部屋で学校に行く準備をしていると台所のほうから良守が大泣きしている声が聞こえてきた。
「やだ~~いくの~~~」
今日は幼稚園の遠足のはずだ。軒先には一緒に作ったてるてる坊主もぶら下がっていて、そのおかげか無事に良いお天気になった。
なにがあったのだろうかと準備を終えてから向かうと、朝ごはんの準備をしている父さんの足元に縋りついて泣いているところだった。
「良守、どうしたの?」
うわーん。泣きながらこちらに向かってくる。大泣きしているせいか顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「にいちゃぁぁぁぁん、よしもり行くのぉぉぉぉぉぉ」
待て、その顔で抱きつくなと思いつつしゃがみこんでそれを回避しつつ目線を合わせてたずねる。
「今日遠足だろ?準備しないと」
「だからぁぁ~よしもりは行くのぉぉぉ」
状況が見えない。傍にいた父さんに視線を送ると、父さんも眉を下げた困り顔だった。
「今朝から熱出ちゃって、遠足は行けないよって言ったらこうなっちゃって」
たしかにずっと楽しみにしていた遠足に急に行けなくなったと思うと気持ちはわからなくもない。楽しみすぎて熱が出てしまったパターンだろうか。
「良守、熱があるなら仕方ないだろ。我慢しろ」
「やぁだぁぁぁぁ。行くのぉぉ。にいちゃんなんか嫌いだもん」
そういうとまた父さんの足元に縋りついて泣き続ける。
こんな理由で嫌われたらたまったものではないがどうにもならない。とばっちりを食らってしってい凹みつつも自分は何もすることはできないので、仕方なしにとりあえず準備された朝ごはんを食べて学校に向かう。家を出る際にもまだ良守はメソメソと泣いていた。
放課後、学校から帰ると玄関に袋に入ったさつまいもが置いてあった。
なんでこんなところに?とも思わなくなかったがひとまず部屋にランドセルを置き、おやつをもらいに台所へ向かう。
夕食の準備をしていた父さんに芋が置いてあった理由を聞いて納得した。どうやら今日は芋ほり遠足だったようなのだ。行けなかったということで掘ったイモをわざわざ届けてくれたのだという。
「ふーん。で、良守は?」
「ふてくされてお昼寝してる。熱は下がったからもう大丈夫だとは思うんだけどね」
いったん落ち着いたものの、届けられたサツマイモを見てまた思い出したのだという。
「夕飯の支度しなくちゃいけないから、良守が起きたら少し遊んでやってくれる?」
「うん、わかった」
とりあえずおやつをもらい、茶の間へ行く。年に1度しかチャンスがない芋掘りを熱出して休むなんて、なんてバカなやつなんだろう。どんだけ楽しみにしすぎていたのか笑えてくる。そんなことを考えつつせんべいを齧りながら宿題をしていると、ふといいアイディアを思いついた。
宿題もそこそこに父さんに相談しにいくと、二つ返事で了承してくれた。
「ほら!良守起きろ!芋掘るぞ!」
昼寝をしている良守を起こしに行く。
「にいちゃん、何言ってるの?」
目をこすりながら起き上がり寝ぼけた声で言う。
「いいから。ほら。長靴はいて庭においで」
正守はそれだけを言い残して部屋から出て行ってしまった。
置いていかれた良守は、仕方なしにお気に入りの黄色い長靴を履くと玄関から外にでる。が、見まわしても正守の姿はない。不思議に思いながら中庭のほうへ向かうと、花壇にしゃがみこんだ正守がなにか土いじりをしていた。
「にいちゃん?」
「お?起きたな!さ、掘るぞ」
急に言われても理解が追い付かず、あたまの上にハテナマークを並べて首をかしげる。
「ほら、こっちおいで」
呼ばれるままに近づくと、正守がスコップで土を掘り芋を探し当てる。
「おわっ!おいもだ!」
目を輝かせて正守が手にしたさつまいもを見る。良守もスコップを片手にしゃがみこみ意気揚々と土を掘り始めるのを見ると、正守は立ちあがって息を吐き汗を拭う。
秋植えの球根を植える前で何もなかった花壇に、玄関にあったサツマイモを全部埋め込んだ。
見ているとどうやら良守は芋を掘り当てたようだ。
「にいちゃん!あった!!」
誇らしげに見せてくるのを見て、とりあえず苦労した甲斐があったと思った。
「全部で5本あるから、あと3本はあるはずだぞ」
「よしもり、頑張って探す!」
そういうと、一心不乱に探しはじめ次々と掘り当てていく。
芋掘りって本当はこうじゃないんだよなぁと心の中で苦笑いをしつつ、これで良守が満足してくれるならまあいっかと一人で納得する。
しばらくすると、縁側に父さんが蒸かした芋を持ってやってきた。
「お芋ふかしたよ~」
声を掛けられた良守は、花より団子、一目散に駈け出そうするので慌てて引き止める。
「まだ4本しか探してないよ?最後まで探しな」
「うぅぅぅぅ」
口を尖らせて拗ねる様子を見せるが、食べたい欲望をなんとか抑え込み必死で残りを探す。そうしてなんとか全部を探し当てるとスコップを放り出し縁側に駆け寄る。
「おてて洗った?」
またもや父さんからストップをかけられて、芋を目の前にまたお預けを食らう。
「うぅぅぅぅ」
少し涙目になりながら、今度は外の水道までかけていくが今度は蛇口が硬くて開けられない。
「にいちゃぁぁぁん」
片づけをしている正守を半泣きで呼ぶ。
「どうした?」
「お水…」
「どれ貸してみな」
正守が回すと簡単に水が出てくる。その水でさっと流して戻ろうとする良守の首根っこを捕まえてもう一度一緒にきちんと手を洗う。早く食べたくてソワソワしているの良守を抑えるのには大変だった。
「ほら、いいよ」
正守が離すとまた縁側へと駆けていく。今日は一日寝ていたから元気が有り余っているのだろうか。
正守も自分の手を洗うと縁側に向かい、良守の隣に腰を下ろす。
「はい、にいちゃん」
満面の笑みでさつまいもを渡してくれる。
「ありがと」
ホクホクの甘い芋を頬張りながら庭を見ると、片付け半端だった芋がまだ花壇の傍に転がったままだった。それを見つけた父さんは、サンダルを履いて庭に降りると芋を集めて戻ってくる。
「よし。じゃあ今日は良守が掘ってくれたお芋で二人の好きなてんぷらにしようか」
「「やったぁぁ」」
声を揃えて喜ぶ。良守をうまく乗せてくれる父さんはさすがだった。
とはいえ、夕飯までにお腹を空かせておかないと食べられない。今ここで本気で食べてしまうと肝心のてんぷらが入らなくなってしまうと気づいた正守だったが、良守を見るとよほど美味しいのか小さいものをもうすぐ1本食べきってしまいそうな勢いだった。
「良守。夜食べられなくなるよ?」
「うん?大丈夫だよ?」
「お腹いっぱいじゃないの?」
「大丈夫!」
気にする様子もなく、ひたすら食べ続けている。絶対夜に食べられなくなるやつだ。また、グズグズ言われるに違いない。
「もうお終いね。あとは夜ご飯にしよ」
「うん」
なんとか気を逸らすことに成功した。空はすっかり夕暮れになってオレンジ色に染まってきている。
「来年は、ちゃんと遠足行けるといいな」
「あ、にいちゃん飛行機雲」
人の話をまるで聞いていない。そんな良守だったが、そのおかげで久しぶりに一緒に庭で土いじりをして楽しむことができた。たまにはそんな遊びもいいかもしれない。そう思うほどには、良守と外では遊んでいなかったのだ。
「そうだ。あとで兄ちゃんと風呂一緒に入るか?」
「やった」
「あ、お風呂洗ってないっ」
父さんが慌てて風呂場に向かう。それを2人で見て笑う。
そんな夕暮れの墨村家であった。