「ふ、ははっ」
いつもより少し高い声が空気を震わせた。明るい笑い声は目の前の人物とは到底結びつかないものだ。
随分な間抜け面を晒しただろう。そんな風に笑うだなんて思ってもみなかった。
何が面白かったかはさっぱりわからないが余程ツボを突いたのだろう。涙まで浮かべての大笑いだ。
「お前、そんな大声出せるんだな」
「初めて会った時も割りと大声で叫んだと思うが?」
確かに。呟けば呆れたように見られた。だがお前、戦闘時は別人みたいなとこあるだろうが。
思っても口には出さずに飲み込んだラーハルトを不思議そうに見たヒュンケルは、しかしまだ笑いの波が収まらないらしく再び肩を震わせ始める。どうにか声を殺そうと口を覆って顔を背けているが、随分と苦しそうだ。
「笑いたいなら笑えば良いだろう」
憮然とした面持ちのラーハルトを見て、それすらも刺激にしかならないらしく涙目で首を振る。
いつもは陰気臭い顔をしているくせに、そんな顔で笑えるだなんて聞いてない。
無表情で立ち尽くすラーハルトは、その実脳内が大混乱だった。
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「ヒュンケルの大笑いかあ」
どうにも一人の胸には留めておけず、ならば誰を巻き込もうと思案したところに現れた適任者。
先日の衝撃を、感情を抑えて話しきればポップは何それ超見たいとラーハルトを恨めしげに見上げた。
「めっちゃレア。あいつ声出して笑うなんて全然ないし。あ、でも一回だけ見たな」
「なに?」
途端、悋気の滲む顔にポップは盛大に呆れるが、表には出さずに飲み下し、手を振って否定を示す。
「たぶん、ていうか絶対に思ってるのと違うぜ」
片眉を上げて視線で問いただしてくるラーハルトに器用な奴とやはり口には出さずにピ、と人差し指を立てる。
「検索ワードは軍団長、悪人面、高笑い、だ」
それだけで何となく察したのか、それはそれは微妙な顔をしてくれる。
見たいような見たくないような、でも知らないのも何か嫌だなって感じの顔を。
ざっくりそれがお披露目された経緯を話せばますます微妙さが深まった。そして何やら深く考え込む。そしてきっと面白いこと考えてそうだなーと深刻そうな顔を眺めるポップを無視して彼の脳裏に閃いた仮説。
もしや素は軍団長時代の方なのでは?
今までは軍団長時代の方が、周囲を威圧するための仮面だと思っていた。しかし、よく見る陰気臭い面構えは贖罪の念により本来の彼が押し殺されているのではないか?そういえば、ヒュンケルは割と相手によって見せる顔を変えている気がする。
ぐるぐると回る思考の末、思い至った結論に確かめたくて仕方ない。が、もしそうだった場合は素をさらけ出せる程の信頼を得ていないということでは?
ほぼ無表情に近いしかめっ面なのに目は口程に物を言うというか、何ともわかりやすい。笑いを耐えるポップには気付かずに立ち上がる。
「邪魔をしたな」
最早用はないとポップを一瞥すらせず立ち去る後ろ姿に手を振りながら見送って、ポップもまたこの一件を誰に共有しようかと足取り軽く歩きだした。向かう先はもちろんパプニカ女王の執務室である。
後日、妙に落ち着きなくソワソワしている半魔に首をかしげた長兄が次兄にポロっとこぼしたところ事のあらましを知ることとなる。得心がいったのか、一つ頷いた彼は正確に半魔の内心を悟ったらしい。
「存外、繊細なようだ」
口角を僅かに上げて、珍しく面白そうな表情を隠さないヒュンケルにポップは思い切り嫌な顔をした。
「お前って本当タチ悪ィ」
「相手はちゃんと選んでいる」
しれっと返す彼はどう見ても悪いカオだ。造詣が整ってるせいで様になるが、哀しいかなポップには獲物を見定める捕食者にしか見えない。厄介な男にひっかかったものだと次兄は迷える半魔に心中で合掌した。
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魔王軍時代は割と表情豊かだよなと。感情押し殺して贖罪に生きるのも良いけどもそう見せてるだけの強かな性格悪いのも良い。腹黒系大好き。わりとラーの方が距離感?バグってると面白い。ヒュンは子供時代は周りと付き合いあるし、軍団率いているのでそれなりに対人?魔物?能力身に付けてるかもしれない。