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    ムー(金魚の人)

    @kingyo_no_hito
    SS生産屋

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    年越しそばをたべるモクチェズ。

    モクチェズふたりとも元気に世界を征服しながら幸せに長生きしてほしいですね!
    今年1年拙作をご覧いただきありがとうございました~!

    #モクチェズ
    moctez

    ミカグラ島でクリスマスを過ごした後、モクマとチェズレイは西南の第三国に一軒家を拠点として構えていた。療養と休暇で費やした1ヶ月のインターバルを経て、年内はゆっくりと下地を作り、年明けから精力的に征服活動を再開すると意気込むチェズレイにモクマも賛同した。
    チェズレイは2階の書斎で作戦を練るというので、夕飯作りはモクマが買って出た。
    広いキッチンスペースに感謝しながら、モクマは料理に取り掛かる。献立は既に決まっている。
    かつお節を濾して作っただし汁に醤油、みりん、砂糖を加える。煮立てている間に、サラダ油で満たされた別の鍋を覗く。グツグツと熱せられたそこに衣の素をスプーンで少し掬って散らす。パチパチと弾ける音がモクマに「準備万端だよ」と告げた。
    背わたを取って殻を剥いた海老を卵液と小麦粉の海にくぐらせ、油の海へダイブさせる。
    お次は寸胴に満たした水を沸騰させて、蕎麦を二玉投入。熱い湯の中で踊る灰色の麺を見るのが楽しい時間だ。
    「チェズレ〜、もうすぐ出来るよ〜」
    キッチンから声を張り上げる。返事代わりに2階の書斎扉が開き閉じる音が聞こえた。階段を下りる静かな足音に耳を済ませながら、エビの天ぷらを引き上げる。
    茹で上がった蕎麦を深めのお椀に移し、その上から麺つゆをぶっかけた。
    わかめと天かす、刻んだ油揚げと小ねぎを散らし、真ん中にエビの天ぷらを乗せたら完成だ!
    「……天ぷらソバ、ですか」
    モクマの目の前にチェズレイが立っていた。指を唇に添えて思案げに蕎麦を見下ろしている。
    「意外、って顔してるねえ」
    モクマがにやにやしながら問うと、チェズレイの目が持ち上がってモクマと視線が絡む。
    「年の瀬で浮かれていたあなたが、ディナーは任せてくれないかと張り切るものですから、どんな手の込んだ料理が出てくるのかと思ったのですが」
    「ははは。今年最後の料理がソバなんてって思ったかい?こいつはただのソバじゃないんだなあ」
    チェズレイがこてんと首を傾げる。親や先生に教えを乞う子供のようで可愛らしかった。
    「と、言いますと?」
    「知らない?『年越しそば』」
    「としこしそば……」
    チェズレイの視線が再び料理に落とされる。
    醤油ベースの黒いおつゆに浮かぶ灰色の麺、その上に飾られた海老の揚げ物とネギなどは「蕎麦」と呼ばれる料理と変わりない。「年越し」と頭に付くからにはこの日だけの「特別」が隠されているのだろうと推測する。存在感を放つ海老の天ぷらだろうか。しかし、これは今日以外でもよく目にする具材だ。使っている蕎麦粉が違うのだろうか。
    思考の海に沈むチェズレイを引き上げたのはモクマの声だった。
    「伸びちゃう前にまずは食べようか」



    「いただきます」
    チェズレイは箸を手に取り、麺を手繰り寄せた。口元まで引き揚げて、唇を控えめに開く。ゆっくりと息を吸い込んで、蕎麦を口内へ招き入れた。絡みついた麺つゆが熱い。そば粉の香り高さと歯ごたえある食感を楽しみながら咀嚼し、飲み込む。
    「美味しいです」
    「そりゃあ、よかった。久しぶりに蕎麦を打ったもんで太さとかマチマチになっちゃったけど、ご愛嬌ちゅうことで」
    モクマの言うとおり、お椀の蕎麦は太いのも短いのも混じっていた。
    「フ、それが『味』、風味というものなのでしょうねェ」
    「お、お前さんも段々分かってきたね」
    「あなたと居ると分かることも分からないことも増えるばかりですよ。たとえば、今日この日に蕎麦を食べる意味は何なのか?ですとか」
    海老の尻尾までを丸呑みしたモクマが、ごほんと咳払いをする。
    「いろいろ諸説あるみたいだけども、願掛けのひとつでね。一年の厄を落として、長生きできますように、ちゅう」
    「願掛け、ですか」
    チェズレイが今までの人生であまり触れてこなかった文化だ。霊魂の類も神の存在もおまじないも信じてこなかった。信じる意義を感じられなかった。未来とは己の手で切り開いてこそだと考えているからだ。
    だけども、モクマは違うらしい。思えば、ACE本社潜入前の飛行船ハッチでこの男は願掛けとして酒を口に含んでいた。縁起はいつでもいくらでも稼いでおきたいらしい。
    「蕎麦って細くて長いじゃない?だから、細く長く切れ目なく生が続きますようにって願って食べられてたんだよ」
    「フフ、こちらは切れ目ばかりですが?」
    チェズレイが蕎麦を持ち上げると、モクマ手製の麺がぷつりと千切れる。一口サイズになってしまった蕎麦を口に入れると、モクマは首をカクンと折って泣いた。
    「いじわる〜。あ、でもねえ、プチプチ切れやすいことから一年の苦労や借金の悪縁を切り捨てて来年に持ち越さない、って意味もあってね」
    「フ、ものは言いようですね」
    「願掛けってそういうもんだよ。とかく、年越し蕎麦を食べたチェズレイさんは長生き出来ます!おじさんがおまじないをかけておきました」
    得意げなモクマの言葉を聞いて、チェズレイは目を伏せた。食物を摂取している以上、血肉となりチェズレイの身体を動かすエネルギーに変換されることに間違いないだろうが、蕎麦ひとつに長生きを保証する能力はない。それは隣の男も分かっているはずだ。
    だけども、願わずにはいられない。願いたくなるのだろう。今生の限りではない、来世の絆を信じている人だからこそ。
    チェズレイに長く生きてほしいと。
    (さらには、「側」にいる、と「蕎麦」を掛け合わせているなどと邪推してしまうのはモクマさんの言葉遊びに慣れ親しんでしまった弊害なのでしょうかねェ)
    「……モクマさん」
    「んー?」
    「来年は私にも教えていただけませんか?蕎麦の打ち方を」
    「……!お安い御用ですとも」

    チェズレイは初めての年越し蕎麦を味わいながら誓う。
    来年はモクマと一緒に細く長く切れ目のない蕎麦を打とう。

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