ドレッサーの鏡越しにモクマと目が合う。今日だけで何度目になるだろうか。チェズレイは嘆息した。
ベッドの縁に腰掛けて足を投げ出している男は、チェズレイの身支度が終わるのを黙って待っている。
他にやることもあるだろうに、モクマはチェズレイの顔面の変化に興味津々のようだ。
数種類のパウダーやジェルを塗り重ねる度にチェズレイの左目に咲いていた醜い徒花は消えていく。元の皮膚と境目が混じり合って肉眼では見分けがつかないところまで完璧にメイクし、チェズレイは振り向いた。
琥珀色の熱い視線へ絡みつく。
チェズレイの顔を眺め、モクマの眦が柔らかく下がった。
「や〜、何度見ても素敵だ。キズがあるなんてここからじゃちっとも分からんよ」
世辞か本心か。
甘い言葉を吐くことに慣れた男をチェズレイは呼び寄せる。
「近くに来て確かめてください」
「心配性だねえ。お前さんの化粧術は完璧だよ、おじさんが保証する」
信頼を匂わせておきながら、下衆な男は軽やかな動きでチェズレイの眼の前へかがんだ。近くで確かめられることが嬉しいのだとモクマの眼は語っている。
「どうですか?」
「挨拶する距離でも全然分からないもんだ」
「では――」
――もっと近くではどうでしょう?
そう紡ぐはずの唇は、既に男の唇に抑えられていた。
チェズレイの鼻が啼く。モクマの匂いが――湿った土に似たスモーキーな匂いがチェズレイの鼻腔をくすぐる。
チェズレイと違ってモクマは何も化粧品の類を使っていないはずなのに。モクマの天然素材の体臭がチェズレイの身体を熱くさせる。
ぷはっ。
口づけを解く。チェズレイは口元に手の甲を押し当てた。あとでリップを塗り直さなければ。
「チェズレイ」
同じく口元を拭っているモクマの目が獰猛に光る。
「……キス、させちゃダメだよ。傷跡が薄っすら見える」
チェズレイは咄嗟に手で左目を覆い隠した。
初めての指摘に動揺する自分と冷静に分析する自分が分裂している。
冷静な自分が冷笑する。
問題ない。己の唇を奪えるのは下衆な忍者だけだ。
化粧も仮面もまとっていないニンジャさんだけが、口づけで身体の芯を熱して、化粧の下に隠されたチェズレイの傷跡を浮かび上がらせることが出来るのだ。