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    玖堂らいか@SD再燃中

    ダイ大やスラダン絵を気の向くままに。顔ありの三井夢主がいます!

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    POIPOI 27

    連載しているmti夢の一部の話ですが、今回は幕間で夢主が転校する少し前の話。mtiは出てきません。ご了承ください。
    ※演出として医療行為に関する表現が出てきます。素人の書いたものですのでご了承ください。

    #SD夢
    #三井夢
    #夢小説
    dreamNovel
    #長編夢小説

    幕間閑話- 幕間閑話 -
     
    季節は8月の半ば、まだまだ秋の気配には遠そうだ。
    湘北高校への2学期編入手続書類を提出した帰り、新品の制服を着て歩く。パフスリーブに襟のライン。ふわりと揺れる赤いリボンが可愛らしい。ベストも腰のラインがキュッとしていてスタイルよく見せてくれる。だれもいないのをいいことに、くるりくるりと、ステップを踏んで回ってみたり。
    校則もゆるいみたいだし、ソックスはどんなのにしようかな?この長くて邪魔な髪もこの際思い切ってバッサリ切っちゃおうかな。そんなことを考えながら細い道を歩いていく。この住宅街を抜ければ駅までの近道らしい。

    すると、突然男の人の慌てた声がした。
    「親父!親父!しっかりしろ!親父ー!!」
    アパートの入り口塀を覗いてみると、ひとつ、ドアが開いて男性が必死に声をかけている。
    見るからに異常事態だ。
    「どうしました?大丈夫ですか?」
    「えっ」
    私は駆け寄って、しゃがみ込む男性に後ろから声をかけた。振り向いたのは、燃えるような赤い髪をリーゼントにまとめた男性…というには若い、学生服の少年。その顔は青ざめている。アパートの玄関先に視線をやると
    「!!」
    その光景に思わず心臓が跳ねた。もう1人、男性がうつ伏せに倒れている。さっきの話からして、少年の父親だろうか。
    「大丈夫ですか!しっかりしてください!」脇をすり抜け、駆け寄り、声をかける。
    「君、救急車呼んで!」
    「いや、病院、すぐそこだから医者呼んでくる!!」
    言うなり少年は走り出す。
    「待って!ねぇ!」
    「悪りいけどあんたはそこに居てくれ!」
    振り返ることなく、少年は駆け出していき、彼の父親と私の2人が残された。
    た、大変な場面に来てしまった…。
    「…出来ることをやらなきゃ…」
    でも、何を…何をしたら良いんだっけ。倒れた少年の父親は浅く息をしながら、胸を押さえている。保健体育の授業でやった、救急蘇生の処置が頭に浮かんだ。まさか、そんなのが本当に使う日が来るなんて…。ええと、まず仰向けに寝かせて、
    「大丈夫ですか?お父さん!聞こえますか??返事出来ますか!?」
    バンバンと肩を叩く。
    やっぱり、意識がない…!
    少年のいない数十秒が数時間のように長く感じられる。
    早く、戻ってきて…!お願い…!
    脈をとる…首の…場所がわ、わかんない、触れないってことかな。
    息が浅い…!あと、心臓マッサージをするんだったっけ。
    怖い、怖い…私が…出来るのかな…?
    もしこれで、彼の父親が助からなかったら?私がやり方を間違えていたら?私が死なせたことになるんだろうか。
    震える手を握り込み、奥歯をグッと噛み締めた。
    逃げるな…もう、逃げるもんか…!
    下駄箱の上に放置されたハガキを掴み、私は受話器を取り上げた。
    ***
    1番近い医者は俺の足なら2分も走れば駆け込める、はずだった。
    「テメェら…!」
    「 4人でダメなら、8人できてやったぜ…桜木よぉ」
    いつもならなんてこともねぇが、今は緊急事態だ。
    「そこを退けっていってんだろーがぁ!!」
    間合いの内側の1人を殴り飛ばすと、視界の外から肩口に振り下ろされたのは木刀。
    「オラァッ!」
    「どけ!どきやがれ!」
    裏拳をアバラを目掛けてお見舞いし、2人目を吹っ飛ばした。
    「親父が倒れたんだ!退いてくれ!」
    連中は聞こえてもいないようにゲタゲタと笑っている。そりゃそうだ、俺が逆の立場だったら「で?それが?」
    とか言っているだろう。
    ダメだ…埒が開かねぇ。アタマはこいつか!
    俺は迷わず先刻叩きのめしたヘッドの男に飛びかかり、頭突きを喰らわせ、鳩尾を蹴り飛ばすと周りの男たちが慌てた。その隙に強行突破を諦め、踵を返した。
    「ちくしょう…ちくしょぉっ…!」
    ***
    私が119番をかけ、手にしたハガキの住所を読み上げると、バンと壊れそうな勢いでドアが開き、少年が駆け込んできた。すぐにガチャリと鍵をかけると「悪ぃ、邪魔されちまった!」と父親のもとに駆け寄った。
    「ドンドン!ドン!ドン!」
    「ひっ!?何!?」
    ドアが割れそうな勢いで殴られ(ノックされ)る。
    「ゴラァ!桜木!出てきやがれクソが!!」
    外から怒号が聞こえてくる。この少年の怪我はケンカのせいだったのか…。
    さらに自分の身にも及ぶ恐怖心に鞭打つように、声を張り上げる。
    「今119かけたから話して!!お父さんのこと言って!」
    少年に受話器を渡す。
    「え、えと、あとは」
    そうだ、脈がふれないなら心臓マッサージ。
    迷うな!迷うな…!
    指先が恐怖で冷たくなる分、血が脳に回るのだろうか。頭の中がクリアになる。ぼんやりしながら聴いていた内容が蘇る。
    そうだ、胸の中央を…垂直に、強く、早く、途切れないように!!
    「火事ですか、救急ですか?」
    「キューキューシャ!親父が倒れた!」
    「いつかわかりますか?」
    「わかんねぇよ!今さっき、俺が家帰ったら玄関で倒れてて。」
    「わかりました。状態はどうですか?」
    「ジョータイって、なんか、全然動かねんだよ!」
    「いいよ、受話器、私に向けて!」
    ドン、ドン、ドンとうろ覚えの心臓マッサージをしながら途切れ途切れに受話器に向かって怒鳴る。
    「40歳、ほどの、男性、意識、ありません! 呼吸は、はぁはぁして、ました、脈が、わかりません。今、心臓、マッサージ!して!ます!」がっ、がっと跳ねながら胸を真上から上下に押し込む。
    「わかりました。たった今救急車が出動しましたので、そのまま心臓マッサージを続けてください。」
    少年は受話器を置き、父親に駆け寄った。
    「親父、救急車、すぐに来るからな!」
    「お母さんは?連絡つかないの?」
    「…いねぇんだ。」
    そうか…。それ以上の情報は、今は聞くべきでないだろう。
    「ねぇ、君、人工呼吸、出来る?」
    「じんこーこきゅー…チューみたいなやつ?」
    似てるけど違う。そもそも目的が違う。けれどその必要性があることを感じ取ったのか、少年は着ていた学ランを脱ぎ捨てた。
    「わっかんねぇけど教えてくれ!何でもやるから俺!」
    「ええと、お父さんの、顎を逸らせて天井に向ける。ちがう、もっと、顎が天井に向くくらい、そう!鼻詰まんで、口全体を覆って、息をふーーーって吹き込むの!大きく!できる!?」
    「いーよ、なんでもやるよ!親父が死なねえならよ!」
    目を血走せながら、どうにか私に言われた通りに少年は処置を行う。
    「助けるからな!俺が絶対助けてやっからよ!苦労かけてごめんな親父!絶対死ぬんじゃねえぞ!」
    人工呼吸の合間に、少年は必死で父親を呼んだ。
    「頼む、俺を…独りにしねぇでくれよ…!」
    そうだ、この父親まで喪ったら、彼は…。
    私も彼も、もはや発狂しそうなギリギリのところで正気を保っていた。
    早く!
    早く!!
    誰でも良い、誰かあたし達を助けて!

    今が数分なのか、数時間経っているのかもうわからない。
    汗がポタポタ垂れて私の息も切れてくる。
    「ねーちゃん、そっちも代わる!」
    必死に父親に声をかけていた、少年ががっ、と腕まくりをした。
    「じんこーこきゅーの時はアンタ代わってやってくれ!どーやったら良い!?」
    「胸の真ん中の、硬い骨の上を手を上に重ねて組んで、真上から押し込んで!」
    「ガン!ガン!おらぁ!いーかげん出てきやがれ!!おい、ドアぶっ壊せ!」
    「くそ、しつけえな…」
     
    『ピーポーピーポー…』
    遠くからサイレンの音がすると、その音は次第に大きくなり、近づいてくる。
    「来た…!」私と少年は顔を見合わせた。
     
    「やべぇ、なんか来たぞ!」
    「ねーちゃんここ頼む、俺、呼んでくるから!」
    扉1枚隔てたその向こうで、少年を追いかけてきた奴らと、救急隊が揉めている。
    「大丈夫ですか!!」「君たち、退きなさい!」
    「こっちだ…!!頼む!」
    ドアの縁をつかんで勢いをつけた少年は内側から扉を全力で蹴り開けて、学ランの大柄の不良数人が吹っ飛ぶのが見えた。その瞬間、救急隊が駆け込んでくる。
    「親父、救急車来たぞ!!」
    「もう大丈夫ですよ、今機械で測りますからね」
    酸素マスクと、手や胸への計測機械。救急隊が駆け寄り、先ほどの自分達よりずっと手際よく処置を施していく。
    私は隣で立ち尽くす少年にそっと声をかけた。
    「ねえ、お父さん何か薬とか飲んでなかった?あと多分、保険証とかいるけど場所わかる?」
    「あ、あるかも…。」
    少年は部屋の奥に行き、使い込まれた黒い鞄を持って戻ってきた。
    「仕事のカバン、持ってきた。薬とか財布とか、入ってるみたい。」
    「一応全部、持ってこ。」
    少年の父親は機械をあちこちにつけられ、ストレッチャーに手早く乗せられると、救急車に運び込まれた。
    革の鞄を小脇に抱えた、赤髪の少年は、救急車に登ろうと片足をかけると、振りむいて私に向かって手を差し出した。
    「おいねーちゃん、アンタも来いよ。」
    「えっ?」
    明るいところでようやく認識した彼の顔はまだ幼く、それに似つかわしくないあざや擦り傷があちこちにあった。
    「さっきの奴らまた来るかもしれないし、ここにいたらあぶねーよ?」
    「わ、わかった。」
    私がとった彼の手は、血と泥がこびりつき、緊張でひどく冷たかった。

    「桜木さーん、聞こえますかー。」
    救急隊員が声をかけ続ける中、心臓マッサージが続けられている。車内はピッピッ、という無機質な機械音が響く。少年は俯いたままだ。
    幸い、すぐに市中の総合病院に到着し、父親を乗せたストレッチャーは流れるように救急救命室に運ばれていった。こちらでお待ちくださいね、とスタッフに言われて、しばし少年と2人で待っていると、小豆色のスクラブを着た医師が話しかけてきた。
    「息子さんかな、お父さんのこと少し、聞かせてくれるかな。あと君もひどい怪我だ、処置室で手当もしよう」
    そう促されると、赤い髪の少年は大人しく従って処置室へ入っていった。
    「お姉さんもこちらへどうぞ。」
    姉では…ないんだけど。断る理由もなく、私も促されてあとに続いた。
    カーテンのパーテーションで仕切られた処置室に通された少年は、先ほどの医師によって傷口が手早く洗浄され、その様子を観察すると、てきぱきとガーゼが貼られていく。
    「君、名前は?」
    「さくらぎ…な…ち…いてっ」
    「桜木花道。良い名前だね。お父さんの名前は?」
    「----」少年の唇が動く。
    「お母さんは留守?」
    「…いねぇ。俺がガキの頃に病気で…。」
    「そうか…君の年は?」
    「14…。」
    まだ中学生!?でっかい…。こんなに大きくても、まだ、幼さの残る横顔。
    お父さんが急に倒れて、すごく怖かっただろうな…。
    「で、あなたは、彼のお姉さん?」
    「い、いえ、私は通りすがりで。彼がお父さんを呼んで焦ってたから、声かけて。」
    「そうなの、2人ともこんなこと初めてで、怖かったでしょう。よく頑張ったわね。心臓マッサージがきちんと出来てたから、かかった時間の割に数値が下がってなかったって救急隊が言ってたわ。」
    そうなのか…。
    「お手柄ね。例え短い時間でも、してるとしてないとではその後の回復や障害の有無に大きく差が出るから。」
    「そう、なんですね…」
    「もう大丈夫よ。私たちがここで、しっかりお父さんを見るから、落ち着いて待っていて。不安な時はいつでも声かけてね。」
    「ありがと…ござい…ます…。」
    二人で待合室に戻る。手当てをされた少年は顎やひたいにガーゼを貼られ痛々しい。
    「顔、骨折れてなくて、良かったね、桜木君。」
    後ろのほうで、病院の自動ドアが開き、数人の少年の声が聞こえてきた。
    「あ、おい高宮、花道いたぞ!あそこ!」
    「ほんとだ、おーい、花道ー。」

    「俺のせいだ…。」
    「えっ?」
    生気もなくうつむいて床を見つめるばかりだった少年が、ぽつりとつぶやいた。
    「ごめん…ごめん、なさい…。」
    「桜木君…?」
    堰を切ったように、少年から懺悔と、涙があふれ出した。ぽたり、ぽたりと学生服にしみが増えていく。
    「俺が、ちゃんとしてなくて、毎日喧嘩ばっかりしてて、親父のこと困らせてばっかで!俺が!こんなだから!親父がこんな目に!ずっと、大事な親父だったのに!俺のせいで…、うっ、ううううう…!」
    溢れ出す彼の後悔に、涙に、胸が締め付けられるように痛む。もし、少年がけんかもせず、まじめに学校に通い、父とともに助け合って家事をしていたら、こんな理不尽が訪れなかったというのか。
    ぺちん。
    私は、泣きじゃくる少年の頬を、両手で挟んだ。
    「違う…」.
    「へ…?」
    涙でぐずぐずの、背の高い少年の顔を、ぐっとのぞき込む。
    自分の素行が悪いから、不良だから、罰として親が死ぬなんて、そんな理不尽な話があってたまるか。
    「違うよ、自分のせいだなんて、そんなこと言っちゃ、ダメだよ。桜木君。」
    ひとりぼっちの、心細くて寂しい君にどうか少しでもいいから届きますように、と思いながら私は言葉を選ぶ。
    「君は、立派だったよ。本当によく頑張ったよ、怖いのに歯食いしばって、必死でお父さん助けようとしてたの知ってるよ。こんなに頑張り屋の息子、嫌いなはずないじゃん。喧嘩してたって、ずっとずっと、大好きに決まってるじゃん!」
    もっとうまい言い方があるはずなのに。不条理に追い詰められた少年に寄り添うような、優しい言葉をかけてあげられればいいのに。胸の内にある思いが、こんなにも粗野な言葉になってしまう。どうにも私はこういうのが昔から苦手で。私の視界までにじんでくる。見つめていた少年の顔がぼやける。これはきっともらい泣き。暖かい涙が私の頬に流れていった。
    「頑張ったよ、君は本当によく頑張った。先生も言ってたじゃない。だいじょぶだから、きっとお父さん良くなるから。君が私とか、病院とかちゃんと頼ったから、お父さん絶対元気になるからね。」
    「ぐすっ……ねーちゃん…」
    君はこれから大変だろう。心から願ってはいるけれど、お父さんが全快する保証はない。私たちの生きる世界はいつも、優しいとは限らない。
    だとしても、そうだとしても、だ。
    「あのね、大事なこと、いうよ?」
    そういうと、私も唇を引き結んで何かをこらえる。
    「これからもさ、困ったこととかムカつくこととか、どーにもならないこととかいっぱいあるけど、どうしようも無くなったら、ちゃんと誰かを頼るんだよ。友達とか、仲間とか、先生とか、病院とか。1人は辛いよ。みんな、いるからね。今日みたいに、助けてって、言うんだよ。」
    「たよる…?」
    「絶対ひとりで諦めちゃ、ダメだよ。君が誰かを頼ったら、今度は違う誰かが君を頼りにするから。君の手を握って、頼むって言ってくれるから。そうやって…できてるん…だから…。」
    緊張の糸が切れた私も、もう心がくしゃくしゃで、自分でも何を言っているのかわからなかった。
    「ぅうううああああああ……」
    私の必死な何かがひとひらでも伝わったのか、再び少年は咽び泣いていた。
    「おい、花道…」
    「よーへー…?」
    私の肩越しに少年が見つけたのは、彼の親しい友人のようだ。今の話を聞いていたのか、恐る恐る少年に近づいてきた。
    「…友達?」
    「ぐすっ、うん…。」
    「大丈夫か、花道。」
    リーゼントヘアの子が二人と、髪を下ろした子と、眼鏡をかけた丸っこい子が一人。赤い髪の少年に近寄り、「探したぞ」「大丈夫か」と声をかけるので、私は数歩少年から離れた。
    「あの、花道が、すんませんした。」
    その中の1人が私も当事者だったことを察し、声をかけてくれた。
    「ううん、気にしないで。…あとは、桜木君のこと任せても大丈夫?」
    「はい、多分、なんとかします。ありがとうございました。」
    「うん…よろしく頼むね」

    「あり…ばと…ねーちゃん。」私がその場を離れる様子に気がついたのか、ぐず、と鼻を鳴らしながら、少年が礼を口にした。
    「うん、じゃあ…私、行くね。花道くん、元気でね。お父さんもお大事に。」

    救急車に乗ったことで、自分の現在地がわからなくなってしまった私は、何度か道を間違えながら、ようやく駅に辿り着いた。
    「めちゃめちゃ怖かったなぁ…」
    私が出来ることはしたと思う。彼と会うことはもうないだろうし、その結末を知ることもないけれど、願わくばケンカっ早い、あの燃えるような髪の少年が、また笑顔になれるといいと思う。
    感謝されたくてやったわけじゃない。ただ、気づかないふりで通り過ぎる気分の悪さが嫌だったのだ。
    「これが、偽善だっていうなら、上等だよ。」
    そう呟いて、私はホームへの階段を登って行った。

    「花道、親父さん、倒れたのか」
    「ん」
    「で、あの人が通りかかって助けてくれたのか」
    「ん」
    「あの人の名前は?」
    「しらねぇ」
    「聞いてないんかよ!」
    「高校生かな、大人のおねーさんって感じ」
    「どこの、こーこー」
    「…多分、あの制服は湘北だな。江ノ電で、こっから4つ先の駅の踏切越えて坂のぼった先の。」
    「しょー、ほく…」
    「お前、そう言えば進路希望出してないって言われてたぜ?」
    「高宮、それはいいから。とりあえず今は少し寝てろ花道、なんかあったら起こしてやるから。ひどい顔だぞ。」
    「湘北高校…か…」
    ***
    その後、季節は夏、秋、冬と駆け足で移り変わり、桜の季節になった。
    不良どもの間で悪名高いあの「和光中の桜木花道」のいかつさはどこへやら。だいぶ浮かれながら、人通りがやっとまばらになった校門の前に立っていた。
    「ほら、親父!ここで写真とろーぜ!」
    「わかったわかった、慌てるな」
    「ご機嫌だなぁ、花道。」
    そういうわけで迎えた、神奈川県立湘北高校の入学式。
    校門には真新しい制服を着て、燃えるような赤い髪をリーゼントにばしっと整え、あの夏からさらに背丈が伸びた俺のダチと、その父親がならんでいた。
    「花道いいかー、じゃ、おじさん、撮りますよー。」
    「はいチーズ!」
    ぱしゃり、とカメラの音がした。
    「花道のやつ、いーい顔しちゃってまぁ…。」
    ファインダー越しに俺も思わず笑ってしまう。頼むと渡されたカメラはだいぶ古いもののようだが、撮れた写真はきっと良いものになっているだろう。

    「花道、高校入学おめでとう。」
    「お、おう…、うん。」
    「親父…その…ありがとな。入学式来てくれて。身体治ってよかったな。あんま無理すんなよ?これからも。」
    「花道こそ、喧嘩はほどほどにな。」
    「ふぬっ、ゼ、ゼンショする…かも。」
    「ほら、新入生はあっちって先生が呼んでるぞ。父さんは保護者席あっちだから、後でな。」
    「おお!ほんとだ!行くぞ洋平!」
    「わかったわかった、慌てるとこけるぞ花道。」
     新入生入場口と書かれた入口にずんずんと向かっていく花道を、顔立ちこそ似ているものの、まるで違う穏やかな雰囲気をまとった親父さんが見守っている。
    「相変わらず、洋平君たちには苦労かけるね。」
    「いやぁ、そんなことねっすよ。花道のおかげで俺らも退屈しねーですし。」
    「これからもよろしく頼むね。またご飯でも食べにおいで。」
    「…あざっす。」
     そういうと、俺も遅れて花道のもとへ向かった。
    「そーいえばさぁ、在校生に、あのおねぇさんいるかな?」
    「あーあの人な」
    「ぬ?誰だっけ?」
    花道の反応をみて、大楠と野間が思わずぎょっとした。花道の「誰だっけ」はとぼけるでもなく、本当にぽかんとした顔だったからだ。
    「もー忘れたのかよ、お前のおやっさん助けてくれた…!」
    「ぬぬぬ…イカン、顔が全く思い出せん。」
    「はぁー!?」
    あれから花道はあの日世話になった(らしい)「おねーさん」の話をしていない。中学時代何十人の女子に振られたあの花道が彼女についてはまるで女性としての興味を示さないのだ。ただあの日から、花道は何かが変わったよな、というのが俺や高宮、大楠や野間との統一見解ではあるが、今ここで多くを語る必要はないだろう。
    ひらりと花道の肩に落ちた桜の花びらをつまみ、俺は風に乗せるように放った。
    「ははっ、まったく花道らしーなー。まぁ、良いんじゃねーの。そのうち見つかるさ。」


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