看板娘小向未来 ざわざわ、がやがや。町で一番の飯屋と言えば、と問えば誰もが名を上げるその店は、今日も今日とて繁盛していた。人口密度の高いその店内を、するりと猫のように進む少女が一人。
「日替わり二人前、お待ちぃ!」
景気の良い声と共に、少女の手にあった食事たちがテーブル上へ置かれる。
「お、今日は魚かあ!」
「いいねえ、旨そうだ」
口々に言いながら箸を手に取る客たちに向かって、少女は笑って言った。
「今日の日替わり、何か見ないで頼んだんで?ちゃあんとそこの看板に書いてあったでしょうに」
「ばか、ここの日替わりが外れだったことなんかねぇんだから、別にいちいち確認する必要なんてねぇんだよ」
「そうだそうだ。そんなの、お前さんが一番知ってんだろ?なぁ、」
会話の最中、店の奥から半ば怒声となった指示が飛んだ。
「おい、なに油売ってやがる! さっさと戻って仕事しろ!」
びくり、客と揃って体を震わせた少女は、しかしなんでもないように笑った。この店の中で、店主の男性の声が飛ぶのは日常だからである。
「すいませんね、親父さんちょっと今日機嫌悪ぃみてぇで」
「いやこっちも引き留めて悪かったな。ほら、早く戻んな」
「お言葉に甘えて」
そう会話を締めくくってから、「今戻ります!」と店の奥に向かって叫び返しながら少女はまたするりと店の中を進んで行った。
ここは、ある港町にある町一番の定食屋、兼飲み屋である酒飯亭シン。従業員はたった三名。その内訳は、店主である男性に、その奥方、それから看板娘が一人である。
「おっせぇぞ! 次、この親子丼、テーブル八番だ」
「アンタ、あんまり怒鳴るんじゃないよ! やかましいったらない」
「あんだと!?」
「八番、了解です!」
いつものやり取りを横目に、少女はトレイを持って客席へ向かった。するりと店内を進み、食事を届けては明るく客と言葉を交わす。
彼女こそが、この店の看板娘だ。名を、小向未来と言う。