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    ことにゃ

    @kotonya_0318

    各種サイトで細々と活動中。19歳。
    いろいろ垂れ流してます。うちの子語り多め。
    詳しくはツイフィール(twpf.jp/kotonya_0318)の確認をお願いします。
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    ことにゃ

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    バーベナ本用に書き下ろしたやつ

    #バーベナの花が咲く頃に
    whenVervainFlowersBloom.

     それは、なんでもない、日常のある日だった。二十人程度の大規模任務の募集が出ていたから習慣的に申し込みをして、事前準備物や現場の規模、想定されるエネミーの数なんかのお知らせが来たのが数日前。そして、今日はその大規模任務の当日である。
     
     大規模任務と言っても、一斉に二十人が同じ場所で戦うわけではない。指揮を執るのが大変になるし、乱戦では味方を傷つけてしまう可能性があるから。たいていは、二人から五人ぐらいずつに分かれて戦場に出る。
     そんなわけで、今日私が一緒に戦うのは、みんな別の寮の人たちだった。
    「先ほどもあったように、本日こちらのチームのリーダーを務めさせていただくことになりました。クロコディールス・ウィリディス寮四年監督生、アマーリエ・ラニウスと申します」
     するりと、緊張なんかを感じさせることなく切り出したのは、あんまり表情の変わらない緑寮の女の人だった。どうにか聞き取った監督生という役職に、思わず尊敬の目を向ける。だって確か、緑寮はモートゥスとかの大会で結果を出している人じゃないと監督生になれなかったはず。それに、聞き間違えじゃなきゃ四年生って。それってすごいことだ。
    「任務中においては基本的に前線でエネミーを絞め殺しております。魔法の関係で見た目が変わるので、あまり驚かないでくださいね」
     続いた言葉の物騒さと淡々とした声色の温度差に思わず首を傾げる。聞き間違いだろうか。でも、殺してるって言ったのは間違いじゃないはず。
    「……といった具合で、まずはそれぞれ名前と所属、任務中において得意なこと、逆に不得意なことなどの軽い自己紹介をお願いしますね。まずはそちらの、白寮の方から」
     そんな私の疑問は解消されることはなく話が進み、そして私に話が振られた。自己紹介……名前と、寮と、得意なこととその逆。
    「ミキ=コムカイです。白寮の一年で、得意なものは……えっと」
     得意なものを続けようとして、口ごもる。なんていえばいいんだっけ、と一瞬迷って、見せた方が早いとしまいこんでいた短刀を取り出した。
    「これで戦うのが、得意です。人を助けるための魔法は、まだ得意ではなくて……あと、英語も、まだちゃんと覚えてません。だから、もし何か言う時は、簡単な言葉を使ってくれるとうれしいです」
     最後に改めて「よろしくお願いします」と言いながら頭を下げる。緑寮のアマーリエ先輩が「はい、よろしくお願いします」と返してくれた。それに安心して頭を上げたところで、ぽんとそこに軽い衝撃が乗った。頭に手を置かれたのだと、感触で分かる。
    「一年でここに振られたのかー、大変だろうけど、でもそれだけ動けるってことだよな!?」
     視線を上げれば、予想通り頭に手を載せている人がいた。青寮の、男の先輩。驚きながらも、会話を続けるべく口を開く。たぶん、どれくらい戦えるかを聞いている、はず。
    「いちおう、任務はたくさん出ていて……それから、」
     と続けようとした内容を伝えるか迷う。でも、言っておいた方が自分のためにも相手のためにもなるよな、と結論付けてまた口を開いた。
    「二年ぐらい、戦場に居ました」
     私の言葉に、私以外の全員が目を丸くするのが分かった。……嘘だって思われるかな。
     けれど、私の予想を裏切って聞こえたのはヒュゥ、と口笛の音。それは青寮のひとが鳴らしたものだ。
    「すっげぇ、それで生き残ってたんだ? じゃあ相当だよな、もしかしたらオレらよりも経験あるかもだぜ、ラニウス」
     ラニウス、アマーリエ先輩の事だ。視線を移せば、先輩は私と、短刀を見ながら言った。
    「そうですね、一年生ということで少し心配だったんですが、杞憂だったようです」
    「足は、引っ張りません」
     一年生で心配、と聞き取れたからそう伝えれば、アマーリエ先輩はまた少し驚いたような顔をした。あれっ、英語ミスったかな。
     けれど、その顔はすぐに柔らかい、けれど少しぎこちない笑みに変わった。それになんだか安心する。
    「ありがとうございます、心強いですね。……さて、次はドレイパーさんお願いします」
     アマーリエ先輩の視線が向けられたのは私の頭に手を置いたままの青寮の人だ。「おっけー!」と軽いノリで返した彼は、ようやっと私の頭から手を離す。
    「オレはクルール。青寮の四年な。得意不得意はー……まあ、特別言うべきことはないかな。まあでも、問題なく生き残る程度の力はあるぜ。前衛も支援もそれなりにな。まあ、その辺はラニウスがうまく振ってくれるでしょ。そんなわけで、今日はよろしくな!」
     そう締めくくったクルール先輩にこちらも「よろしくお願いします」と返す。クルール先輩は、ニッといたずらっぽく笑って返してくれた。
    「では、最後にそちらの赤寮の方、お願いします」
     そう言って、アマーリエ先輩が目を向けたのはずっと黙り込んでいた赤寮の男の人だった。彼は、今日会った時から崩さない不機嫌そうな顔のまま口を開く。
    「……見ての通り、レオー・ルーフス寮。三年の、スミロ・フレーベル。支援とか強化魔法が得意……です。……まあ、今日はよろしく」
     とてもよろしくしたそうには見えない。何か言うか迷っている間に、クルール先輩が声を上げる。
    「テンションひっくいなぁ、もっと元気に行こうぜ!」
    「ドレイパーさんはもっと落ち着いてください。まあでも……そうも嫌そうにされては、意思疎通がしづらいので。もうすこし人当たり良い態度でいてくれると、こちらも助かりますね」
    「……はあ、努力します」
     ぽんぽんと続く会話は、やはりまだ聞き取るのが難しい。
    「そもそも言葉が喋れねぇやつがいるだろうが」
     けれど、ぼそりと呟くように、けれどこちらに届くように言われたそれが意味するものは分かった。私に対する悪口だ。思わず眉根を寄せる。よくあることとは言え、慣れるものではないし気分がいいものでもない。
     ただまあ、よくあることだけあって、わざわざ突っかかっても意味がないことも分かっていた。それに、今日はこれから戦場に出ないといけないのだ。
     きっと、先輩たちも同じだったのだろう。顔をしかめた二人は、けれど言及することはなかった。
    「さて、ではそろそろ現地に向かいましょうか」
     それに頷いて歩き始めたアマーリエ先輩の後ろをついて歩く。アマーリエ先輩は歩きながら、これからについて話し始めた。
    「基本的に前衛は私とコムカイさん、後衛はドレイパーさんとフレーベルさんという割り振りでお願いします」
    「なんかあったらオレとラニウスで対応する感じだよな?」
    「そうですね、もしどちらかのバランスが崩れた場合は私かドレイパーさんで対応します。ので、コムカイさんは前衛で、フレーベルさんは後衛で、それぞれ自分のやるべきことをしてください」
    「わかりました」
     こくり、頷いて手に持った短刀へ視線を向ける。大丈夫、いつも通りにやればいい。私は戦える。ぎゅうと手の中のそれを握りしめた。
     
     しばらくの間、アマーリエ先輩とクルール先輩の業務連絡的な会話が頭上を飛び交っていた。戦場へ歩みを進める。私とフレーベル先輩は、ずっと黙ったままだった。
     
     ぴたり、先導していたアマーリエ先輩が歩みを止めた。同じように足を止めて、それからアマーリエ先輩の視線を追う。一キロメートル先ぐらいにエネミーの集団が居た。
    「もうしばらく、気配を殺して進みます。コムカイさん、私が合図したら突っ込んでください。……いけますか?」
    「大丈夫です」
     言いながら頷く。それを確認したアマーリエ先輩は続いてクルール先輩とフレーベル先輩に視線を向けた。
    「私たちが突っ込んだら、敵の妨害、こちらの支援などをお願いします」
    「まかせとけ」
     さきほどよりは声のトーンを落としたクルール先輩が言う。フレーベル先輩は頷いてそれに返した。
    「では、進みましょうか」
     アマーリエ先輩の言葉に頷いて、さっきよりも意識的に気配を消して歩き始めた。
     
     まだ遠い。
     まだ遠い。
     やや近づいた。
     もっと近づいた。
     まだ、合図はない。
     
     アマーリエ先輩の合図を見逃さないように、けれどエネミーからも目を離さないように意識して進む。残り一〇〇メートルほどになった頃、アマーリエ先輩がこちらを見て頷いた。これが合図だ、と思った。
     
     姿勢を低くして、駆ける。駆ける。エネミーがこちらに気付いた。それと同時に、強く踏み込んだ。地面を叩いた足でそのまま跳ぶ。空中へ跳んだ私を見て、エネミーは茫然としているように見えた。その油断が、隙があれば、私にとっては十分だ。
     
     するり、短刀を鞘から抜く。高所から落ちる勢いのまま、中心に居たひときわでかいエネミーにそれを突き刺した。ぐしゃり、肉がつぶれる音と、肉を裂く感覚が伝わる。人の言葉ではない音でエネミーが喚く。跳ねたエネミーの体液が私の頬に散った。
     けれど、殺し切れていない自覚があった。浅かった、軽かった。こういう時に自分の体が嫌になる。短刀を引き抜いて、背後からの気配を避けてくるりと後方へ跳んだ。そうして、着地した先。近くにいたエネミーが私を狙う。チッ、舌を鳴らしたと同時に、私でも知っている基礎の草魔法の音が耳に入る。クルール先輩の声だった。エネミーの足元にツタが絡んで、動きを止める。クルール先輩の作ってくれたその隙に、左手側から切り上げれば、今度は手ごたえがあった。ぐしゃり、地面へ倒れたそれの最期までは確認せずにまた駆ける。もし死んでなかったとしても、クルール先輩ならどうにかしてくれると思えたからだった。
     ひとりぼっちじゃない戦場は、やっぱりひとりぼっちの戦場に比べるとずっと戦いやすい。クルール先輩の的確な支援に、私以上にエネミーを殺しまわっているアマーリエ先輩。時々背後でエネミーの倒れる音が聞こえるのは、クルール先輩かフレーベル先輩のどちらかが対応してくれているのだろう。
     駆けて、跳んで、斬って避ける。そのたびにクルール先輩の声と共にエネミーが動きを止めた。その隙を逃さず斬って、斬って、斬って。意識が戦場へ溶けていく。視界が黄金色に染まる。反対にどんどん体は軽くなっていった。
     
     ふ、と意識が浮上したのは、ドンと腹の底に響くような音が届いたからだ。音の鳴った方の空を見れば、青い花が上がっている。かつて花火と呼ばれたものを再現するそれは、しばしば戦場で合図として使われる。今回の任務において、青のそれが意味するのは撤退命令だった。
     あたりを見渡せば、エネミーの数はすっかり減っている。けれどまだゼロではない。つまり、警戒を解くにはまだ早い。短刀を握ったまま、先輩方の場所を把握しようと、ぐるりとあたりを見渡した、その時。視界の端に、ゆらりと立ち上がるエネミーが見えた。そのエネミーが見据える先に居るのは杖を構えてすらいないフレーベル先輩で、そして。
     
     チッ、隠すこともなく舌を打った。それなりにある距離を詰めるべく駆ける。アマーリエ先輩とクルール先輩がフレーベル先輩とエネミーに気づいているか、私には分からない。けれど、見渡して確認を取って、なんて暇がないことは分かっていた。
     フレーベル先輩が、己に近づく私に気付いたらしい。不思議そうな顔で私を見ていた。その背後にはエネミーがいる。そして、フレーベル先輩はもう既にエネミーの間合いに入っていた。
    「……クソが!!」
     足の動きを、駆けるそれから跳ぶそれに変える。ぐっと姿勢を低くして、地面を蹴って低く跳んだ。この距離なら、こっちの方が早い。
     ぐっと近づいた先、エネミーの刃物状の腕がフレーベル先輩に向かって振り下ろされようとしていた。ああクソ、無傷ではむりだ!!
     どん、フレーベル先輩を突き飛ばして、代わりに彼のいた場所に私が突っ込んだ。左腕にエネミーの攻撃が掠る。深くはない、けれど出血は激しかった。ぐ、奥歯を噛みしめる。私に傷を負わせたエネミーは、その不気味な顔をにやにやと歪ませていた。確かに私は傷を負った、血も出た。けれど、右腕が動けば剣は振るえる! 手の中の短刀をより強く握りしめて、目の前のそれを袈裟斬りにした。油断しきってるやつほど、殺しやすいものはない。私の攻撃を受けて、目の前のエネミーは崩れ去った。それを最後まで見届けてから、突き飛ばしたフレーベル先輩へ視線を向ける。そいつは、いまだ茫然と座り込んで居た。
     
     プチリ、頭の中で何かが切れた音がする。そこから先はほぼ衝動だった。
     
     ゴン、握った拳に、骨の当たる感覚があった。殴るために力を入れた左腕、斬られた傷口から血が流れるのが分かる。私がフレーベル先輩の頬をぶん殴ったからだ。どさり、そいつが倒れる。何が起こったのか分からない、とその顔に書いてあった。それにまた頭の中が沸騰する。油断しきってるやつほど、殺しやすいものはない。そして、ここは戦場だ。
     
     ハァ、興奮で吐いた息が熱い。口を開けば日本語の罵詈雑言ばかりが出てきそうで、ぐっと口を閉じた。落ち着け、冷静になれと自分に言い聞かせて、英語で言うならばなんだ、と考えて。
    「……ここは、戦場だ」
     それだけ告げて、アマーリエ先輩たちに合流すべく、振り返って驚いた。すぐの距離に、アマーリエ先輩もクルール先輩も居たから。……気づかなかった。きっとそれだけ頭に血が上っていた。人のこと説教できる立場じゃねぇじゃん、と少しへこんだところで、目の前の二人が動いた。
     クルール先輩が杖を動かす。アマーリエ先輩が一歩踏み込む。なんで、と考えるよりも先に、握りっぱなしの短刀を構えようとして――けれど、二人の視線の先が私の更に後ろだと気付いた。それで、驚きながら振り返った先。私の横を、細いツタと力強い腕が過ぎていった。からん、杖が一本地面に落ちる。それは、クルール先輩の出したツタによって弾かれた、アマーリエ先輩がその手首を握ったことによって落ちたフレーベル先輩の杖だった。落ちた杖の先端には、火花が散っている。それはつまり、今さっきその杖から火魔法が放たれようとしていた、ということを意味していた。
    「今、あなたが何をしたか、分かっていますか?」
    「ちょーっと、度が過ぎるんじゃねぇの?」
     方や重々しく、片や軽薄に。けれど、そのどちらも声色は真剣なそれだった。それで、やっと実感が追いつく。
     私、今、味方に殺されかけたんだ。
     ゾワリ、背筋がいやに冷えた。
    「申し訳ありませんが、監督生として、この場を預かるものとして、あなたの杖はしばらく預からせていただきます。ドレイパーさん、コムカイさんへ応急処置を頼めますか。安全確保は私がします」
    「ん、分かった」
     茫然と立つ私に近づいてきたクルール先輩が、膝をついて「触るな」と一言断りを入れた。それから私の傷口を見て、その痛みでやっとハッとする。
    「ざっくりいったなあ」
    「すいません」
     傷を見るクルール先輩に、手間をかけさせて、足を引っ張って、様々な意味でそう言えば「アンタが謝ることじゃねぇって」と短く返された。
    「出血は多いけど、傷は深くないな。とりあえず水で傷口軽く洗うから……沁みるだろうけど」
    「大丈夫です」
     こくりと頷けば、クルール先輩が杖を振った。その先端から細く水が流れる。血濡れの傷口を、クルール先輩の生み出した水が洗って行った。ぐ、と奥歯を噛んで痛みに耐える。しばらくして、すっかりきれいになった傷口に、クルール先輩が懐から取り出した白い布を当てる。見るからに清潔そうなそれ。それがぐっと傷口に押し付けられた。傷口を圧迫するためだ。そうして強く圧迫したままその布が腕に巻かれる。先輩は最後に、きゅ、とその端を縛った。
    「ラニウス、こっちは終わった。そっちは?」
    「問題ありません。エネミーは居ますが障壁を破ることはできないようですね」
     言われて周りを見渡したが、特別なにか目に見えるシールドがあるわけではない。しかし、少し先の地面で風もないのに草が揺れていた。きっと風壁だ。それがおそらく、四方に貼ってある。……すごい、思わず声が漏れた。
    「さて、では本部に戻りましょうか。移動中、またエネミーと遭遇するかもしれませんが、基本的に私が対応します。そうなった場合、安全確保と警戒はドレイパーさんにお願いしますね」
    「りょーかい」
     相変わらず軽い調子で返したクルール先輩が、私に視線を向ける。なんだろうと首を傾げた。
    「つーわけで、アンタはエネミー居ても突っ込むなよ。警戒だけ続けてくれ」
    「えっ、でも」
     言われた言葉に、思わず反論が出る。そんな私を見てか、今度はアマーリエ先輩が私に近づいてきた。「コムカイさん」と私を呼んだその人は、私の傷口を見てから、私の目を見る。彼女の赤い瞳と目が合った。あまり変わらないその表情に、叱られてしまうのだろうかと思ってぎゅっと拳を握り締める。
    「あなたは今、けが人です」
    「……でも、まだ動けます」
    「……だとしても、今、全力は出せますか?」
     帰ってきた問に、はいと答えることはできなかった。「……できません」と、情けなさから小さくなった声で返す。
    「もしここが、一刻を争うようなひどい状況なら話は別ですが。エネミーはほとんど片付きました。エネミーの数は少なく、私は監督生で、ドレイパーさんも実力のあるひとです。さらに言うならば、あなたはまだ一年生で……」
     そこで一度区切って、アマーリエ先輩はまた私の腕を見た。傷を負った、左腕。巻いた白い布に、血が滲んでいる。その視線は、なんだか悲しげな色をしている。
    「あなたは、少なくともこの場では、まだ守られていていい人なんですよ。寮だとか、生まれだとかに関係なく」
     この人は、私に同情してくれているんだ、とそこでやっと気づいた。
    「もし状況が変われば、その時は私が指示を出します。だから、それまではどうか……私を信じてくれませんか」
     ああ、ずるいなと思った。だって、そんな言い方をされたら、私は頷くしかないじゃないか。
    「分かりました」
     ……もどかしい。私の思ったことを伝えたいのに、こちらの言葉ではなんて言えばいいのか、私にはまだ分からない。それが、ひどくもどかしかった。ありきたりな、私でもわかるようなかんたんな言葉では、きっとすべてを伝えることはできていない。
     それでも、その欠片でも伝えたくて、「ありがとうございます」と言った。すると、アマーリエ先輩は少し驚いた後に、ふわりと笑った。花が綻ぶようなそれだった。この人、こんな風にも笑えるんだ、と少しあっけにとられる。
    「こちらこそ、分かってくれてありがとうございます。さあ、本部に戻りましょうか。それはまだ応急処置ですし、きちんと治療してもらわないと」
     こくり、アマーリエ先輩に頷いて見せる。それを確認してから、彼女は視線を写した。
    「さて。あなたもですよ、フレーベルさん。私個人としてはこの場に捨て置いてもいいのですが、監督生として、この場のリーダーとして、あなたを連れ帰り上に報告せねばなりません。……逃げようなんて、思わないでくださいね? こちらも、無駄な血は流したくないので」
     ちらり、先ほど私を殺そうとしたそのひとを見れば、まるで被害者のような青い顔をして立っていた。……呆れた。本当に何も分かっていないんだろう。
     
     そうして、道中のエネミーの処理と安全確保をそれぞれアマーリエ先輩とクルール先輩に任せて、私たちは本部へ戻った。
     
    「ああ、戻りましたか。遅かったので、迎えを出そうか話し始めたところでしたよ」
     本部で私たちを迎えたのは、青寮の寮長さんだった。どうしよう、遅いって言われたよな、今。ごめんなさい、と言おうとするより先に、アマーリエ先輩が私の前に出て口を開いた。
    「申し訳ありません、アメリア寮長。トラブルがありまして……。状況報告よりも先に、そちらの報告をしてもよろしいでしょうか?」
    「……それは、戦果報告や被害報告よりも重大なものですか?」
    「はい」
     さっき私たちと話していた時よりも、硬い口調でアマーリエ先輩が言う。寮長さんは、ふうと一つ息を吐いてから「いいでしょう。報告を聞きます」とアマーリエ先輩に向き直った。
    「私たちのグループ内に、問題行動を起こした生徒が居ます。こちらの、レオー・ルーフス寮三年の、スミロ・フレーベルさんです」
     アマーリエ先輩が指した先、クルール先輩と並んで立っていたフレーベル先輩が相変わらず青い顔で立っていた。
    「私たちのグループは、前衛に私とコムカイさん、後衛にドレイパーさんとフレーベルさんという役割分担で任務に出ました。彼は、後衛を請け負ったにも関わらず、任務中に一度もコムカイさんの支援をしませんでした」
    「……俺は、悪くないだろ!?」
    「今は監督生の報告中ですよ」
     噛みついたフレーベル先輩と、それを一括する寮長さんの声を背景に思い返す。そういえば、補助の呪文なんかの声は、クルール先輩のものしか聞いていない。
    「その後、彼は、撤退命令が出た直後油断が過ぎてエネミーに襲われました。幸い彼は無傷で済みましたが、そんな彼を庇ってエネミーを倒したコムカイさんが負傷を負いました」
    「それだけなら、わざわざ報告するほどではないですね。ほかに何か?」
    「……彼は」
     アマーリエ先輩の声に、力がこもるのが分かる。
    「彼は、自分を庇ったコムカイさんの背中に、杖を向けました。火魔法を打とうとしたのです」
     寮長さんのきれいな顔が歪んだ。それとほぼ同時に怒声が響く。
    「ちがう! 先に手を出したのはその白寮のガキだ!!」
     寮長さんは、フレーベル先輩、私、アマーリエ先輩を順にみてから口を開いた。どうしよう、私、怒られてしまうのかな。もしそれで、白寮の先輩たちに迷惑をかけたらどうしよう。ぎゅう、スカートの裾を握る。
    「ラニウスさん、説明を」
    「確かに、コムカイさんは一度彼を殴りました。しかし、それはエネミーに襲われ、庇われてなお茫然としていた彼を見て、です。戦場において、腑抜けた人はすぐ死ぬだけでなく、周りの足を引っ張ります。私は、コムカイさんの行動は間違いだったと思いません」
     硬い口調のそれは、私には少し難しい言葉も多かった。けれど、でも、アマーリエ先輩が私を庇ってくれていることは分かった。
    「……なるほど」
     寮長さんが、重々しく頷いてから再びアマーリエ先輩を見る。
    「フレーベルさんの杖はどうされました?」
    「今現在は、私が預かっています」
    「分かりました」
     続いて、寮長さんはクルール先輩へ向き直った。
    「ドレイパーさん。今の説明に、あなたの目から見ての相違点はありましたか?」
    「いーえ、ぜんぶラニウスの言った通りです」
     そして最後に、寮長さんが見たのはフレーベル先輩だ。
    「何か、申し開きはありますか?」
    「……俺が、何か悪いことしたって言うんですか!?」
     フレーベル先輩の答えを聞いて、アマーリエ先輩は、その表情を冷たく固めた。もともと、表情がころころ変わる人ではないのだろうけれど、それでも今この人の表情は冷たいそれだった。私に向けられたわけでもないのに、思わず背筋を伸ばす。
    「分かりました。ラニウスさん、杖は私が預かります。良い判断でした」
    「恐縮です」
    「……っ、だから、俺は!」
    「お黙りなさい!」
     びくり、体を震わせたのは私だけではなかった。本部に戻っている、私のチーム以外の人たちの視線もこちらへ集まる。
    「あなたは魔法律すら知らないのですか?」
    「は……?」
     はぁ、と分かりやすくため息を吐いた寮長さんが、「ドレイパーさん」と呼ぶ。呼ばれたクルール先輩は、さらりと三つの魔法律を読み上げた。
    「一つ、非魔法族を殺してはならない。
     一つ、非魔法族に存在を認知されてはならない。
     一つ、同族を殺してはならない」
    「それは、同族なんかじゃないだろ!? 白寮だ、パウペル出身だ、アジア人だ!!」
    「……お話になりませんね」
     寮長さんが、諦めたように言った。
    「彼のことは寮長会議で議題に上げます。先生方にも報告しましょう」
     判決を下すように、寮長さんが言う。フレーベル先輩は、もう何も言わなかった。
    「それでは、通常の報告に移っていただけますか?」
    「はい……あ、すいません。その前に」
     アマーリエ先輩が、私を見る。なんだろう、と首を傾げていると、寮長さんが「ああ」と納得したような声を上げた。
    「出血が多いですね。先に彼女は救護室へ向かわせましょう。ドレイパーさん、付き添いをお願いしても?」
    「りょーかいです!」
     びしり、敬礼のようにポーズを決めたクルール先輩が、私に向き直って手を差し出す。
    「さ、行こうぜ? 救護室」
    「あ、っと……すいません」
     その手を取るか少し迷って、結局ありがたく取ることにした。握った手が思ったより暖かくて驚く。私の血が抜けて体温が落ちているからそう感じるのか、クルール先輩の体温が低いのか。……クルール先輩の体温の方が原因だといいな、思いながら手を引かれて救護室へ向かった。
     
     
     その後、救護室で処置を受けて、私はいつも通りの日常に戻った。
     救護室に居た人は私の傷を見て、驚いたように声を上げたけど、手早く処置をしてくれた。そのあと、きれいに切れているからすぐ塞がるだろうけど、無理は禁物ということ、出血が多いからしばらくの間はいつも以上に健康的な食事を心がけるようにということを伝えられた。
     学校に戻ってから、アマーリエ先輩とクルール先輩と別れて自分の寮に帰って。大げさに巻かれた包帯は、案の定みんなに聞かれて心配されて。「大丈夫」「大したことない」と言えば、やや怒りながらみんなはいつも以上に私に気を使ってくれた。そんな、安心できる日常に戻って、傷も教えてもらった通りきれいに塞がってから、しばらくして。
     
     
     私は、校内のある場所で人を待っていた。寮のキッチンで作った、クッキーとブラウニーの詰め合わせ。箱に入れて、寮のみんなに教えてもらいながらラッピングしたそれは、鞄の中に二個入っている。
    「お待たせしました」
     久しぶりに聞いたその声に、ぱっと顔を上げる。そこに居たのはアマーリエ先輩だった。
     アマーリエ先輩とクルール先輩に、どうしてもお礼がしたかった私は、悩んでいた。そんなときに、白寮の先輩の、カザミ先輩が声をかけていたのだ。お礼をしたい人がいる、緑寮の監督生さんと、青寮の人で、と特徴を説明すると、カザミ先輩は「それなら、俺が紹介しようか」と提案してくれたのだ。驚く私に「アマーリエなら同じ監督生だからちょくちょく会うんだ。クルールに関しても、アマーリエに頼めば呼べると思うから」と。そんな経緯で予定を合わせてもらって、今日がその日になる。
     
     先に待ち合わせ場所に現れたのはアマーリエ先輩だった。予定の時間よりも少し早い。
    「忙しいのに、すいません」
     言いながら、ぺこりと頭を下げる。アマーリエ先輩は「大丈夫ですよ、気にしないでください」と言ってくれた。
    「傷は、もう治りましたか?」
     振られた問に、「はい」と頷く。
    「一週間……よりは、少し早く。治りました」
    「それなら、良かった」
     あ、また。笑った。ふわり、綻ぶように笑うそれは、あの日も見たものだった。
    「あー! もう揃ってんじゃん、オレ遅れちゃった感じ!?」
     やや遠くから響いたのは、あの日も聞いた良く響く声だ。二人揃ってそちらを見れば、近づいてきていたクルール先輩が軽く手を上げて反応してくれた。あっアマーリエ先輩、もう笑顔じゃなくなってる。
    「久しぶりだなー、ラニウスから話聞いた時びっくりしたぜ? なぁに、オレが恋しくなっちゃった?」
     視線を合わせるように体を曲げたクルール先輩に、「それは違うんですけど」と言ってから少し後悔する。今の、無愛想だったかも。
    「すっげぇざっぱり切るじゃん! ま、いいけどさ」
     けれど、クルール先輩はからからと笑ってくれた。良かった、気を悪くはさせてないみたいだ。
    「それで、私たちに要件というのは?」
     アマーリエ先輩が振ってくれた話題にハッとする。そうだ、私は二人にお礼がしたかったんだ。
    「あの、この前の大規模任務のとき、おせわになったので」
     言いながら、鞄の中からラッピング済の箱を二つ取り出す。それぞれピンクと水色のリボンを巻いたそれは、ピンクをアマーリエ先輩、水色をクルール先輩に、それぞれ渡すために作ったものだ。
    「いろいろ考えたんですけど、これぐらいしか用意できなくて……。でも、お礼がしたかったので。クッキーとブラウニーが入ってます」
     言いながら気づく。甘いもの、苦手だったらどうしよう。
    「あの、甘いものとかって……」
     恐る恐る聞けば、目を丸くしていたクルール先輩がぱちりと瞬いて、それからニッと笑った。
    「オレは甘いもの大好き! ラニウスも好きだったよな?」
    「そうですね。ドレイパーさんほどじゃないですけど、よく食べますよ」
    「……よかった」
     二人の返事に安心して、それからおずおずと差し出した。二つの、ラッピング済みの箱。
    「良ければ、もらってください。……お店のやつじゃないので、お口に合わないかもしれないんですけど」
     二人は顔を見合わせて、それぞれ笑った。ニッといたずらっぽく、ふわりと綻ぶように。
    「はい、喜んで」
    「オレいっつも甘いモン欲してるからさぁ、めちゃくちゃ助かるわ!」
     二人の反応に、安心してこちらの顔も緩むのが分かった。よろこんでもらえた、よかった。それから、寮内で練習した文章を言うべく口を開く。
    「お時間取らせてしまって、ごめんなさい。でも、あのとき、本当にうれしかったんです。だから、お礼を言いたくて……」
     ぺこり、頭を下げてから言う。
    「ありがとうございました!」
     言い切ってすぐに、あの時と同じようにぽんと頭に手が置かれた。それを確認するために視線を上げれば、そこに居たのはやはりクルール先輩だ。
    「あんま硬くなんなって。助けたり助けられたりはここじゃよくあることだろ?」
    「でも、お礼が言いたかったんです」
    「律儀だなあ」
     笑って言ったクルール先輩は、私の頭をわしゃわしゃと撫でた。「わ、」と思わず声が漏れる。
    「ま、お礼ってことならありがたく貰っとくわ。またどっかで会ったら、そんときゃよろしくな!」
     言い切ってから、私の頭を撫でていた手が離れる。クルール先輩は来た時と同じように、けれどその手に私の渡した箱を持って去っていった。その背中に「はい!」と投げた。そうしていると、今度は私の頭を柔らかく触る感覚があった。視線を上げれば、アマーリエ先輩が私の髪を梳かしてるのが分かった。
    「すいません、少し跳ねてしまいましたね」
    「えっと、大丈夫です。気にしないので」
     どうやらさっき、クルール先輩が撫でたことで髪に何か変化が起きたらしい。自分では分からないな、と不思議に思っているとアマーリエ先輩が口を開いた。けれど、迷うようにまた口を閉じる。どうしたんだろう、と見上げると、いつかのように赤い瞳と目が合った。
    「もし、何か困ったことがあって……白寮の方々を頼ることができないような状態なら、私に言ってくださいね」
     ああ、この人は、私を気にかけてくれている。あの時と同じように。
    「ありがとう、ございます」
     寮も違うのに、出身も違うのに。それが、なんだかとても嬉しくて。
    「……でも、あの」
     この人との縁を繋ぎたいと思ったのは、ほんの少し欲が出たからだ。
    「何でもない時にも、話しかけてもいいですか……?」
     伺うように見上げれば、ぱちり、アマーリエ先輩は瞬いて。
    「……ええ、もちろん」
     ふわり、咲いたのは大輪だった。
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