黄金時間 何かと鋏は使いよう、と同じことで、どんな道具であろうと人であろうと、使い方一つで無限に可能性を秘めている。僅かながらの知恵で工夫を凝らし、己自身の研鑽を積んできた隠し刀にとって、進歩とは文字通り一歩一歩進む地道なものだった。人間はいきなり跳べたりはしない。全身の筋肉を鍛え、どこへ向かえば良いのか判断するための知識が必要だ。
ところが世界は広いもので、進歩が駆け足どころか悠々と遥か遠くへと飛躍することもある。阿鼻機流はその最たる例だ。滑空の理屈は解れども、鳥のように飛ぶ発想は到底抱けない。思いつけること自体が一種の才能と言えるだろう。郷里の行き詰まった――ある種、一つの技術を突き詰めることに徹していた――社会から出た隠し刀は、長屋にやってきたその天賦の才能の持ち主を笑顔で出迎えた。
「伊賀七はすごいな。今度は何を作ったんだ?」
「腰を抜かしてくれても構わないよ」
に、と笑ったであろう飯塚伊賀七の表情は、彼が抱える大きな箱によってまるで見えない。手伝ってやって板の間に下ろすと、伊賀七は弾むような動きで風呂敷包みを解き、箱を開いた。箱から取り出されたのは、四角い桶にも似た枠である。覗き込めば、火鉢らしい土製の容器の中はつるりとした鉄板で上底されているようだった。
「これはね、料理の道具だよ。僕は、富雷焚阿(ふらいやあ)と名付けようと思っている」
伊賀七は胸元から帳面を出し、その勇ましい名前を披露した。どうやら相当気合が入った代物らしい。
「異人の家で、オーブンを見せてもらっただろう?あんな風に強い火力を出せて、七輪のように持ち運びができる道具があれば便利じゃないかと思ったんだ。ふらい、というのは英語で空を飛ぶという意味でね……おっと、また話しすぎてしまったな。君に一番に見せようと思って、つい意気込みすぎたみたいだ」
「構わない。伊賀七の話は面白いからな。うまく想像できないできないが、例えばここに油を張って」
揚げ物ができるのではないだろうか。富雷焚阿の内側に触れると、全面的に分厚い鉄板が打ち込まれていることが解る。持ち運びができるとはいえ、相当に重いだろう。
「御名答!いやあ、わかってくれて嬉しいよ。下から小型の捕火砲で温めるんだ。そうすれば、お座敷にも負けない天麩羅が楽しめるというわけさ」
「それは良いな」
天麩羅は気楽に屋台で食べられるものである。串に刺した熱々の具を食べるのは楽しい。が、到底寛いでのんびりする時間はない。もっと他の具を食べてみたいとチラリと思ったことがあるだけに、今回の伊賀七の発明は心踊る夢の実現だった。気心が知れた仲間で集まり、好きな具を持ち寄って各々揚げたらば盛り上がるに違いない。情人である福沢諭吉も、きっと酒と共に揚げ物を食べられる好機を存分に堪能できるはずだ。
「よし、今夜というわけにはいかないだろうが、人を呼んでやってみよう。天麩羅の宴会だ」
「そう来なくっちゃね!」
誰を呼ぼうか、いつにしようか。そもそも何を揚げようか、計画するべきことは山ほどある。懐紙と矢立を取り出すと、二人は額を寄せあって素敵な宴を思い描いた。
寒い日には熱いものを食べるに限る。それも本当ならば外でしか食べられないものを家で、となれば大変な贅沢で結構なことだ。情人の隠し刀に天麩羅の宴に誘われた諭吉は、一も二もなく承諾した。台所で揚げるのであればいさ知らず、皆で板の間で座って楽しめるとはお大尽遊びに匹敵する。もちろん天麩羅ほどの大事になれば、せっかくなのでと大勢誘うのは道理であるものの、二人だけで楽しめないものかと少々意地悪なことを考えたのは秘密である。
さて、朋輩から入手した甘薯を手土産に長屋を訪れた諭吉は、だだっ広かった部屋が際限なく活用されるのを初めて目の当たりにしていた。隠し刀と並んで調理した時には一家族が過ごすための家であることを痛感していたものだが、こうも人間が多くなるとひどく手狭に感じられる。何より冬場だというのにひどく暑い。
熱源の一番は、なんと言っても煮えたぎる油だ。板の間では伊賀七がマーカス・サミュエルと富雷焚阿なる装置を使って額に汗を流している。ひと抱えはある大きさの容器に入った油は量が多く、熱が通り切るまでには時間がかかるのだろう。ひょっとすると火事になるのではないか、と油の香りを嗅いだ諭吉は肝を冷やした。伊賀七に言わせれば、何度か実験を繰り返したので大丈夫とのこと、実にいつも通りの太鼓判なので却って心配になってしまう。
比較的涼しい水場の隅では、坂本龍馬と岡田以蔵がせっせとギンポと芝海老の下処理に勤しんでいた。なんでもこの魚介は、二人が賞金首を見つけた礼として手に入れたのだそうだ。諭吉の後に来た龍馬が、胸を張って輝かしい成果を披露してくれた様子がありありと思い起こされる。
「いやあ、運がえい。何を持っていこうか考えちょったら、正面から賞金首が歩いてきたがじゃ。ばんばーん、どーんっと行ってぎゅっとして番所に突き出いてね、金の用意がない言われたき、代わりにそこに置いてあったものをもろうたという訳や。狙い通りというやつじゃ」
「賞金首に気づいたんはわしじゃ。龍馬さんはぼーっとしちょった」
「以蔵!いくらなんでも、言い方っちゅうもんがあるがじゃろうが。ともかく、えいもんはえいもんじゃ。皆で食べよう、な!」
するりと入り込む以蔵の指摘は、さながら匕首のように鋭い。大雑把でおおらかな気質の龍馬と、正反対の幼馴染とのやり取りに、諭吉は思わず唇の端を持ち上げた。初対面の折には、龍馬を恐ろしいとさえ感じたのが嘘のようだ。どちらも人並みに人間臭くて温かい。隠し刀が懐くのも道理だった。二人が掛け合いをしながら下処理した具は、今夜の主役となって盛り上げてくれることだろう。
人間臭さと言えば、アーネスト・サトウは難しい顔をし、何故か卵を茹でている。懐中時計を使った調理法は、折り目正しい彼らしい。口直しでも作るつもりなのか、こちらは隠し刀や諭吉が尋ねても口をつぐんだままだった。
「驚きは最初が肝心だ。私の楽しみを奪わないでくれないか」
澄んだ瞳に真正面から頼まれて、断ることができる人間は少ないだろう。引下がりはしたものの気になって、あれから諭吉は自分の作業の合間にチラチラと様子を伺っているが、これといった変化は見られない。ただ、大量のゆで卵が出来上がるだろうことだけは推察された。もう一つの鍋で天つゆを温めているのだろう、醤油の良い香りが漂う。
土間に目を移すと、どん、と座った権蔵が真っ白な大根を抱えてしゃかりきになって働いている。栗を剥く時、あるいは蜜柑の皮を剥く時、人は自然と無言になるというが、大根もその一つであったらしい。権蔵は天麩羅に欠かせぬ大根おろしの担当だった。修験者のような熱心さで卸された即席の雪山は、ふわふわとした形のままで丼たちに配られてゆく。
具はこれだけでは全く足りない。隠し刀と諭吉は野菜類の準備をしていた。隠し刀は、手慣れた所作でささがき牛蒡を作り、水に晒している。山となって待ち構えているのは人参で、橙色が温かい。その先に待ち構える赤は甘薯で、諭吉は皮剥きや下洗いを手伝っていた。
「牛蒡をここまで薄く切れる人はなかなかいませんよ。紙より薄いのではありませんか?ほら」
隠し刀が切った牛蒡が飛んで、ひらりと諭吉の手に吸い付く。張り付いた欠片を剥いで目の前に翳すと、陽の光が透けて苦笑する男の表情が伺える。牛蒡はややもすると土臭さが際立つ野菜であるものの、ここまで薄くなると好ましささえ抱くのだから不思議なものだ。食感はどうだろうか。なんの躊躇いもなく口に入れ、じわりと広がるアクの逆襲に、諭吉は顔を顰めた。す、と水が入った湯呑みが隠し刀に差し出され、ありがたく頂戴する。ぽっと頬が熱くなり、どうにも相手と目を合わせられない。子供のような振る舞いをしてしまったことが今更のように恥ずかしい。
「皮を剥き終わったら、拍子切りにしてくれ」
「わかりました」
決まりの悪さを誤魔化すべく、せっせと黙って手を動かす。手先の器用さは今日も存分に発揮されて、うっとりするほど綺麗に切り揃えられた人参の束が出来上がる。元がどんなに歪で異なろうとも、包丁の下では躾けられた芸術品へと等しく変わる。揚げたらばさらに色艶が良くなって、瑪瑙のように輝くに違いない。甘薯を洗って輪切りにしてざるに並べると、諭吉は進捗はどうだろうかとぐるりを見まわした。と、目が合った伊賀七が弾けるように大きく口を開く。
「油が温まったよ!ほらほら、試しに一つ二つ揚げて見てくれよ」
「こちらも準備は終わった」
隠し刀の答えに続いて、他の面々も各々の獲物を手に板の間に上がった。マーカスが庭で冷やしていたという麦酒を取りに出かけ、寒い寒いと言いながら走って戻ってくる。グラスや茶碗が持ち寄られ、板の間が一気に人影で埋まった。皆、皆、楽しみにしていたのだ。誰ともなしに大きく唾を飲み込む音が響いた。
「それじゃあ、始めよう」
マーカスの音頭取りと同時に、串が刺さった海老がぽんぽんと油の中を踊る。黄金色に輝く油が瞬時にジュワッと大きく音を立てて出迎え、大量の泡を吐き出した。薄灰色が徐々に赤く染まり、てらてらと輝いて食欲を誘う。まだ何も食べていないというのに、麦酒がやけに美味しく感じられた。鰻屋の風下ではないが、一種の見立てが成立しているのだろう。揚がった海老は、運んできた龍馬と以蔵に与えられた。口に入れた第一声はひょお、だのひゃあ、だのと騒がしい。
「なんだ、火傷でもしたのか?」
流石の隠し刀も心配になったのだろう。魚を揚げていた男は表情こそ変わらぬものの、見る人にはわかる優しい眼差しで友人の様子を伺った。良い人なのだ、と諭吉は思わずため息を溢した。彼の良さに惹かれる身の上として、彼が普く人に分け隔てなく接する姿を好ましく思いつつも惜しさを覚えてしまう。生き方は人の勝手だが、情人が発する感情は苦さも甘さも全部独り占めしたくなるのだ。我儘な気持ちを麦酒で押し流していると、落ち着いた土佐人たちがようやっとまともな口をきいた。
「違う!」
「うまい!」
「そう、うまいんじゃ!」
もはやどちらが話したものかわからぬ程に感情が爆発している。喜びは次に与えられた人間にも移り、ハフハフとどうにか口を動かしながらもその感動を伝えようとバタバタ動くという、奇妙な踊りが広がりゆく。海老、魚、束ねた人参、甘いも苦いも燃え立つような熱さを胃の腑の底まで届けてくれた。雪山のような大根おろしが瞬く間に姿を消し、権蔵が仕方ない、と存外気を悪くした風もなく続きを仕込みにかかった。粗雑なようでいて、面倒見が良いのだ。
「麦酒は天麩羅によく合うねえ。これは富雷焚阿を改良した甲斐があるってものだよ」
「全くだ。驚いたよ、小さいにも関わらず火力が強いし、保ちも良い。調節が難しいから、一般に売るにはまだまだ改善の余地があるな」
上機嫌な発明家に応じる商売人の返答に、諭吉は海老を摘みながら頬を緩めた。何を一生懸命にやっているのかと思ったらば、流石はマーカス、ただ手伝っていただけではないようだ。商売のことなど何一つ考えていなかった伊賀七が、聞いているのかいないのか、明後日の返事をするところまでいつも通りである。
「諭吉、牛蒡のかき揚げを食べないか」
「いただきます」
すっかり揚げ役になった(矢張り鍋と同じで仕切る人間がいた方が好都合なのだ)隠し刀が、花鰹のようにふわふわとした牛蒡を丼に着地させる。鼻をくすぐるのは胡麻油の香ばしさ、ほのかに混じる湿った土の香りだ。先ほど摘み食いした失敗を思い出しながら、そうっと一口、齧る。パリパリという威勢の良い音と共に大地の恵みは柔らかく崩れ、じんわりとした甘さを舌に残してホロリと消えた。麦酒を飲んで、もう一口。苦さと甘さが手を取り合った、その味わいがたまらなく、気づけば霞のような食べ物は丼からすっかり姿を消していた。天麩羅が放ったきらきらとした輝きが、ただ目の中にだけ残って揺れている。最早、言葉で飾る必要はあるまい。
「……美味しいです」
「まだあるぞ」
ぽんぽん、と花輪が載せられ、ずるいと喚く人間たちにも等しく分け与えられる。ざるの上に乗せた具はどんどん白い粉を身に纏って晴れ舞台に出て、山のようにあったことが嘘のように心許ない。もっと用意すれば良かった、という残念さが何とはなしに参加者たちの間に漂っていた。うどんを茹でよう、と龍馬とマーカスが台所へと向かう後ろ姿は落武者のようだった。
「頃合いだな。最後に私から母国の味を振る舞わせてもらおう」
麦酒もそろそろ残り少ない。お開きが近いか、と思う頃に立ち上がったのはサトウだった。言うなり庭先に出て、何やら器のようなものを持って戻ってくる。すでに打ち合わせをしてあったのだろう、隠し刀は心得た様子で己の場所を譲った。
「よろしく頼む、サトウ」
「うむ」
サトウが颯爽と器から取り出したのは、ゆで卵の形をした何かだった。何か、というと、見たことのない衣をこんもりと纏っているのでどうにも名状し難い。ただ、元があの難しい顔をして茹でていた卵だろうことは推察される。再び懐中時計を取り出し、冷静に油を観察するサトウは料理人というよりも発明家と呼ぶに相応しい。繊細な白い衣(後にこれはうどん粉ではなく、専用の揚げ粉であると説明がされた)が、グラグラと油の中で熱されて茶色く焦げて行く。
一体何を食べさせる気なのだろう。英国料理については詳しくないものだから、諭吉自身も純粋に興味を抱いて見守っていた。いつ揚がるだろう。道場で向き合う時と同じ緊張感で持って見つめた食べ物は、サトウの美しい箸捌きで隠し刀の丼へと移動した。
「食べてくれ。最初に食べるのは家主の権利だ」
「ありがとう」
火傷をするなよ、と言ったサトウの耳が少し赤く染まっていたように見えたのは気のせいだろうか。隠し刀はしばし検分した後、えいやとばかりに揚げ物を箸で半分に割った。途端、太陽が顔を覗かせて明るさをもたらす。卵の黄身だ!矢張り中身はゆで卵だったのだ。よくよく見れば、ゆで卵の周囲をぐるりと茶色いものが覆っている。肉だ、と不意に答えが閃いた。
「美味しいな。ゆで卵にこれは……つくねをまとわせているのか。異国の香辛料も入っているような……初めて食べる味だ」
「正解だよ、隠し刀。君の舌は相変わらず正確だな。これはスコッチエッグという。母がよく作ってくれたものだ」
ぴくにっくに出かける時にちょうど良いそうである。ぴくにっく、とは何かわからぬが、おそらく楽しい行事だろう。幼い記憶を懐かしむようなサトウの表情は、諭吉が初めて目にするものだった。今日は、初めての景色を随分多く見かける。自分もスコッチエッグをもらい、諭吉は熱々の肉と卵の合作に舌鼓を打った。蕩ける脂と油が混じって、なんとも贅沢な味わいである。油が乗った魚とも違う力強さは、なかなか乙と言って良い。
「たまには変わり種も良いものだろう?」
隠し刀と目だけで美味しさを讃えあいながら食べていると、ひそりと声が耳に届く。サトウだ。洒落と皮肉の効いた、だが意地悪ではない物言いに、諭吉は口をむぐむぐと蠢かした。
「……別にたまには、ではありませんよ」
ほんの少し、ほんの少しだけ心が狭くなる時がある、ただそれだけのことである。何もこの世で二人きりが良いとはつゆとも願わない。自分は広い世界が見たいのだし、相手にだって自由がある――理屈の上で感情が駄々をこねる時以外は。サトウはわかったのかわからないのか、黙って揚げたてのスコッチエッグをもう一つ、丼に乗せてくれた。
油の匂いが充満している。空気を入れ替えたものの、近所中に何を食べたのかを知られたのは疑いようもない。宴の後片付けを終え、何も無くなった板の間に座ると、隠し刀は先ほどまでの光景を思い描いた。龍馬がいて、以蔵がいて、伊賀七や権蔵にマーカス、サトウもいた。それに誰より諭吉がいてくれた。酒も食事も話も弾んで、油と一緒にパチパチ爆ぜたのは幻だったのだろうか。
「何かお探しですか」
まだ僅かに温もりの残る床板に手を滑らせていると、情人の眠そうな声が耳を打ち、隠し刀はパッと表情を明るくした。声のする方を見れば、布団の上でむにゃむにゃと諭吉が起きあがろうとしている。宴の後に酒が過ぎたのか、眠いと言ったのをそのまま寝かせていたのだ。気心の知れた友人たちが、黙ってそっとして去って行ったのはありがたい。
「すまない、起こしてしまったか」
「いえ、あなたは悪くありませんよ。悪いのは、僕の方です」
「諭吉が?」
妙な物言いだった。明朗闊達な彼にしては珍しくも口を濁しているのも気がかりである。黙って近寄ると、情人は黙ってこちらの胸に体を預けてきた。探し求めてきた暖かさを抱きしめ、隠し刀はすう、と静かに息を吸った。宴の名残で、情人の匂いに天麩羅がしっかり染み付いていて、やけにそそられる。人を食う趣味はないが、彼に関しては別なのかも知れない。
「白状しましょう。僕は素面なんです。これくらいでは、全く酔いません」
「うん」
そんなことくらい、隠し刀はとっくのとうに知っている。諭吉は鯨飲馬食が可能な人間で、心身ともに申し分ない。故に、単純に眠いから寝たのだろうと思っていたのだが、どうやら事情はもっと込み入ったものであるらしかった。鼻筋で喉元をなぞると、くすぐったいです、とのけぞられる。嫌ならば逃げれば良いのに、決して突き放そうとはしない。許されていることに心から安堵すると、隠し刀は罪人の告白を待った。
「あなたと、その、二人きりになりたくてですね……大人気ない真似をしてしまいました。軽蔑、するでしょうか」
「なるほどな」
情人の律儀さに胸打たれ、隠し刀は目を細めた。駆け引きとしては拙く、だからこそ甘く魅了してやまない。散々悩んだのか、皺が寄った眉間に口付けを落とす。
「ちょっと、」
「それで?諭吉は私に軽蔑して欲しいのか」
「まさか、僕は別に」
うろ、と諭吉の瞳が揺れる。淡白に見せかけて、情熱的な相手の貪欲さが心地良く、隠し刀は今度は頬に口付けてやった。可愛い情人が願うのだ、何を躊躇おう。鼻に、耳元に、顎にと挨拶をするも唇にはついぞ触れずに離れれば、もう!と憤慨する声が響いて思わず笑みが溢れる。期待に応えて齧り付けば、唇の中は揚げたての天麩羅よりも熱かった。
「探し物を思い出したぞ、諭吉」
「なんでしょう」
「なんだろうな」
手伝ってくれ、と相手の衣に手をかける。天麩羅は衣ごと丸のまま食べられるが、こちらはそうは行かない。向こうも同じ気持ちなのか、するりと手が伸びてきた。後は、勝手知ったる二人の遊びだ。味わい方も、いつ口にすべきかもよく理解している――何度食べても飽きやしない。
「さあ、どこかな」
自分だけの御馳走にいただきます、と告げて、隠し刀は大きく口を開けた。
〆.