伊黒さんが謂れの無い苦情を受ける話「伊黒」
「悲鳴嶼さん?どうかされましたか?」
何だか少しイラついたような悲鳴嶼さんに呼び止められて、俺は少しだけ姿勢を正した。
頭は高速で回る。ここ半年、悲鳴嶼さんに関わることはあまり無かったし、手紙も報告が主だから、こちらも問題はないだろう。
それでこう呼び止められるということは、間違いなく同じ柱の甘露寺か不死川のどちらかだが、正直二人はある意味問題児なので、どちらの事で呼び止められたか良く分からない。
そして、どちらにしろ二人の役職は自分と同じ柱であるので、俺が言われるのは意味が分からない。
「君に頼みがある」
「はい?」
「不死川に木登りを教えるのをやめて欲しい、最近上空から狙ってくるのでな」
そっちか、いや、木登りなんて俺は教えていないんだが…
どう伝えれば良いのだろうか?
「あぁ、すまん、お前に伝えてもどうしようもない事は分かっているんだがな」
「いえ」
本当になと心の底から思うが、はらはら泣かれると、ネチネチ言うわけにもいかず、口元を袖で隠した。
「そういえば、木の上から狙ってくるとは?」
「うむ、任務帰りに完全に気配を殺して私の屋敷への道に潜んでいて降ってくるので困っている」
友よ、お前はいったい何をしているのだ…
何のためにそんな上空から鬼殺隊最強を狙うんだ。
「いや、絶対嫌ではないんだが、ビックリするだろう?」
「嫌ではないんですか…驚くなら道を変えては?表からの道と裏からの道と二本あるでしょう?」
「そうなんだがなぁ。驚いて抱き直すと嬉しそうにするから…」
そういえばこのお人、不死川と付き合ってたな。
はっきりとのろけるのは本当に勘弁して欲しいが、軽く匂わせてくるのも何ともはや。
いつもは重圧のある表情をしているが、不死川の話をする時だけは少し困ったような照れた顔をするので、いつも驚いてしまう。
「まぁ、嫌でなければ、アイツが喜ぶのであれば受け入れてやってくださいませんか?」
「だがなぁ、正直危ないんだ、だから、止めて欲しい」
「俺が言うよりも、悲鳴嶼さんが言った方が聞くと思いますよ」
呆れたように伝えるが、悲鳴嶼さんはモジモジしているだけで、そうかなら俺から言うかとはならないようだ、面倒くさい。
「そう思うか」
「はい。アイツは俺たちに言われてもふてるだけですよ」
話は終いだと、背を向けようとふと視線を巡らせると猫のようにワクワクした顔で結構な高さの枝で待機している友と目があった。
お前…何をしてるんだ…
バカじゃないのか?高すぎるだろ。
「は?」
「そうか、では私が言うしかないのか」
はらはらまた泣き出したが、気付いてないのか?しょんぼりしているが、良いのか!?あれ、絶対飛び下りてくる気だぞ?
「不死川に嫌われたら無理だ、私は死んでしまう…」
「そんな簡単に死にませんし、アイツはそんなことで嫌いませんよ」
上で俺に困惑しているしな。
今にも降ってきそうだし、何度も言うが何をやってるんだ友よ。
悲鳴嶼さんも何をやってるんですか!?
仕事ではがっつり叱り付けたりしてるんですから分かるでしょう!
それでも一緒に居るんですから嫌うはず無いでしょう!
全く…、悲鳴嶼さんには気付かれないように少し距離をとってから上空の不死川に視線を送ると、パッと嬉しそうな顔をして木から飛び下りて、拝んでいる悲鳴嶼さんの腕と胸板の間にうまい具合にするりと入り込んで、首にグッと抱き付く。
「不死川、危ないぞ」
「あー?悲鳴嶼さんなら大丈夫だぁ」
「それでも、危ないから悲鳴嶼さんが俺に苦情を申し立てしているんだろうが、そんな事すらも分からんのか貴様は」
「何で伊黒ォ?」
キョトンと二人の間を不死川の視線がキョロキョロと行き来する。
それにしてもコイツ悲鳴嶼さんの前だと本当に見たことの無い顔をしているな。
悲鳴嶼さんも困ると言いながらも拝んでた手で腰と尻を支えてやってるしな。
「そこはどうでもいいから、とりあえず、落ちてくる前に一言伝えてやってはどうだね」
「悲鳴嶼さんもその方が良いんかぁ?」
「うむ…」
「なら言ってくれりぁあ良いのにぃ」
あの、悲鳴嶼さんが!
デレデレしている!?はじめて見たぞ!!
まぁ、でも、この後イチャつかれるのは見たくない…
「話が纏まったなら俺はもう行くからな」
「おぅ!伊黒また来週なぁ」
「また半年後」
手を振ってくる二人にゲンナリしながら距離をとれば、ふとやっぱり俺が苦情を申し立てられるのはおかしいだろうと思うが、先ほど見た二人の様子を思い出せば仕方無いとふぅと息をついた。