体に毒だがあまったるい 別にそれを告げる必要はないのだけれど、おれさまはいつも「ちょっと一服」とまるで独り言のようにわざわざ呟いてからベランダへ出る。そうすると、ニコチン中毒でもなんでもなく、その肺はきれいなピンク色であるはずのダンデまでが「おれも、おれも」となにやらコソコソと呟きながら、おれさまの後をひょこひょこついて来るのだ。そうして、いちばん美味しいひとくちめをおれさまが味わったのを見届けると、またもや「おれも、おれも」とまるでエサを求める雛鳥のようにぴーちくぱーちく鳴いておれさまにまとわりつき、まだまだ美味しいふたくちめを奪ってゆく。そのくせ、ちょこっとふかしただけで「にがい。まずい」と顔を顰めては、ほんの数ミリも減っていない一本をおれさまへ突き返すのだ。
「学ばないねえ、おまえも」と、瞬く間に返却された哀れな不健康を口の端に咥えると、ダンデは再び物欲しげな顔つきになる。その怪しげな表情に気づかないようなおれさまではないので、「もうやらないよ。もったいねえもん」と先手を打てば、目の前の男の唇がたちまちつんと尖る。
「キミが吸ってるとうまそうに見えるんだ」
「人のものを欲しがるのはいい趣味じゃないぜ、オーナーさま」
「そういうんじゃないんだが」と首を傾げ、思いのほか真剣に、己の心の在り方を探し始めたダンデはやがて「キミが咥えた煙草は、甘そうに見える」と言った。
ふうん、とさりげなく打った相槌の、端に灯った火にダンデはきっと気づいていない。
「甘いのがほしいんだ?」
「なんだか口が寂しくて」
宇宙の果てまで分岐を重ねる選択肢のうち、無意識でも無自覚でも正解にたどり着いてしまうのは、きっとダンデという男が持つ天賦の才だ。恥ずかしげもなくおれさまを真っ直ぐ見つめるその瞳には、恥じらいも照れもない。この男、おそらくただただ「口寂しい」だけなのだと言っている。そういうことだと、思っている。
火のついた吸いさしを指先でもてあそびながら、おれさまは考える。煙草を吸った後のキスは苦いと、どんな女の子にも嫌がられた。きっと今だってどこもかしこも苦いはずだが、ダンデの舌の上ではどうなるのだろう。おれさまが咥えたものが甘く見えてしまうくらいなのだから、きっと。
ダンデの肩を掴んで引き寄せれば、無警戒の体はあっけなく胸の中へ落ちてくる。なんだよ急に、と抗議しかけた唇を親指でそっとなぞりながら、おれさまは言う。
「そんなに欲しけりゃ、たっぷりあげるよ」
空き缶に突っ込んだ煙草はぬるいコーヒーに溺れ沈黙する。こんな灰色の煙なんかで、おまえは満たされようとしなくていいのだ。
もっと不健全で、不健康で、それでいていっとうあまったるいものに依存してしまえばいい。それなしではいられない体になってしまえばいい。そうしたらおれさまが、おれさまだけが、もういやってくらいに与えてあげるから。
(体に毒だがあまったるい/2022.01.07)