木漏れ日の影で 授業が終わって、お昼時の休み時間。なんとなく人口密度の高い食堂で食べる気にはならなかったから、軽食を買って外に出ることにした。目指す先は、日当たりのいい広場である。眩しい日差しに目を眇めながら、どこか良い場所は無いかと広場内に視線を走らせていると、木陰に、愛おしい青を見つけた。読書中なのだろう、いつも通りきれいな姿勢のまま、本に視線を落としているそのひとに近づいて行って、声を掛ける。
「珍しいですね、リア寮長」
ぱちり、瞬きを一つ。それから視線が、本から私の顔に上がってきた。鮮やかな青と目が合う。
「リア……これから昼食かしら?」
首を傾げながら問われる。さらりと彼女の前髪が崩れて、一房垂れた。
「ええ。隣、良いです?」
「もちろん」
買って来たパンを掲げて見せながらそう言えば、すぐに了承が返ってくる。たったそれだけが嬉しくて、口角が妙に上がりそうになるのをぐっと堪えて、代わりに自然な笑顔を浮かべて「ありがとうございます」と言った。
「それじゃあ失礼して……っと。それにしても、珍しいですね」
「さっきも言っていたわね。私がここに居ることに関して?」
リアからの確認に対して頷いてから、「だって」と続ける。
「リア寮長、積極的に外に出るほうじゃないでしょう? 普段だって、昼食は適当な場所で済ませてることが多いし、そもそも昼間は授業とか寮長業務が多くて、こうやってゆっくりしてることが少ないじゃないですか」
一通り言い終えると、リアはぱちりと瞬いて、その目を丸くした。珍しい表情だと観察しながら思う。
「……よく見ているわね」
しみじみと言われたその言葉に、思わず驚きの声を上げてしまったのは仕方のないことだと思う。
「いや、その……ほら、一緒に居る時間、多いですし」
どうにかそう誤魔化すように言う。二人きりならまだしも「あなたのことはいつだって見ている」と、正直に言うことは憚られた。
そんな私を見てか、「ふふ、」とリアが笑う。木漏れ日を浴びながら、上品に口元を隠して笑うその様があんまり美しくて、さっきまでの動揺なんてどうでもよくなってしまった。
「ごめんなさいね、普段は落ち着いた貴女が、そんなふうに慌てるなんて珍しかったから、つい」
言いながらも、その表情にはまだ笑みが浮かんでいる。その笑みの色は、私とリア、二人きりで過ごすときのあの、「愛おしい」と伝えてくれる時のそれで、ああ。
──手放したく、ないなあ。
心中に浮かんだ呟きに、自分でハッとした。
「さっきの問いに答えると、今日このあとの授業が先生の都合で休講になったの。急に彼じゃないといけない依頼が入ってしまったらしくてね」
せっかく答えてくれているリアの言葉は、正直ほとんど頭に入ってこなかった。
「さて、そろそろ食事を摂るべきじゃない? 貴女だって忙しいでしょうし」
「そうですね、いい加減食べないと……」
なんでもないように返しながら、パンの包装をはがして、「いただきます」と言ってからそれを頬張る。食べている間は、会話ができないのが都合がよかった。黙っていても不自然でないから。咀嚼しながら、自分に言い聞かせる。
このひとは、今だけの私の恋人だ。分かってるだろ。
このひとは、良いお家の時期当主で、卒業後には婿を取る。分かってるだろ。
……このひとは、私だけのものではない。分かってるだろ。
このひとが美しいひとだなんて、このひとと接せばすぐに分かることだ。偶然、私がそれに最初に気付いただけ。彼女の卒業まで、という期間限定のこの関係は、私にとって何にも代えられない大切なものだ。
ちらり、横に座る彼女を窺う。彼女は読書に戻っていた。きれいな姿勢と、利便性重視でまとめられた後頭部の結髪。姿勢がいいからそんな印象はないけど、彼女の身長は私よりも低くて、それは横に立つと良く分かる。たったそれだけのことが、私にとってはどうしようもなく誇らしい。
けれど、将来彼女の横に立つのは私ではないのだ。分かってる。分かっているけれど、でも。
時々、どうしようもなく、欲が出る。ずっと彼女の横に居たい、なんて。
叶わない欲はさっさと仕舞え。私にできるのは、今の時間を大切に過ごすことだけだ。何度言い聞かせたか分からないそれを、改めて心中で復唱する。
ごくん、浮かんだ欲はパンと一緒に飲み込んだ。