スターチスを求めて④
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*もう調べることが無いので、一度寮に戻り情報をまとめる
昨日アメリア寮長から得た情報に関しては、調べつくしてしまった。けれど、まだ真犯人に関してや僕が犯人ではないという事に関して、決定的な証拠を得ることは出来ていない。肩を落とし、トボトボと歩きながら寮に戻る。談話室を通り抜けて、自室に戻ってベットに転がった。幸いと言うかなんというか、他の三人はちょうど今ここには居ないみたいだった。
「どうしよう……」
いつかのように一人呟く。自分の両目を腕で覆って、黒くなった視界で考えた。
アメリア寮長は、目撃証言についてはクルールくんに、証拠品に関してはエミリア・ロンサール先輩に聞くように言った。その通りに彼と彼女の元に行ったけど、得られた情報は多いとは言えない。クルール君から、僕らしき人が図書館の西側、つまり赤寮と緑寮側に走って行ったという情報を得ることはできたけれど、でもよくよく考えたら人が来たから反対方向に逃げて行っただけかもしれない。
一度悪い方に考えてしまうと、どんどん思考がそちらへ傾いていく。
このまま、真犯人を見つけることも出来ず、僕が犯人じゃないという事も証明できなかったらどうしよう。
そうしたら、きっと僕は闇魔法を使おうとしていたという疑いまでかけられて、そのまま退学になってしまうかもしれない。きっと、両親にも見放されてしまうだろうし、そうなったらどうやって生きていけばいいんだろう。
じわり、涙が滲み始めた、その時だった。
「あ、良かった。ここに居たんだね」
聞こえた声に、腕をどけてそちらを見る。そこには、フェデリーコ先輩が立っていた。
「フェデリーコ先輩、授業は終わったんですか?」
「うん。さっきね。進捗はどうかなと思って、声を掛けたんだ」
フェデリーコ先輩、本当、なんて優しい人なんだろう……ありがたい。
「それが、実はあまり良い状況はなくて……」
「そうなんだ……じゃあ、一度今分かっていることを紙にまとめてみようか。何か、書くものあるかい?」
「あっ、はい!」
言われた通りに、ベット横の引き出しから紙とペンを取り出す。
「よし、じゃあ昨日と今日で分かったことを、教えてくれるかい?」
「はい、まずは……」
*アメリア寮長を除く寮長たちは、図書館の先生に言われたと言って詳しい事情を知らなかった
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*アメリア寮長を除く寮長たちは、図書館の先生に言われたと言って詳しい事情を知らなかった
「アメリア寮長以外の寮長たちは、詳しい事情を知らなかったようなんです。どうにも、図書館の先生に言われて、そのまま僕を呼び出したらしくて……」
「なるほど。アメリア寮長だけが、詳しかったのは、彼女は先生方とも仲が良いからかな」
「そうですね、寮長の方々もそう言っていました」
先輩と話しながら、「アメリア寮長を除く寮長たちは、図書館の先生に言われたと言って詳しい事情を知らなかった」と紙に書く。
「ということは、君を犯人だと間違えてしまったのは図書館の先生ということになるね」
「そう、なりますね……」
「どうして、君が犯人だと言われてしまったのかは分かるかな?」
「ええと……」
先輩の問いかけに、自分の記憶を探る。
「確か、一番は目撃証言があったから。それ以外の理由は、僕のネクタイピンが例の本が入っていた本棚の下に落ちていたからと、あとは僕が普段使っている席から図書館について詳しく書いたメモが出てきたから、ってアメリア寮長は言っていました」
「なるほど……それも、書いておこうか」
「はい」
言われて、「僕が犯人だと思われている理由」と書き始める。続けて、箇条書きで「目撃証言」「ネクタイピンが落ちていた」「メモが机から出てきた」と書いた。
「他に、分かったことはあるかい?」
「はい、他には……」
*クルール君曰く、本を持ち出した犯人は図書館の西側に走って行った
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*クルール君曰く、本を持ち出した犯人は図書館の西側に走って行った
「目撃者のクルール君曰く、僕そっくりな本を持ち出した犯人は図書館の西側に走って行ったそうです」
「なるほど……図書館の西側というと、赤寮と緑寮がある方だよね」
フェデリーコ先輩の言葉に、「はい」と頷く。
「だから、最初は赤寮か緑寮のどちらかの生徒が真犯人なのかな、と思ったんですけど……」
「だけど?」
聞かれて、一瞬口籠ってから伝える。
「クルール君が立っていたのが、青寮側……つまり、東側だったらしいんです。だから、単純に人が居ない方向に逃げて行っただけかもな、と思って」
「なるほど……でも、情報としては価値があるものだと思うよ。それも、一応書いておこう」
「分かりました」
言われた通りに、「本を持ち出した犯人は図書館の西側(赤寮・緑寮側)に走って行った」と書く。
「他に、分かったことはあるかい?」
「はい、他には……」
*エミリア先輩は、悪意を持った誰かが、僕を犯人に仕立て上げるために君のネクタイピンを図書館に落としたのではないかと言っていた
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*エミリア先輩は、悪意を持った誰かが、僕を犯人に仕立て上げるために君のネクタイピンを図書館に落としたのではないかと言っていた
「例の本が入っていた本棚の下に、僕のネクタイピンが落ちて居たんですけど」
「うん」
「それについて、エミリア先輩は、誰かが僕を犯人に仕立て上げるために落としたんじゃないか、って言ってました」
そう伝えると、フェデリーコ先輩は驚いたように目を丸くした。
「流石エミリアちゃんだ。僕じゃ考えつかないようなことだね」
「僕も、聞いた時に驚きました」
「じゃあ、それも書いておこうか」
そう言われて、「はい」と返してからペンを動かす。「誰かが、僕を犯人にするためにネクタイピンを落とした?」と書いた。
「他に、分かったことはあるかい?」
「はい、他には……」
*犯行用らしきメモは僕が普段使っている机から出てきたもので、古代ルーン文字で書かれていた
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*犯行用らしきメモは僕が普段使っている机から出てきたもので、古代ルーン文字で書かれていた
「僕が普段使っている机から、図書館についての情報がたくさん書いてるメモが出てきたらしいんですけど」
「うん」
「それが、古代ルーン文字で書かれていたんです。でも、僕が書いたものでは無くて……」
そう伝えると、フェデリーコ先輩は「ううん」と考え込んだ。
「じゃあ、それも、誰かが君を犯人にするために書いて机の中に入れたものかもしれないね」
「そっか、そうですよね」
僕一人じゃ、それも考えつかなかった。やっぱり誰かを頼るって大事なことなんだなと思いながら、「メモも誰かが僕を犯人にするために机の中に入れた?」と書く。
「あとそれから、多分真犯人も古代ルーン文字学を取っているはずだよね」
「あっ」
「うん?どうかした?」
フェデリーコ先輩の言葉に、思わず声が出た。そっか、そう言えばその通りだ。なんで気が付かなかったんだろう。「いえ、なんでもないんです」と返しながら、「犯人も古代ルーン文字学を取っている」と書いた。
「僕は取ったことが無いから詳しくないけれど、独学でどうにかなるほど、易しいものじゃ無かったよね?」
「そうですね、すごく、難しかったです……」
問われて、そう答える。期末試験直前、必死で知識を詰め込んだ苦い思い出が蘇った。
「青寮の生徒とか、それこそアメリア寮長ぐらい賢い生徒だったらもしかしたらどうにかなるのかもしれないけど……でも、彼女のような人がそんなことをするなんて、考えにくいもんね」
フェデリーコ先輩の言葉に頷く。それに関しては、その通りだと思った。
「他に、分かったことはあるかい?」
「はい、他には……」
*分かったことはこれで全部だ
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*分かったことはこれで全部だ
「分かったことは、これで全部ですね」
「なるほど、じゃあ一回、メモを見返してみようか」
「はい」
言われて、手元の紙を見る。それには、こう書いてあった。
アメリア寮長を除く寮長たちは、図書館の先生に言われたと言って詳しい事情を知らなかった
僕が犯人だと思われている理由
・目撃証言
・ネクタイピンが落ちていた
・メモが机から出てきた
本を持ち出した犯人は図書館の西側(赤寮・緑寮側)に走って行った
誰かが、僕を犯人にするためにネクタイピンを落とした?
メモも誰かが僕を犯人にするために机の中に入れた?
犯人も古代ルーン文字学を取っている
こうしてみると、思ったより色々なことが分かって居たらしい。それに、なんだか安心してほうと息を吐く。
「じゃあ、今度はこの情報たちから何か分かることが無いか見てみようか」
「分かりました」
言われて、じっと文字を追う。……けれど、良く分からなかった。
視線は紙の上に載せたまま、思考を巡らせる。
犯人は、僕の姿をしていたとクルール君は言っていた。つまり、変身術を使っていたはずだ。ということは、少なくとも1、2年生では無いはず。そこまで考えて、目撃証言の横に矢印を引いて「変身術で僕の姿に 3年生以上?」と書いた。
僕の手元を覗き込んだフェデリーコ先輩が、「そっか」と言う。
「目撃者のクルール君曰く、犯人は君の姿をしていたんだもんね。っていうことは、変身術を使っているはず。でも、姿をそのまま真似る変身術は高度な魔法だから、下級生が使ったとは考えにくい」
「そうなんです。だから、3年生以上かな、って」
「なるほど。それ以上絞り込むのは難しいかな?」
そう問われて、考え込む。
「変身術の習得具合にはばらつきがあるだろうから、必ずしも上級生とは言えませんよね」
「そうだね。実際、僕は人の姿をそのまま真似る様な変身術はとても出来ないし」
フェデリーコ先輩の言葉に、苦笑いをして「僕もです」と返した。あれ、でも確か……。
「変身術って確か、別人になる場合背格好が似ているほど難易度が下がるんでしたよね」
「そうだね。っていうことは……」
「僕と、似たような身長の生徒、ですかね」
「そうだね。付け足すなら、女子生徒じゃなくて男子生徒なんじゃないかな。性別が同じ方が、難易度は下がるから」
フェデリーコ先輩の言葉に頷いて、さっき書いた文字の下に「同じような身長、かつ男子生徒が変身術で僕に化けた?」と書いた。
「ああそうだ。あと、変身術で変えられるのは姿だけで、服は変えられないから……もし黄寮の生徒でなければ、制服も新しく買ってるはずだよね」
「あっ、そっか!そうですよね」
どうして気が付かなかったんだろう。制服を生徒が買えるのは購買だけだから、購買の先生に聞けば分かるかもしれない。
「このあと、購買に行って確認してみます」
「そうだね。僕も今日はこのあと時間があるから、先生に古代ルーン文字学を取っている生徒について確認してみるよ」
「えっそんな、悪いです!」
顔の前でぶんぶんと手を振る。フェデリーコ先輩は、それを見て笑って言った。
「でもほら。俺、これでも監督生だから。俺だったら、先生も名簿とか渡してくれるかもしれないでしょ?」
そう言われてしまって黙り込む。確かに、それはその通りだ。ただの生徒、しかも容疑がかかっている僕じゃ、先生も情報を渡してくれないかもしれない。
「……分かりました。じゃあ、申し訳ないんですけど、よろしくおねがいします」
そう言って、フェデリーコ先輩に向かって頭を下げた。すると先輩は、いつものように「まかせて」と言うのだった。
*購買部に行って黄寮の制服を買った生徒が居ないか聞く
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古代ルーン文字学の先生の元に向かうフェデリーコ先輩を見送ってから、購買に向かう。購買は、丁度誰も居ないタイミングだった。
「すいませーん」
そう呼べば、奥に居た購買の先生がすぐに顔を出す。
「はいはーい、今日は何をお求めで?」
「あっ、すいません買い物がしたいんじゃなくて……ちょっと、聞きたいことがあって」
購買の彼は、「聞きたいこと?」と繰り返した。それに頷く。
「最近、黄寮の制服を買った生徒は居ませんでしたか?」
「そりゃあ、それなりには居たけど……やっぱり、任務で制服駄目にしちゃう子も多いしね」
「そうですか……」
思っていたような答えが得られず、思わず俯く。ああでも、ここで諦めちゃだめだ。そう自分に言い聞かせて、再び口を開いた。
「あの、他寮の生徒が黄寮の制服を買ったりとかって、ありませんでしたかね?」
「うーん?そんな子は居なかったと思うけど……あっ、ごめん居たわ。確か、赤寮の子だったかなあ」
「それは、どんな生徒でしたか!?」
来た!そう思って聞けば、思った以上に大きい声が出てしまった。彼は「おお、びっくりした」なんておどけた風に言って笑う。
「えーっとね、男子生徒だったよ。買って行ったのもスラックスだった。なんかね、友達に頼まれて代わりに買いに来たとか言ってたっけな」
「なるほど……身長って、どれくらいでしたか?」
「うーん?君と、同じくらいじゃなかったかなあ」
よし、よしよしいい感じだ!続けて、「ちなみに、名前とかって教えて頂けますか?」と聞くと、彼は途端に訝しげな顔になった。
「そんなこと聞いて、どうするつもり?」
しまった。そう思った。そりゃそうだ、いきなりそんなことを聞いて教えて貰えるわけがない。どうにか理由を付けなくては。そう思って必死で考える。
「あ、の」
「うん?」
「……僕、多分なんですけどその黄寮の制服を買って行ったやつの友達で!まだ制服が貰えて無いから、もしかして買い忘れたのかなって思って確認に来たんです!それで、念のため名前を確認しておこうと思って!」
必死で考えた理由を言えば、彼はじっと僕を見た。嫌な汗が止まらない。どうしよう、これ、誤魔化せたのかな。目を逸らしちゃいけない気がして彼の目を見ること少し。
彼は、普段のにこやかな顔に戻って口を開いた。
「なるほど、そう言う理由だったんだね。なら、教えても大丈夫かな。買って行ったのはね、リー・バントンだよ。赤寮4年生の」
「……ああ、やっぱりあいつだったんですね!もう、買ってくれたならさっさと渡してくれればいいのに。ありがとうございました、直接あいつに確認してみます!」
僕はそう言い残して、逃げる様に購買から去った。
*黄寮に戻る
/P.26/
*黄寮に戻る
嫌に上がった心拍数のまま黄寮に戻ると、談話室ではフェデリーコ先輩が紙をペラペラ捲っていた。彼の名前を呼びながらそちらへ向かえば、彼は暖かい笑顔で迎えてくれる。うっ、すごい安心する……!
「購買はどうだった?何か分かったかな」
「はい!」
そう元気に返事をして、僕は購買で得た、黄寮のスラックス制服を買って行った赤寮の生徒が居たこと、それは男子生徒で僕と同じぐらいの慎重だったこと、名前がリー・バントンだということをフェデリーコ先輩に話した。
「なるほど。じゃあ、君に朗報だ」
そう言って、彼は持っていた紙のとある部分を指す。
「これ、古代ルーン文字学を取っている生徒の名簿なんだけどね。ここに、リー・バントンの名前がある」
彼のいう通り、そこにはリー・バントンという名前が間違いなくあった。
「本当だ……!ありがとうございます、フェデリーコ先輩!」
「たくさん調べて、頑張ったのは君だよ。それに、まだ寮長たちにこれを伝えるという大事なことが残っているからね」
「そうですね……でも、これだけ情報があれば、きっと大丈夫です!」
そう言って、彼に向かって笑って見せる。ここまで手伝ってくれた彼に、安心して欲しかった。
「そうだね。じゃあ今日は、明日に向けてもう休むといいよ。もう夜だしね」
言われて談話室の時計を見れば、確かにもう眠ってもいい時間になっていた。
「そうですね、今日はもう眠ります。フェデリーコ先輩、本当にありがとうございました」
「うん、頑張ってね。お休み」
そう言って手を振るフェデリーコ先輩に会釈を一つ返して僕は自室に戻った。