKKなんともないし」
「今はな。またあんなの作られたら堪ったもんじゃねぇ」
「そんなんじゃないから」
「ばーたいん?」
「バレンタイン、大好きな人にチョコをあげる日だよ」
「まなまりちゃにあげる!」
暁人の言葉に愛が完全にやる気になってしまった。これはもうやるしかないと悟り、手伝うことにした。
「で、どうするんだ?」
「麻里にあげるならクッキー作ろうかと思ってる」
「俺のトラウマ抉らなければなんでもいい」
「分かった」
「その前に愛は着替えようね~」
暁人は愛を軽々と持ち上げて、部屋に連れて行く。しばらくして愛が戻ってくると、可愛らしいワンピースに着替えていた。
「愛は可愛いなぁ~」
「てれ~」
「じゃあ始めよう!」
こうして愛のためのクッキー作りが始まった。作っている途中、粉をぶちまけたり暁人が余計な隠し味を入れようとしたり愛がつまみ食いしたが紆余曲折あり完成した。暁人は電話で麻里を家に呼ぶ。しばらくしてから麻里が家にやってくる。
「お兄ちゃん久しぶり、いきなり電話が来たからびっくりしたよ」
「急に悪いな」
「いいよ、全然。それより愛ちゃんは?」
麻里が部屋を見渡す。するとエプロンを付けたままトコトコとやってきた愛は麻里に抱きつく。
「まりちゃ!あげる!!」
愛は手にしていた袋を麻里に渡す。
「もしかしてクッキー?凄いね」
「愛が麻里にあげるんだって」
「私、愛ちゃんに好かれてたなんて嬉しいな」
麻里は笑顔で袋を受け取ると中身を確認する。
「おいしそう」
「がんばた!」
「本当にありがとうね」
麻里が頭を撫でれば愛が嬉しそうに笑う。俺と暁人はこの光景を微笑ましく見ていた。だが、気になることがひとつ。
「なあ、暁人これどうするんだ?」
失敗作の山を指差しながら俺は問う。
「もちろん食べるよ」
「だよな」
「責任は半々ってことで」
俺と暁人はため息をつく。結局、クッキーを食べ終わるまでに二日かかった上に俺はしばらくクッキーにトラウマが残った。