幻影 ふと、意識が浮上した。視界に移る世界は薄暗い。どうやら妙な時間に目が覚めてしまったらしい。
ベッドから体を起こすと、思ったより肌寒くてぶるりと体が震えた。
「さむ」
音にはならなかった呟きを零して、ガウンを羽織る。それから同室の連中を起こさないように、足音を消して自室から抜け出した。
寮の談話室を出て、気の赴くまま、夜のモーンストロムを歩く。図書館、食堂、購買を通り過ぎて、気付けば辿り着いた先は中庭だった。
ぶるり、屋外に出たことによって下がった気温に、また身体が震える。羽織ったガウンの前を合わせた。
昼間は魔法の練習をする生徒や休憩に来た生徒で明るく賑わうそこも、今は月の光が静かに照らすばかりだ。
そんな中庭は、普段より居心地が良いように感じて、誘われるように一歩踏み出す。
そうして、立ったその場所で、酷く懐かしい光景を見た。
今よりも、幾分か幼い見た目の自分と、ああ、忘れもしない、かつてのバディだったあいつが立っている。二人でああでもないこうでもないと言いながら真剣に、けれど楽しそうに杖を振るっていた。
その光景に、思わず手を伸ばそうとしたその時、くらり体が振れた。それと同時に視界が暗んで行く。
ああ、待ってくれ、まだ、俺はあいつに。
そう思って口を開こうとしたその時、暗く視界の中残った幼い俺が俺を見て言った。
「人殺し」
がばりと起き上がる。息が荒い。同室の一人が訝しげに「どうかしたのか?」と問いかけてきた。
「ああ、いや……」
状況が把握出来ず、思わず言い淀む。ひとつ呼吸をして、ぐるりと部屋を見渡せば、窓の外に朝日が見えた。どうやらちょうど夜明けらしい。
朝。じゃあさっきのは夢か?夢だとして、どこから?考えながら、同室のそいつに答えるべく口を開く。
「すまねぇな、ちょっと夢見が悪かっただけだ」
「ふーん、ま、あんま思い詰めんなよ」
聞いた割に興味無さそうなその返答に苦笑いを零して、正確な時間を知るべく時計を見た。
現在時刻を見て、少し悩む。二度寝するには時間が怪しいし、かと言って起きているには長すぎる。ただ、あんなものを見た後にまた眠る気にはなれなかった。
再びベッドから足を下ろして、そのタイミングでふわあと欠伸が出る。それを噛み殺しもせずにそのままにしてから、ようやっと立ち上がった。
今日の一番最初の授業確か魔法史学だ。ならその予習がてら教科書を読むのもありだな。ああでも、数日後に錬金術の実技試験が控えている。その対策を改めてするのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、寝間着から制服に着替えていく。
夜眠る前、確かにしまったはずのガウンが、ベッドサイドのテーブルの上に置いてあることには、気付かないふりをした。